第24話 なんだか、見たことある…
ミユウたちがサヤと再会してから日が変わり、夜が明けた。
今日も快晴である。夜はまだ肌寒いが、一度太陽が昇ると徐々に温かくなる。
強い日差しは木々の緑に遮られ、瑞々しい空気が森中を漂わせる。
そんな中、アストリアは目を覚まして、グッと背を伸ばす。
久しぶりの野宿で正直心配していたところもあるが、緑に囲まれるのは思ったより心地いい。
それに今はミユウやサヤがいる。当たり前だが、一人だけでいるよりだいぶ気が軽い。
ミユウを待つ10年間ずっと一人で寝食をしていたアストリアにとって、それがとても嬉しかった。
アストリアは両隣で眠っている2人の姿を見つめた。
右側で眠っているミユウは両手両足を鎖でしっかり拘束されて体を動かすことができないはずだが、気持ちよさそうに寝ている。どうやら要塞での生活の中で、この姿勢で寝ることに慣れているらしい。
一方、左側で眠っているサヤもミユウと同じように幸せそうに眠っている。服や髪を乱したり、口からよだれを垂らしたりして寝ているサヤを見ると、やはり彼女はミユウの妹なのだと目に見えてわかる。
もうしばらく眺めていたい。
しかし、このまま昼になるまで待っていると、次の町にたどりつくのが遅くなってしまう。
アストリアは心を鬼にして、2人を起こすことにした。
まずはミユウからだ。彼女の肩を揺さぶって、声をかける。
「ミユウさん、起きてください。朝ですよ」
「ん~。だから、煮られようが、焼かれようが、白状、しないよ~」
ミユウは相変わらず夢の中でも拷問されているらしい。悲しいかな、長年拷問を受け続けた後遺症というべきものだろう。
次にサヤを起こしてみる。同じように彼女の肩を何度も揺さぶり、声をかける。
「サヤさんも起きてください」
「ん~。にぃに~、結構、大胆~。でも、しょんなにぃにも、だいしゅき~。う~~」
口を突き出して、両手を前に伸ばすサヤ。一体夢の中でミユウと何をしているのだろうか?いや、寝言や動きから容易に察しが付く。
この寝起きの悪さ。やはりこの二人は実の兄妹だと再確認できる。
そんな2人の姿を愛らしいと思ったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
アストリアは振り返り、ミユウたちと向かい合うように座り直す。そして、一度大きく深呼吸をした。
「まったく。いいかげん起きなさい!でないと、何をするか分かりませんよ」
アストリアは両手をワキワキさせる。
そんな自分たちの危機的状況を知らず、まだ2人は気持ちよさそうに眠り続けていた。
「そんなの効きましぇ~ん」
「にぃに~。もっとおもいっきりやっちゃって~」
「かしこまりました。では執行です。こちょこちょこちょ」
アストリアは2人の腰を掴んでくすぐる。それと同時に眠っていた2人は一気に目を覚まして、大声で笑い悶え始めた。
「「にゃはははははははは!」」
サヤはアストリアのくすぐる手を掴み、足をジタバタさせた。一方のミユウは四肢を拘束されているため、ただひたすら笑うしかできない。
アストリアは2人が目覚めたことを確認すると、くすぐりの手を止めた。
「おはようございます。お目覚めですか?素晴らしい朝ですね」
「はあ、はあ。何が“素晴らしい朝”よ。朝から死ぬかと思った」
「に、にぃには、いつもこんな起こし方されてるの?」
「寝起きの悪いおふたりを起こすにはこれくらいのことはしないといけないでしょ?もうされたくなければ、次から自分で目覚めるようにしてください」
アストリアは右手で指を鳴らし、ミユウたちの枷を消した。
「疲れは取れましたか?」
「疲れは取れたけど、なんだか体が痛い……」
「そりゃ一晩中拘束されていたんだから、当たり前だよ」
ミユウは手首足首を回し、サヤは上半身を反らして、固まった体をほぐしていく。
通常の人間なら回復に1日間かかる凝りだが、不殺族である2人は簡単なストレッチ体操ですぐに回復できる。しかし、気持ちよく寝ていたところをいきなりくすぐられたダメージはなかなか回復できない。
「ではお二人とも支度をしてください。準備が出来次第、すぐに出発しますよ」
「「は~い」」
こうして、ミユウたちは野宿のために広げた道具を早々にカバンにしまい、次の町に向けて出発した。
---
森の中の街道を歩き始めてから5時間、次の町まであと数十分というところで事件が起きた。
ミユウたちが街道を歩いていると、向かいからミユウたちよりも年上の2人の少女が歓談しながら歩いてきた。外見から察するに、トーアの町に遊びに行くのかもしれない。
最近の流行なのか、2人とも短いスカートに胸元がくっきりと見える襟元の服を身に着けている。もし盗賊なんかに出くわせば、どんな目に遭うか分からないほどの挑発的な服装だ。
それを気にしなくてもいいほどに、この街道は治安がいいのだろう。
その2人との距離が近づくと、強い風が吹いた。
すると、少女2人のスカートがめくれ、彼女たちの履いているショーツが見えてしまう。
その瞬間、ミユウの目線は無意識の内に2人のショーツに向けられた。そこにはミユウの意思は存在しない。彼女の中の男の部分が本能的にさせたことであった。
少女たちは咄嗟にスカートを押さえると、男性がいないか周囲を警戒する。周りに女性しかいないことを確認するとホッと胸をなでおろして、何事もなかったようにトーアの方向に歩いていった。
ほんの1分ほどの出来事であった。しかし、アストリアとサヤはミユウの目線を見逃さなかった。
「ミユウさん……」
歩き出そうとしたミユウの左腕が力強く掴まれた。
「ん?」
ミユウが振り返ると、アストリアがニコニコと笑っていた。その背後に禍々しいオーラのようなものが見えた。
「にぃに……」
「いたっ!」
ミユウの右肩が食い込むほど力強く握られる。
右側に目線を向けると、サヤが軽蔑する冷たい目でミユウを見つめていた。
「ね、ねえ。何?何であたしをそんな目で見るの?ふたりともおかしいよ!」
「「いいから、ちょっとこっちへ!」」
「え~」
ミユウは何の説明もなく、アストリアたちに引っ張られながら鬱蒼とした森の中に連れ込まれていく。
この状況を以前にも体験したことがある。きっと自分はこの後無事では済まないだろうと、ミユウは覚悟した。
森の奥に連れ込まれると、アストリアたちはミユウの手を離す。
不安で仕方のないミユウに対して、2人は沈黙のままミユウに背を向けていた。
「ねえ。何なの?ちょっと怖いんだけど……」
すると、アストリアが振り返る。
「ミユウさん。今からあなたをお仕置きします」
「……え!?あたし悪いことした?」
いきなりのお仕置き執行宣言。
ミユウ自身なぜお仕置きされないといけないのか理解できなかった。しかし、このまま突っ立っていては確実に身に危険が及ぶ。ミユウの足は自然と逃げるために少しづつ後ろに下がっていた。
そんな彼女を逃すまいと、サヤが正面から力強く抱きつく。大蛇のような力で締め付けられたミユウは少しも体を動かすことができない。
「サヤ!離して!」
「アスねぇ!今のうち!」
「かしこまりました」
サヤが合図をすると、アストリアはミユウの後ろに回る。
そして、ミユウの背中を人差し指で優しくなぞる。
ミユウは自分の最も敏感な部分の一つである背筋をなぞられ、全身に強烈なくすぐったさが走る。
「きゃあーーーーーーーーーーー!ガクッ」
そして、断末魔を上げた後にミユウの意識は一瞬で消えていった。
---
「ん~。何でこうなったの~?」
気絶していたミユウが目を覚ますと、胸の下から足首までが麻縄でぐるぐる巻きにされて倒れていて、その姿をアストリアとサヤがしゃがんで眺めていた。
「先ほどもお伝えしましたよね?『お仕置き』です」
「いや、あたしがお仕置きされる理由を聞いていないのだけど……」
「とぼけても無駄だよ。にぃに、さっき女の子のスカートがめくれた時にガン見していたじゃん」
「そ、そんなことで。あれはたまたま目に入っただけで……」
「「いや、許しません」」
「やっぱり……」
ミユウは逃亡を諦めていた。
以前にも同じことがあった。あの時は道ですれ違った女性の胸元を無意識に見てしまい、それに気づいたアストリアによって数時間のくすぐり責めを受けた。きっと今回も同じ目に遭うのだろう。
今回はティークではなく麻縄だ。少し力を入れれば簡単にちぎることは可能だろう。しかし、この縄をちぎっても、サヤかティークに捕まってしまうのは目に見えている。
ここは言葉通りおとなしくお縄になっておこう。
「で、あたしをどうする気?」
「そうだね。にぃにの両耳に息をフーと吹きかけたり、脇の下に手を突っ込んでこちょこちょしたり、一層足の裏を徹底的にこちょこちょするのもいいね。それから……」
「ひい!」
サヤの口から出るお仕置きを頭の中で想像するだけで、ミユウの全身をくすぐったさが支配する。
楽しそうにミユウをどうするか考えていたサヤの肩にアストリアが手を置く。
「確かにそれもいいですが、今回は少し趣向を変えてみようと思います」
「え?」
「今回は『放置責め』です」
「ほ、放置責め?」
初めて聞く言葉にミユウとサヤの頭の中に大量の疑問符が発生する。
「ミユウさんは今から10日間ここにいていただきます。もちろんその間は飲食なしです」
「そ、そんなことされたらあたし餓死しちゃうじゃん!大事な兄が死んでしまってもいいの?サヤ」
ミユウは涙目になりながらサヤに訴えた。
「にぃに、あたしたち不殺族は飢えぐらいでは死なないでしょ?」
「それはそうだけど……」
サヤはあっけらかんとした顔でミユウに答える。
確かにサヤのいう通りだが、あまりの妹の冷たさが心に鋭く突き刺さる。
「そういうことです。私たちは近くの町でいます。10日後、迎えに行きますので頑張ってくださいね」
アストリアとサヤが立ち去っていこうとする。
そんな2人をミユウは体を打ち上げられた魚のようにじたばたしながら止める。
「待ってよ!あたしが悪かったから!許してください!」
「あ!言い忘れていたことがありました」
ミユウの願いが通じたのか、アストリアが踵を返して、再びミユウの目の前でしゃがむ。
「ミユウさん。その縄がほどけるのであれば、好きに動いていただいても結構ですよ」
「え!本当にいいの?」
ミユウが期待をもったキラキラした目で訊ねる。
「ええ。もちろんです」
「本当だね。後でなしはなしだからね。よし!これくらいの縄なら簡単にほどける。こんなところで10日間もいてたまるか!」
ミユウは早速全身に力を込めて、縄をほどこうとする。しかし、思いのほか固くほどけることができない。しばらくの間試してみたが、ビクともしない。
再び力を蓄えるために一旦力を抜く。
「はあ、はあ。どうしてほどけないの?これくらいの縄だったらもうほどけるはずなのに………あれ?」
力を抜いた後、異変が起きた。
縛っていた縄がミユウの体を強く締め付けていく。
「ちょっと、ま、いたたたたたたたた!ちぎれる!ちぎれる!ちぎれる!ギャーーーーー!」
数分経つと、締め付ける力が弱まる。
締め付けられたせいで、ミユウの全身の骨が砕け、縄に大量の血が染み出てきた。
「あ、そうです。ちなみにですが、その縄は普通の縄ではありません。特別に私の魔力を込めていて、圧力をかければそれと同じ力で反発します」
「な、なんで教えて、くれなかったの?」
「忘れていました!」
「絶対わざとでしょ!」
「失礼ですね。本当ですよ。うっかりですよ」
必死に抗議するミユウに対して、アストリアは終始笑顔で対応する。
ミユウは彼女から悪意を感じていた。わざと縄のことを教えなかったのだろう。
「気を付けてくださいね。ミユウさんの全力でほどこうとすれば、ミユウさんの体がバラバラになってしまいますからね」
「そんな~」
すると、アストリアの後ろで傍観していたサヤがアストリアの隣でしゃがみ込む。
「にぃに~。なんだか大変なことになってるね」
そういいながら、ミユウの左の頬をニヤニヤしながら指でつつく。
「覚えてなさいよ!絶対後で仕返ししてやるんだから!」
「やれるものなら今やってみたら?ほれ、こちょこちょこちょ~」
サヤは抵抗できないミユウの両方の脇の下に人差し指を突っ込んでくすぐり始める。
「あはははは!あたしに、こ、こんなことして、た、ただで済むと、お、思わないで、あはははははは!」
「へへ~んだ。今のにぃになんて全然怖くないし。ほらほら」
「いひひ、な、縄さえなければ、あははははは!」
悔しがるミユウの姿に満足したアストリアたちは再び立ち上がる。
「それでは10日後に迎えに来ますので、それまで頑張ってください」
「痩せてスリムになったにぃにを楽しみにしてるよ!」
「待ってーーーー!こんな所であたしをひとりにしないでーーーーー!」
ミユウの懇願をよそ目に二人は一切振り返らずに去っていった。
静かな森の中で、縄で縛られたミユウ。
今から始まる地獄の10日間を憂いながら、ミユウは途方に暮れていた。
「あたしは一体これからどうなるの~!」
彼女の悲痛の叫びは虚しく消えていった。
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