第20話 白黒つける試合、のはずなのに…
ミユウは10年ぶりに再会した妹のサヤに試合を申し込まれた。
昨日の影響で体力が十分に回復しきっていないため、最初は断ろうと思った。
しかし、10年間も待たせてしまった後ろめたさがある。また、ここで逃げ出せば兄としての面目がつぶれてしまう。
ミユウはいろいろと悩んだ結果、サヤと試合をすることになった。
しかし、さすがに休息所の部屋でするわけにはいかない。
3人は休息所を出ると、試合に適していそうな場所を探すため、森の茂みの中に入っていた。
30分間探索をしたところ、広い草原を見つけた。
四方10メートルほどの草原には障害になるものはない。また、晴天が続いていたおかげで足場もしっかりと固まっている。組手をするには十分な環境だ。
ミユウとサヤはより足場を固めるために、草原全体を踏みしめていく。
そして、準備が整ったところで二人は草原の真ん中で、互いに2メートル離れて向かい合う。
アストリアは試合の立会役兼審判役を請け負い、二人の間に立った。
「それでは今から『ミユウ・ハイストロ』と『サヤ・ハイストロ』の試合を始めます。時間は無制限。戦闘不能になる、もしくは“降参”と口にされた方の負けです。双方よろしいですか?」
アストリアの問いかけに、ミユウとサヤは首肯する。
「わかりました。それでは始め!」
アストリアが試合開始の合図を出すと、ミユウとサヤは一気に距離を縮める。
先に仕掛けたのはサヤだった。右腕を後ろにめいいっぱい振りかぶり、ミユウに向けて拳をぶつける。
ミユウは上半身を右側に倒してサヤの拳をよける。そして、流れていくサヤの右手首を左手でつかんで後ろに引っ張り、サヤを地面に倒す。
背中から倒れたサヤに近づき、とどめの一撃をサヤのみぞおちに向けて放とうとした。しかし、サヤは体を半回転させてよける。
今のミユウの拳撃は万全の時の1割にも満たない威力と速度だ。それをかわすことはサヤにとって苦にもならない。
「どうしたの、にぃに?さっきのパンチ、遅いように見えたけど、鈍ったんじゃない?」
「ちょっと事情があって力が抜けてるだけ……」
「ふ~ん。会わないうちに言い訳するようになったんだ。昔のにぃにならそんなこと絶対に言わなかったのに。今なら楽に勝てそう」
明らかに弱くなっているミユウの姿を見て、サヤは勝利を確信した。
ミユウはサヤに舐められていることに気付くと、彼女の頭のスイッチが入った。
立ち上がろうとするサヤの左手首を右手で掴んで左肩を固める。そして、右腕でサヤの首元を抑える。
「ぐぬぬ……」
サヤは関節技を決められて動けない上に、首元を背後から抑えられて呼吸ができない。
「ふふふ。これでもそんな生意気なこといえるかな?」
「く、くそ~~」
上半身を固められたサヤは足をジタバタさせるが、全く効果がない。
「これであたしの勝ちだね。兄に妹が勝てるわけないんだよ。さあ、早く降参して!」
「くっ!しょうがない。この手だけは使いたくなかったけど……」
サヤは固定されていない右手を背後に回す。そして、ミユウの右横腹を掴んだ。
「ひゃん!」
サヤの親指はミユウのくすぐったい部分を抑え、油断しきっていたミユウは甲高い声を出した。
それと同時に、サヤを固めるミユウの両腕の力が弱まっていく。
「やっぱり噂は本当だったんだ。それ!こちょこちょこちょ~」
弱まっていくミユウの力を気付いたのか、サヤは何度も彼女のツボを押さえる。
「く、く、あ、はははははは!やめてーー!」
耐えられなくなったミユウはサヤの左手首を掴んだ右手を離し、右わき腹を掴むサヤの手を払った後に左側に倒れた。
「はあ、はあ。く、くすぐりなんて卑怯じゃない!」
「『敵の弱点を攻めるのは卑怯じゃない』昔にぃにがあたしにいった言葉だよ?」
サヤは倒れた体をゆっくり立ち上がる、。
ミユウも体を起こそうとしたが、力が入らない。疲労により限界が来たらしい。
その間に、サヤはミユウの上に馬乗りになる。
「ふふふ。『にぃにがくすぐりに弱い』って情報を聞いてないとでも思った?」
「ギクっ!え?あたしがくすぐりに弱い?な、何のこと?」
「嘘ついても無駄だよ。本当かどうかは試してみればわかるから」
サヤはミユウの両わき腹に自分の両手を当てようとした。
しかし、直前のところでサヤの両手首を掴んでくすぐられてるのを直前で防いだ。
「あれ~。そんなに必死になるということは、やっぱりほんとうなんだ」
「ぬぬぬ……」
サヤは全力で脇腹に手を当てようとしたが、ミユウもなけなしの体力を振り絞り、それを阻止する。
このままの姿勢で二人は硬直した。
このままでは決着がつかない。時間が経てば、明るいうちに次の町に到着するのは難しくなる。
そう判断したアストリアは独り言のようにボソッとつぶやく。
「そういえばミユウさんは耳が弱いですよね。もしハムハムなんてされたらどうなるのでしょうか」
「ちょっと!余計な事言わないで!」
「私はふと思い出したことを口にしただけですから」
アストリアの言葉を聞いたサヤはニヤッと笑う。
「へえ~。にぃに、耳弱いんだ~」
「待って!あれ嘘だから!」
「じゃあ、試してみよう」
サヤは体を前に倒し、ミユウの左耳を甘噛みする。
「ひゃん!」
ミユウが声を出すと、体中の力が一瞬抜ける。
それをサヤは見逃さず、両手でミユウの両わき腹を掴んで、くすぐり始める。
「あ、あはははははははは!」
「ほれほれ~。どう?にぃに、降参する?」
「いひひ、兄が、妹に、降参するわけ、ない~」
「我慢しない方がいいんじゃないの。早く降参しないともっとこちょこちょしちゃうよ。こちょこちょこちょこちょ〜」
「あははははは!」
実の妹に負けるなんて屈辱だ。“降参”なんて口が裂けても言いたくない。
けど、もうこれ以上くすぐりに耐えられない。そこまでの体力も精神力も残っていない。
兄としての面目を守るのか、くすぐりから解放されるか、ミユウの頭の中で葛藤する。
そして……
「わ、わ、わかった!降参するーーーー!降参するからやめてーーーー!」
ミユウの降参宣言を聞くと、サヤはくすぐりの手を止める。
「や、やったーー!にぃにに初めて勝ったーー!」
サヤは両手で拳を握り天高く挙げながら、初の勝利を喜んだ。
「も、もういいでしょ!降参したんだから……」
勝敗はついた。しかし、なぜかサヤはミユウから離れない。
「試合の勝負はついたよ。けど、ここからは復讐の時間」
「ふ、復讐?」
“復讐”という言葉を耳にして、ミユウの全身に悪寒が走る。
「そう!いままでのにぃにに対する数々の恨みをここで全て晴らすんだ~」
「審判!助けてーーーー!」
「うふふ。嫌です♪」
二人を眺めていたアストリアはサヤを止めなかった。それどころか右手で指を鳴らし、ミユウの四方から鎖を出現させ、両手足首を拘束する。
「これどういうこと?審判なら公平な立場を守ってよ!」
「審判としての立場は試合終了とともに終わりました。ですので、ここからはサヤさんの復讐の手助けをさせていただきます」
「アスねえ~」
「気が済むまで存分にやってくださいね」
アストリアとサヤは互いに親指を立てる。
サヤはミユウのシャツを胸のあたりまでめくり上げ、上半身は無防備に丸出しになった。くすぐる準備は万端である。
「サヤ~。お願いだからやめて~」
涙目になりながら懇願するミユウに対して、サヤはニコッと微笑みかける。
「にぃに、覚えてる?昔、あたしがくすぐり弱いって知った後、何度もあたしを椅子に縛ってくすぐって遊んでたよね?」
「え?そ、そんなことしたかな?」
「あたしが何度も『やめて!』ってお願いしたのにやめてくれなかったよね?」
「そうだったかな~?」
「あの時、本当にくすぐったくて、苦しかったんだ~」
「ご、ごめん……」
「えへへ。『ごめん』じゃ、あの時のあたしの恨みは晴らせないよ。にぃににもおんなじ目に遭ってもらわないと……」
サヤは両手をワキワキと動かして、ミユウの体にゆっくり近づける。
「待って!本当に反省してるから!お願いします!許してください、サヤ~」
涙目になりながら、プライドを捨て妹に懇願するミユウ。
しかし、サヤはミユウの声を無視し、むき出しになったミユウの両脇の窪みを細い5本の指を使い、高速でくすぐる。
「あははははははは!」
「この時のために密かにくすぐり方を研究してたんだよ。どう?結構上手でしょ?こちょこちょこちょ~」
「やめて!お願い!あははははははは!」
「そういえば、お父さんが大事にしていたお守り壊したときに、あたしに全責任をなすりつけたことあったよね」
「ごめん!お父さんに、怒られるの、怖ったの!いやはははははは!」
「かくれんぼの時に隠れたあたしを森の中に置いていったこともあったね。あの時怖かったんだよ~」
「違うの!あれは、本当に、忘れてた、だけで、あはははははは!」
「というか、さっきから気になってたんだけど、なんで男のにぃにの胸があたしの胸よりも大きいのかな?おかしいよね?」
「いひひ。それは、サヤの胸が、小さいから……」
「かっちーん!言ってはいけないこと言ったな!どうやらにぃにはまだくすぐられたいようだね……」
「そういう意味じゃなくて、いやあははははははは!」
その後もサヤはミユウに対する積年の恨みを、ミユウの全身を余すとこなくくすぐることによって晴らしていくのであった。
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