第23話 旅は道ずれ、世は…


 1時間が経ち、ミユウとサヤは一人で動けるまでに体力を戻していた。しかし、精神的な消耗は復活しておらず、二人の顔はこの数時間でだいぶ痩せこけていた。


 そんな二人の復活を待ち、アストリアは彼女たちと今後のことについて話し合いをすることになった。


「ところでサヤさんはこの後どうされるおつもりですか?」


「それはもちろんにぃにとアスねぇと一緒に行くよ!」


「武者修行はもういいのですか?」


「うん!もういいよ。なんたってにぃにを倒すという目標は一応達成されたし」


 サヤは隣で座っているミユウに向けて胸を張った。


 しかし、その妹の発言にミユウは異論を唱えた。


「ちょっと待って!あたしは負けてないから!」


 ここでサヤに負けたと認めてしまえば、今まで勝ち続けたことで保ち続けた兄としての威厳が損なわれる。それはミユウにとってとても容認できることではない。


「あれ~?さっき『降参する』って言ってたと思うんだけど?ねえ、アスねぇ」


 サヤは隣で見ていたアストリアに事実確認をする。それに答えるようにアストリアは首肯した。


「あれは、その……そう!勝ちを“敢えて”譲ってあげただけだから!必死な妹がかわいそうに思って心優しい兄であるあたしが……」


「ふ~ん。そんなに余裕があるように見えなかったけど。涙流しながら笑い悶えて『お願いだから助けて~。あたしが悪かったから許して~。サヤ様~』って」


「そ、そんな情けないこと言ってないよ!」


「そうだったかな?それだったら~今から言わせちゃおうかな~」


 サヤはミユウを両手をワキワキさせて上半身を乗り出し、彼女を威嚇する。


「そうはさせないんだから。今度はこっちがくすぐってやる!」


 ミユウもサヤに対抗するように両手をワキワキさせて身を乗り出す。


「コホン!いいのですか?このままでは先ほどの二の舞に……」


「「ひい!」」


 アストリアは右手で指を鳴らす用意をする。それは魔術を行使して何かを出現させる合図だ。もし拘束具を出現させて四肢を拘束されれば何をされるか分からない。


 危機を察した二人は咄嗟に元の位置に座りなおす。


 


 場が収まったことを確認したアストリアは話の続きを始める。


「では、今後はサヤさんもご一緒になるということですか?」


「そう。せっかくにぃにと再会できたんだし、今まで一緒に入れなかった分一緒にいたいと思ったんだけど、だめ?」


「あたしはいいよ。アストリアは?」


「私も構いません。構いませんが……」


 アストリアは不安そうな表情でサヤを見つめる。


「な、何?」


「サヤさん、何かやましいことを考えていませんか?」


 アストリアは疑っていた。


 サヤは兄であるミユウを恋愛対象として見ている。そして、ミユウに婚姻を迫るために拷問まがいの方法を使うまで積極的な性格をしている。


 もし、ミユウと行動を共にすれば隙を狙ってどんなことをするか。とても油断できない。


「考えていないよ!あたし、そこまで腹黒じゃないから!」


「それでしたらよろしいのですが……」


 懐疑心はまだ残っているが、さしたる証拠がない以上、断る訳にはいかない。


 それにいずれミユウと婚姻を結べば、サヤはかわいい義妹になる。こんなことで関係を壊すことは得策ではない。


「では、よろしくお願いいたします」


「うん!」




 話し合いが終わったころには空が暗くなり始めていた。


 ミユウとサヤの決闘、サヤによるミユウへの求婚(という名の拷問)、そして、アストリアによるハイストロ姉妹へのお仕置きでだいぶ時間を取られてしまった。


 ここから街道に戻って、次の町に向かうとなれば日付が変わってしまうだろう。


「どうしようか。休息所で泊めさせてもらう?」


「それも一つの案ですが、休息所で夜を明かすとなると、宿屋に泊まるのと比べるとかなりの料金がかかってしまいます。確かに賞金でかなりのお金を持っていますが、今後のことも考えて節制をしていかないといけませんから……」


 悩む二人にサヤが提案する。


「じゃあ、ここで野宿するのはどう?これだけの空間があれば十分だろうし」


「そうですね。たまにはそういうのもいいかもしれません。ところで私たちは野宿用の用意をしていますが、サヤさんはどうですか?」


「あたしも野宿する道具持ってるから大丈夫だよ」


「では、そうしましょうか」


「そうと決まれば準備しよう。じゃあ、あたしは料理を作るよ。といっても、簡単なものしか作れないけど」


「ありがとうございます。では、ミユウさんは私と一緒に野営の準備をしましょう」


「うん」


 そうして、ミユウたちは野宿の準備を始めていった。






 ---






 やった!これからにぃにと一緒にいられる。


 これはチャンスだ。


 これから毎日にぃにに夜這いを仕掛けて、お色気責めをすればいずれあたしのことを恋愛対象に見てくれるはず。


 覚悟しててよ、にぃに。もうあたしのことしか見られないようにしてやるんだから!


 ふふふ……






 ---






 やった!今日は野宿だ。


 これはチャンスだ。


 今までは室内だったから逃げられなかったけど、外なら十分にその機会がある。


 決行は深夜。アストリアとサヤが寝たときを見計らって、逃げてやる!


 ふふふ……






 ---






 ミユウたち3人は食事を済ませ、焚火を囲んで歓談をした後に寝ることになった。




「あ、あの~。アスねぇ?何であたしこうなってるの?何か悪いことした?」


 シーツの上に横になるサヤの腰にはアストリアが出現させた大きな鉄の枷がつながっていた。


 どれだけ力を入れても外すことができない。


「ねえ、そんなにあたしのことを信用できないの?」


「確証はないのですが、私の勘が『サヤさんがミユウさんを夜這いするつもりだから、サヤさんを野放しにしてはいけない』というのですよ。ですので、念のためです」


「う、う~」


 アストリアは、サヤの夕食中のミユウに対する視線と表情から彼女の「ミユウ夜這い計画」を察していた。


「ちなみに、そちらの枷を無理に外さない方がいいですよ。無理に力を加えると即座にお仕置きが開始されます」


「お、お仕置き!あの~、どんなお仕置きが……」


「うふふ。知りたいですか?」


「いえ、結構です……」


 この時点でサヤは「ミユウ夜這い計画」を断念することになった。




「あ、あの~。アストリア?あたしはもっとひどいことになってるけど……」


 ミユウはサヤとは異なり、腰だけでなく手首足首までしっかり枷で拘束されていた。手足を引こうが、体を左右に動かそうが、全く外れる様子がない。


「ねえ、これじゃゆっくり眠れないんだけど……」


「それはミユウさんがエッチな訳ですし、野放しにすると私やサヤさんを襲いかねませんので……」


 アストリアの発言に過剰に反応したのはサヤであった。


「え!そうなの!にぃに、会わないうちにそこまで変態になってるなんて……。いやでも、それもありかも……」


「そんなわけないでしょ!」


 ミユウは頬を赤く染めて否定をする。妹に変態だと思われては今後の関係に支障が出る。


「まあこれは冗談です。ミユウさんは逃亡する可能性がありますからね。前科もありますし」


「ギクッ!」


 アストリアはミユウの逃亡計画を見抜いていた。


 ミユウの言動を見れば、どんなことを考えているか手に取るようにわかる。


「枷がダメでしたら、ティークさんを召喚して拘束しましょうか?」


「いややめて!」


 ティークと一晩一緒に過ごすとは、拷問器具をまとって寝るのと同じだ。


「そ・れ・と・も……」


 アストリアは赤く染めた頬を、ミユウの顔の側に近づける。


「私が一晩中抱きついてさしあげましょうか?私としてはそちらの方がいいですが……」


「ひぃ!」


 アストリアが人差し指でミユウの腹をなぞる。それと同時に、ミユウの背筋が凍った。


 ティークと寝るのも嫌だが、アストリアと添い寝するのも同じぐらい嫌だ。アストリアの柔らかい体で抱きつかれれば、それこそ一晩寝ることはできない。


 そんな二人の姿を見て、またサヤは暴れ出す。


「ずるい!それだったら、あたしが抱きつく!」


「サヤさんは黙っていてくださいね。えいっ」


「ひにゃ!」


 サヤはアストリアに脇腹を親指と人差し指でつままれ、腹を踏まれた猫のような声を上げる。


 数時間のくすぐりによってサヤのツボを把握したアストリアの一撃の効果は抜群だ。


「いかがですか?ミ・ユ・ウ・さ・ん?」


「こ、このままでいいです……」


 アストリアにもティークにも拘束されるくらいなら、鉄の枷の方がまだマシだ。


 そう判断したミユウは逃亡計画を諦めることにした。


「そうですか。それは残念」


 ミユウの返答に少し落胆したアストリアは身体をゆっくりと起こした。


 彼女は拘束されたミユウとサヤの上にシーツを被せ、2人の間に自分の寝具を敷いて横になった。


「ではお二人ともゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」


「「おやすみなさ~い」」




 こうして、ミユウたち3人は眠りにつくのだった。

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