第21話 新しい悩み、さすがに…


 妹のサヤからのくすぐり責めが終わったのは2時間後である。


 過去の悪行は逆恨みを含めて100項目を上回り、ミユウは笑い悶える中でそのすべてを認めて謝罪した。


「いや~、すっきりした!」


「あへへ……」


 サヤは初めて兄に勝った優越感と長年の恨みを晴らした爽快感に満たされている。長時間くすぐり過ぎた影響で両手がしびれた彼女は、鼻歌を歌いながら両手首を回していた。


 一方、ミユウはサヤの下で痙攣しながら倒れていた。前日のくすぐり責めに今朝の電気責めによる疲労が残っている上、サヤによる長時間のくすぐり責めを受けたことにより満身創痍になっていた。


 


 二人の試合の立会兼審判をしていたアストリアは、サヤを讃えるように軽く拍手をしていた。


「お見事でした。これで少しは反省されたのではないですか?ねえ、ミユウさん?」


「は、はい~」


 ミユウは自分でも情けなく思えるほどか細い声で返事をする。彼女にはもう体を起こすだけの力は残ってはいない。


 そんな兄の姿を上機嫌な表情で眺めていた。


「女の子になったにぃにの体は柔らかくて気持ちよかったなぁ。それに笑ってる時のにぃにの顔、かわいかった。ねぇ、またこちょこちょしてもいい?」


「もう、勘弁して~」


 ミユウは目の前にいる妹の姿がアストリアと重なって見えた。


本当に我が妹ながら恐ろしい。いつの間にこんな娘になったのだろうか。




「そういえば、どうしてミユウさんをそんなに倒したいと思われたのですか?やはり恨みを晴らすためですか?それともご自身の強さを証明するためですか?」


「それもあるけどね。実は勝ったら何でも言うことを聞いてくれるってにぃにが昔約束してくれたんだ」


「そうなのですか?」


 アストリアは確認するようにミユウの頭の側でしゃがみ込んだ。


「そうだったのかな?」


「え?忘れちゃったの?ひどーい!ちゃんと約束してくれたでしょ!」


 ミユウの反応に不満を持ったサヤは自分の顔を思いっきり近づける。


 今までそれが目標で自分を鍛えてきたにもかかわらず、それを忘れられてしまったことはサヤを深く不満に思った。


「あ~なるほど~。もしかして、逃げようとしてな~い?そうはいかないよ~」


 ニヤッと笑ったサヤは、両手をワキワキさせてミユウの上半身に近づける。


「ちょっと!だから、やめ、あ、あははははははは!」


 サヤの両手がミユウの横腹を襲う。


 ミユウは彼女の手を掴んで抵抗するが、全くの無意味だ。


「こちょこちょこちょ~。思い出すまでやめてあげないんだからね」


「あははは!ごめん!思い出しました!思い出したからやめてーー!」


 くすぐりに耐え切れず、その記憶がないのに「覚えている」と口にしてしまった。


「それでサヤさんはミユウさんに何をお願いされるのですか?」


「それはね~」


 サヤは一つ咳払いをする。


「にぃにのお嫁さんにしてもらうの!」


「……はあ?」


 ミユウは妹の口から出た理解しがたい言葉に頭が一瞬混乱した。


「な、何言ってるの?あたしたち、実の兄妹だよ!婚姻を結ぶことができるわけないでしょ!」


 ミユウのいう通り、一般常識として血のつながった兄と妹は婚姻を結ぶことはできない。公国の法でも定められている。


 いくら世間知らずのミユウであってもそのことは知っている。


 そして、またしても兄の言葉に不満をもったサヤは、再びミユウの上半身に向けて手を伸ばす。


「え~。なんでもいうこと聞いてくれるって言ったじゃない!約束を守ってくれないなら、またこちょこちょしちゃうよ~」


「それとこれとは話が別、あはははははは!」


 再びサヤの手があたしを襲う。


「それそれ~。『サヤと結婚する』といっちゃえ~。男なら二言はないでしょ~」


「あははははは!い、今は女だもん!」


「そんなこと通用しません!さぁ、早く言っちゃえ~。こちょこちょこちょ~」


「た、助けてーーー!」




 ミユウがくすぐりの苦しみから逃れるために諦めかけたその時、状況を眺めていたアストリアがミユウの手を掴む。


「何するの、アスねぇ?あともうちょっとでにぃにから婚姻の約束を取り付けそうだったのに……」


「『何するの?』ではありませんよ。このようなことで婚姻の約束を取り付けても意味はありません」


「別にいいじゃん!というかこれは兄妹の問題、アスねぇには関係ないでしょ!」


「いや、兄妹だから問題なのですよ!それに許嫁である私にも関係があります!とりあえず、こちらに来てください!」


 アストリアはミユウに馬乗りになっているサヤの腕を掴んで、近くにあった切り株の上に座らせた。


「コホン。いいですか、サヤさん。婚姻というものは互いの同意があって成り立つものです。先ほどもお伝えしましたが、拷問まがいの方法で約束をしても意味を成しません」


「それは大丈夫。にぃにとあたしは相思相愛。きっと今も照れているに違いないよ。さっきのは、にぃにの気持ちを口にしやすいようにしてただけだし」


「そのようには見えませんでしたが……」


「あ!アスねぇ、もしかしてにぃにをあたしに取られるのが怖い?だから、そんなこと言うんだ〜」


 サヤの言葉を聞くと、アストリアの眉がぴくっと動いた。


「そ、そんなこと……ないですよ?」


 アストリアの些細な表情の変化に気付いたサヤは、ここぞとばかりに彼女を挑発にかかった。


「絶対そうだよ。だよね~。仕方ないよね〜。自分でいうのもなんだけど、あたしってアスねぇよりもかわいいし~」


「そう、ですかね?」


「それにあたしの方が絶対にアスねぇよりもにぃにのこと愛してるし、にぃにもあたしのこと愛してる!アスねぇが入る余地なんてないもんね~」


 “ミユウはアストリアよりもサヤを愛している”その言葉を聞いてアストリアの表情が変わる。


「サヤさん?聞き捨てなりませんねえ。私よりもサヤさんの方がミユウさんを愛している?そんなわけないでしょ!私がどれだけミユウさんを愛しているのか。これは誰にも負けません!」


「いやいや。妹であるあたしの方が愛してるって」


「いや、私の方が…」


「いやいや、あたしの方が…」


 アストリアとサヤの奇妙な応酬が繰り広げられている。




「もういい加減認めてよ~。というか、アスねぇはにぃにと数えるほどしか会ってないんだよ。にぃにだってアスねぇのこと、なんとも思ってないって~」


 その時、アストリアから冷たい空気が流れ始めた。


「サヤさん?今、言ってはいけないことを言いましたね?」


「え?」


 二人の姿を見ていたミユウには気付くことができた。アストリアが激怒をしていることを。そして、サヤが身の危険に晒されていることを。


 しかし、当のサヤはそのことに気付いていない。




 アストリアは右手で指を鳴らす。


 それと同時に地面から4本の鎖が飛び出し、サヤの四肢を拘束する。そして、彼女を叩きつけるように、地面の上に叩きつける。


 鎖を引きちぎろうとサヤは何度も試みた。通常の鉄の鎖ならまだしも、魔術で形成された鎖は物理的な方法では解除できない。


「いたっ!いきなり何するの?」


「うふふ……」


 アストリアは腰を上げると、地面に拘束されたサヤの上に馬乗りになる。


「サヤさん。『あたしよりもアスねぇの方がにぃにを愛している』そうここでおっしゃってください。そうしたら、許してあげます」


「そ、そんな事実と違うことを言うわけないじゃん!」


「そうですか。これは困りましたね……。あ、そうだ!」


 アストリアはわざとらしく、ポンと手を打つ。


「そういえば、先ほどサヤさんもくすぐりに弱いと言ってましたよね…」


「え?そ、そうだよ。特に横腹が弱くて………まさか、こちょこちょ、しないよね?」


「うふふ。これはいい情報をお聞きしました」


 アストリアはニコッと笑いながら、両手をワキワキとさせる。


 やっと自分自身の置かれた状況を理解したサヤの全身に大量の冷や汗があふれ出る。


「アスねぇ、落ち着いて。ね?あたしが悪かったって!」


「では、おっしゃってください」


「いや、それはその……」


「では、始めます!」


「ま、あ、あはははははははは!」


 アストリアの両手がサヤの横腹を襲う。


 両手両足をがっちりと拘束されたサヤは身体をよじることしかできない。


「ぎゃははははは!ゆ、許して、アスねぇ!や、やめてええええ!」


「では、おっしゃってください」


「いひひ、しょれも、いやだあはははははは!」


「無理はなさらないほうが身のためです。ほら『あたしよりもアスねぇの方が、にぃにを、愛している』で・す・よ」


 頑なに言おうとしないサヤに対し、アストリアは彼女の腰まわりを重点的にくすぐる。アストリアの細い指先が彼女のツボを的確に押さえる。


 今までに経験したことのないくすぐったさに耐えられなくなったサヤは悲鳴に近い笑い声をあげた。


「ぎゃはははははははは!わかりました!言うから、もう、やーめーてーーーー!あーははははははは!」


「サヤさんがちゃんとおっしゃることができたら、やめて差し上げます」


「いひひ、あたひ、よりも、アシュ、ねぇの、ほうが……あはははははは!」


「あらあら。それではやめることはできませんね。さあ、もう一度」


「あたひ、より、も、くくく、アシュ、ねぇの、ほうが、あいひていま、あはははははは!いひひ、もうこれで、ゆるして!」


「ダメです。『にぃにを』が抜けていました。一言一句正確におっしゃってください」


「しょ、しょんなーーあはははははは!」


 その後、サヤが一言一句口にするまでに1時間かかったのであった。




「いつものあたしってこんな感じなんだ……」


 いつもはくすぐられているミユウにとって、客観的に人がくすぐられている姿を見るのは新鮮な感じがした。それと同時に、自分がこんな惨めな姿でいたことに情けなくなっていた。

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