第19話 出会い、それとも…
20回以上の電気責めを受けたミユウはアストリアと荷物を早々にまとめて朝早くに宿泊施設を出た。
その後、市場で旅に必要な消耗品を買いそろえ、正午にはトーアの町を出た。
当初、アストリアは大会優勝のお祝いとして娯楽施設で遊んでから出発しようと提案したが、ミユウは丁重に断った。
昨日の5度にわたるくすぐり責め、アストリアとイリイナとの添い寝による不眠、そして今朝の20回以上の電気責めにより、十分な体力の回復ができていなかったからだ。
正直もう一泊したいとも思ったが、大会中にくすぐられ過ぎて気絶をしてしまった醜態を多くの人々の目の前に晒してしまった手前、できるだけトーアの町を出たかった。
ミユウは道中、自分の首につけられた赤い革製の首輪をいじっていた。
『ビリビリ』という言葉を合図に、ミユウの体に数秒間の電流が流れる。それも彼女が強靭な肉体を持つ不殺族でなければ死んでいたに違いないほどの電流。これは拷問器具ではない。確実に殺意が感じられる凶悪な兵器だ。
なぜ、イリイナがこんなものをポケットに入れて持ち歩いていたのか。彼女の危機管理能力を疑ってしまう。
くすぐりが致命的に弱くなっただけでなく、こんなものを付けられては下手なことはできない。
ミユウは完全にアストリアに生殺与奪の権を握られてしまったと絶望した。
「……さん、ミユウさん、ミユウさんってば!」
上の空だったミユウの意識に声が響く。それはミユウに何度も呼びかけるアストリアの声だった。
「え?あ!な、何?」
気づいたミユウがアストリアに目線を向けると、彼女は頬を膨らましていた。
「もう!さっきから呼びかけているのに、何で返事をいただけないのですか?」
「ごめん。ちょっと考え事していて……」
「考え事?もしかして、朝のイリイナさんとのキスのことを思い出されていたのですか?ふ〜ん。私が近くにいるというのに、他の女性のことを考えるとは。しっかりと教育する必要がありますね」
アストリアはニコッと笑いながら、右手で指を鳴らす準備をする。ミユウの天敵ティークを召喚する合図だ。
ミユウの全身に大量の冷や汗が溢れ出す。
「考えてない!本当に考えてないから!」
「うふふ。冗談ですよ」
アストリアが右手を降ろすと、ミユウは一つ息を吐く。
今後はそんな冗談は勘弁してほしい。
「そのようなことより、先ほどから何か声が聞こえませんか?」
「声?そういえば……」
首輪に気を取られていて気付かなかったが、確かに若い女性らしき声が森中に響き渡る。
「なんだろう?後ろから聞こえるような……」
ミユウとアストリアは歩いてきた道の方を振り返る。
道の向こうから大量の土埃がまき上がっていた。そして、その中に1人の少女の影が見えた。
距離が縮まるにつれ、少女の容姿がはっきりとわかってきた。年齢はミユウやアストリアより大文若く、肩ほどの長さの黒髪をなびかせている。淡い水色のポロシャツに、膝上ぐらいの丈のジーンズパンツ、ベルトにはオレンジ色のポーチを付けていた。肩にぶら下がっている使い古された荷物袋を見ると、旅人のようだ。
少女は普通の人間とは思えない速度で、ミユウたちへ駆け寄る。
「あれ?あの子どこかで見たことがあるような……」
はじめてのはずなのに、ミユウの記憶の片隅に少女の影がぼんやりと浮かぶ。何とも不思議な感覚だ。
「にぃに~!にぃに~!」
「にぃに?どこかで聞き覚えのあるような……」
「あれ?ミユウさん、あの方はもしかして……」
「え?アストリア、あの子知ってるの?」
思い当たる節があったアストリアがミユウに伝えようとした瞬間、少女はミユウと3メートルほどの距離でいきなり跳躍する。軽く4メートルは飛んでいる。
そして、右腕を大きく振りかぶり、彼女の右拳がミユウに向かって振り落とされる。そこに落下する力が加えられれば、かなりの威力になるだろう。
「にぃに!覚悟―――!」
少女の攻撃に気付いたミユウは体を左にずらして彼女の攻撃をよける。
「痛!」
少女の全身は勢いのまま受け身を取ることができずに、背中から地面に叩きつけられる。
「いたた。もう!何でよけるの!」
少女は背中をさすりながら体を起こすと、ミユウに理不尽ともいえる怒りの感情をぶつける。
「人に殴りかかられたら、普通よけるでしょ!」
「妹の愛のこもった拳ぐらい受け取ってくれてもいいじゃん!」
「妹?」
少女の口から突如出た『妹』という言葉によってミユウの混乱した。
一方、少女の言葉で合点がいったのか、アストリアがポンと手を打つ。
「もしかして、サヤさんですか?」
アストリアから言葉に反応し、少女が彼女に目線を変える。すると、ムッとしていた表情が、パッと笑顔に変わった。
「え?もしかしてアスねぇ?久しぶり!とっても大人っぽくなったから気づかなかった!」
「サヤさんこそ、ずいぶんと大きくなりましたね。見違えましたよ」
アストリアと少女は手を取り合い、キャッキャと喜び合っていた。
しかし、ミユウは少女のことを想い出すことができない。
「お忘れになられたのですか?この方はサヤ・ハイストロ、あなたの妹さんではないですか!」
「……あ!」
アストリアが口にした名前を聞いて、ミユウはようやく思い出すことができた。
目の前にいる少女はミユウより3歳離れた実の妹サヤ・ハイストロだ。
その姿を見て、サヤは呆れたようにため息をつく。
「はあ。実の妹のことを普通忘れる?」
「だって最後に見たときは5歳の子供だったし、姿がすっかり変わっていたから……」
「あのね、あれから10年も経つんだよ。姿が変わるなんて当たり前でしょ」
「それもそうか」
10年も経てば姿が変わるのは当たり前だ。
「それに性別が変わってるにぃににだけは言われたくないんだけど」
「あはは……」
ミユウは情けなくなって笑うことしかできなかった。自分ほど体が変化することも稀だろう。
「まあ、ここで話をするのはなんでしょうから、もう少し先に休憩所がありますので、とりあえずそこまで歩きましょう」
ミユウとサヤはアストリアに促されるまま道を進めた。
ミユウは簡単に自分が女体化するまでの経緯を歩きながらサヤに説明した。しかし、くすぐりに弱くなったことは話さなかった。そんなバカげた弱点を知られた日には兄の面目は丸つぶれである。
サヤはミユウの今までの悲劇をケラケラと笑いながら聞いていた。
ミユウは自分の妹に何度も殺意を抱きかけたが、自業自得であると自覚して怒りを抑えていた。
ーーー
ミユウたち3人は“休息所”に辿り着いた。
“休息所”とは、公国が国内の街道沿いに設置した施設のことである。建物内には1時間単位で利用できる個室があり、そこでは飲食や仮眠を取ることができる。ここでの収益の一部は、街道整備の名目で公国に徴収されていく。それだけでも国家予算の5%以上を占めるのだという。
ミユウたちは一室を借りて中に入る。
足を崩して座るアストリアに対し、ミユウとサヤはマットの上で大の字に倒れた。
注文した果実のジュースが運ばれると、サヤはそれを一気に飲み干していく。トーアから全速力で走ってきたのだから無理もない。
そんな彼女に対し、ミユウは気になっていたことを質問をした。
「ところで、何で女の子になったあたしのことを兄とわかったの?」
サヤはミユウが女体化したことを知らなかったはずだ。
しかし、彼女は最初からミユウをにぃにと呼び、その上攻撃まで加えてきた。そこまでのことをするのであれば、それなりの確信が彼女にはあったのだろう。
「えっとね。にぃに、トーアの格闘技大会に出たでしょ?」
「出てたけど。あ!もしかしてあの大会にサヤも参加してたの?」
「いいや。あたしも参加しようと思ってトーアに来たんだけど、間に合わなくて参加できなかった」
「あ、そうなんだ」
それもそうだ。サヤが参加してたら、決勝で立ち会ってるはずだ。
サヤは幼いころから格闘技に優れていた。戦闘能力の優れた不殺族の村の中での組手の大会ではほとんど負け知らずだった。ある一人に対してを除いては。
「あたしがトーアに到着したのは大会が終わった次の日だったんだ。でね、せっかくトーアまで来たから、優勝した人と対決して腕試ししようと思って、町中の人に話を聞いたんだ。そしたら、びっくりしたよ。優勝者の名前が『ミユウ・ハイストロ』っていうんだもん。最初は信じられなかったよ。要塞に拘束されているはずのにぃにがここにいるわけないし、しかも女の子の大会に男のにぃにが参加するわけがないから。けど、異常なまでに強くて誰も敵わなかったってみんな言うし、そんなの普通の女の子とは思えないから、もしかしてと思って……」
「で、追いかけてきたんだね」
「そうそう!もう町を出たと聞いたから走ってきたよ。そしたら、町の人たちから聞いた容姿の女の子を見つけたから一撃を食らわせてやろうと……」
「あのね。もし間違えてたらどうするの?もしあたしじゃなかったら、大怪我してたよ、あれは」
「まあ、その時はその時だよ」
反省の色を見せないサヤと話をしていると、徐々に村での記憶がよみがえってくる。
サヤは昔から後先考えず村の人たちにいたずらを仕掛けて両親に怒られていた。その無邪気さは今になっても変わっていないらしい。
「……でもね、にぃにに攻撃をかわされたときに『あ、間違いない。この人はにぃにだ!』って確信したんだ」
「え?」
サヤは紅潮させ、もじもじする。
「その、にぃにの匂いが、したから……」
「あたしの匂い?」
「うん。大好きなにぃにの匂い。10年経っても忘れることはなかったよ。だって、にぃにがいなくなった後もにぃにの服や下着を嗅いでいたからね」
「え~」
どや顔で話すサヤにミユウはひいてしまった。
10年前に遊んでいた時の彼女からは、人の服や下着を嗅ぐような変態の片鱗を見ることはなかったからだ。
自分の妹の変化に戸惑っていたミユウに、突然サヤが飛びつく。
「にぃに~。会いたかったよ~」
サヤは自分の頬を、女体化してぷにぷにしている自分の兄の頬に擦り付ける。
その姿を見ていたアストリアはコホンと一つ咳をする。
「サヤさん。あなたはどうしてここにおられるのですか?」
「そういえば、あたしの話してなかった」
アストリアから質問されて、サヤは名残惜しそうに体を起こす。
「あたし、今武者修行しているの」
「武者修行、ですか?」
「うん。5年前からかな?もう村の人と組手をして一通り倒しちゃったから意味がないなと思ったの。だから両親と村長に許可をもらって旅に出たんだ。それで各地の強い人と戦って、自分の力を磨いてるんだよ。ま、今のところ旅先では負けなしだけどね。例えばさ、旅に出て1か月過ぎたときの話なんだけど……」
サヤは旅先での武勇伝を語りだす。自信満々に語る彼女はまるで童心に帰ったかのようだった。
そんなサヤを眺めていたミユウは村で彼女と一緒に遊んだことを思い出し、涙が出そうになった。
「さすがは最強と謳われた不殺族の村の方を全て倒されることもありますね。しかし、どうして武者修行までされる必要があるのですか?サヤさんは十分お強いというのに……」
「あたしにはね、一度も勝つことができなかった人が一人だけいるんだよ。その人を倒すためには村の中だけで満足しちゃいけないと思ったんだ」
「サヤさんが勝てなかった方がいらっしゃるのですか?それは……」
「それは“ミユウ・ハイストロ”、つまり、にぃにだよ!」
サヤはミユウに強い目線を送り、人差し指でさす。
「あたしね、唯一にぃににだけには勝ったことないんだ」
「そういえば、そうだったな」
ミユウは10年前に村を出るまでに村中の人と組手をしたが、一度も負けることはなかった。それは妹のサヤも例外ではない。
「にぃにに勝つことが昔からの目標なの。けど、いきなり村から姿を消すからびっくりしたよ。にぃにに勝ち逃げされて、昔からの目標を達成できなくなって、結構落ち込んだんだからね」
「それは、ごめん……」
アストリアといい、イリイナといい、サヤといい、自分が村を出たことで多くの人に迷惑をかけてしまったと思うと、ミユウは自責の念にかられる。
「だからね、この時が来るのを楽しみにしてたんだ」
サヤは立ち上がると、両手を腰に当てて仁王立ちになる。
「にぃに。今からあたしと試合をして!」
「「え?」」
ミユウとアストリアは再びサヤの言葉にキョトンとした。
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