第1話 幾望の月(前編)
世間は厳しい。
「そんな腕前で料理屋で働かせてくれと来たのかい?包丁の持ち方も分かっていないじゃないか。悪いけど帰ってくれ。うちの店では雇えないよ。」
街の繁盛している料理店。
1階の大きなフロアはお客さんで賑わっている。2階建てとなっており、1階から2階へ上がる大きな中央階段がある。天井は吹き抜けとなっており、1階から見上げるととても天井が高い。そんな広い店の厨房は1階の奥に位置しており、そこで面接が行われていた。
「そこをどうにかお願いします!沢山練習して上手く出来るようになります!この際、フロアでも良いんで働かせてください!」
「フロアも今間に合っててね。ごめんよ、うちも厳しいんだよ。分かってくれ。お嬢さん見た目がいいんだから、良い結婚相手でも見つけて身を固めたらどうだい。」
面接をしてくれた女性料理人は、私を諭すように言った。女性料理人の指には、結婚指輪も嵌っておらず料理一筋でこれまで生きてきたであろうことがわかった。
「…結婚なんて…。そんな相手いないです…。」
私は逃げるように店を出ていった。
★ ★ ★ ★ ★
世間は暖かくない。
20歳になって仕事もせず、独り身でいるなんて世間が許さないようであった。
そんな現実を突きつけられ前を向いて歩いていられない。出来るだけ人を避けようと、街を出て川沿いへと歩いていった。
「はぁ…。また面接落ちちゃった…。」
とぼとぼと川に沿って歩みを進める。
綺麗に澄んだ川。流れに逆らって上流の方へと進む。
「…こんな歳にもなって仕事してないなんて、世間に逆らっているのかな。…私を必要とするところなんてあるのかなぁ〜…。」
どれくらい歩いたのか、街から遠く離れたため人の気配も全く無くなっている。
周りには、川のせせらぎと鳥のさえずりだけが聞こえる。歩くのも疲れたため、川沿いに座り込む。
「いっそ、夜のお店ででも働けばいいのかなぁ…。需要あるのかなぁ…。」
1人でいるのは、静かであった。
穏やかな気持ちで居られるが、心の中は寂しさで溢れてしまいそう…。
「にゃー。」
そんなことを思っていると、1匹の猫が座っている私の膝元へやってきた。
「わっ、猫さんだ!びっくりした!」
猫は我関せずと膝の上で丸くなった。
「自己紹介もぜずに私の膝へ転がり込むなんて。私はルナって言うの。あなたの名前は何かな?」
猫は話を聞いていないようで、丸まったまま動かなくなった。
「…あなた自由ね。もしかして、あなたも一人なのかにゃ~。」
周りに人がいないため、猫言葉で話しかける。
「猫さんは仕事もしないでお散歩してて良いですね~。羨ましいにゃーん。」
猫の毛並みはとても綺麗でツヤがあった。ふわふわの毛に隠れていて見えなかったが、どうやら首輪をつけているようだった。
「あら?あなた、どこかの家で飼われているのね?そっか、1人じゃ無いんだね。…羨ましい。」
「にゃー。」
応えるように猫が鳴く。
「ふふふ。そうよね、飼い猫も立派な仕事だよね。猫ちゃんは私よりもずっと偉いんだね。私にもそんな仕事させて欲しいにゃー。なんてね。」
冗談めかして猫に喋りかける。
「にゃおん。」
猫は、私が撫でていた手の下をくぐって膝から降り、そのまま歩き出した。
「猫さんも忙しいんですね。暇なのは私だけか。そうだよね。バイバイ猫さーん。」
「にゃーん。」
猫はこちらを振り返り、鳴いている。
「にゃーん。」
まだこちらを見て鳴いている。
まるで、着いてこいと言わんばかりに歩みを止め、こちらを見続けている。
「どうしたの猫さん?着いてきて欲しいのかな?………うん。今日は気分乗らないし、仕事探しはやめよう!仕事はまた明日探すことにして、今日は気分転換でもしよう!」
そう言って私が立ち上がろうとすると、猫も前を向いて歩き出した。
「猫ちゃん一緒にお散歩しようよ~。待ってよ〜。」
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