第14話 強そう、だからこそ…
シューカとの試合が終わり、ミユウは控室の長椅子で横になっていた。
シューカにくすぐられたことで失われた体力を取り戻すためだ。
今後どんな強敵が出てくるか分からない。用心に越したことはない。
準々決勝すべての試合までには短くても30分もあれば、十分に休息もとれるだろう。
頭の近くにあった栄養剤の入った小瓶をねじり開けて、眠ったままおもむろに飲み干す。
「はあ、油断しちゃった。いや、油断したぐらいであんなみっともない試合をするわけ……」
自分が弱くなってしまったのではないか。
昔であれば、馬乗りになられるなんてことは考えられなかった。ましてや相手は不殺族ではない。
「これが10年間のブランクってやつなのかな」
左手で自分の二の腕や腹をつまむ。女体化して以前より柔らかくなっていた。筋肉よりも脂肪が増えたようにも感じる。
「……えい!」
ミユウは両手で自分の顔を挟むように力強く頬をたたいた。
「今は気落ちしている場合じゃない!あと2回で優勝できるんだ。もう絶対に油断しない!」
ミユウは右手に握りしめられていた小瓶を長椅子の下に置く。
残り少ない休憩時間を目を閉じて過ごすことにした。
---
ミユウがある程度体力を戻し、試合会場に戻ったころには1回戦すべての試合が終了していた。
次は準決勝第1回戦、ミユウの番だった。
「体力は戻りましたか?」
会場の隅で待機していたアストリアがミユウに話しかけた。
ミユウは彼女の隣の開いた席に座る。
「うん。くすぐられていた時間が短かったから、回復も早かったよ」
「それはよかったです。次の対戦相手の方はかなり手ごわいそうですので」
アストリアはトーナメント表と選手たちの情報が書かれた紙を広げていた。
そこにはミユウの名前と予選の試合から導き出されたデータも乗っていた。
「今度のお相手は『リツ・シューベント』という方で、名の通った武道家だそうです」
「武道家か」
その言葉を噂には聞いたことがあった。
この世界には多種多様な戦闘スタイルがある。
その中で最も歴史のある戦闘スタイルの一つが“武道”である。
相手の動きを活かして攻撃を与える柔軟性のある型は、公国だけでなく幅広く名が広まっていた。
ミユウは身震いしていた。これを人は“武者震い”というのだろう。
準々決勝で不甲斐ない戦いをしてしまったミユウにとって、これは挽回のチャンスだ。
相手は伝統や礼節を重んじる武道の使い手。今度は自分が望んだ正統的な試合ができるだろう。
ミユウは対戦相手であるリツのデータを見ながら、アストリアと作戦を練ることにした。
舞台の準備が終わると、ミユウとリツが舞台の上に召集される。
ミユウが階段を上ると、舞台の上で対戦相手のリツが仁王立ちしていた。
リツは水色の短い髪ときりっとした目が特徴的な女性で、『ドウギ』という民族衣装を着ている。
「君がミユウか。噂は聞いてるよ。かなり強いらしいね」
「まあ、それほどでも……」
リツはミユウとの距離を詰めると、彼女を指さして不満そうに睨む。
「しかし、さっきの試合を見させてもらったけど、あれはなんだ。みっともない」
「見苦しいものをお見せしました」
彼女の言う通りで、ミユウは反論が全くできなかった。
「僕はあんな優しい戦い方はしない。だから、互いに自分の主力を尽くして戦おう」
一歩後ろに下がったリツは、腰の横で両拳を握り、力強くミユウに頭を下げた。
「うん!よろしくお願いします!」
ミユウは無意識に彼女の真似をして頭を下げていた。
彼女となら本来の格闘ができる。その時、ミユウはそう確信した。
『それでは、準決勝第1回戦リツ・シューベント対ミユウ・ハイストロの試合を始めます。では、始め!』
審判の合図とともに近寄り合い、戦闘を開始する。
まずミユウがリツとの距離を詰めて、打撃を何度も繰り出す。
先手を取るのは幼いころからの彼女の戦闘スタイルだ。
しかし、リツはすべてを巧みにかわす。それも次の攻撃がどこに来るのかを予測しているかのように無駄のない動きをしていた。
リツは予選の頃からミユウに目を付けて、その動きを完全に把握していたのだ。
続いてリツも打撃を返すが、ミユウはそれらをすべてかわしている。
一撃一撃が弾丸のように放たれるリツの拳。
それを持ち前の反射神経と戦闘経験から辛うじてかわすことができている。
少しでも気を抜けば、ミユウの体に強烈な衝撃が襲うであろう。
互いに技を出し、それをかわす。技の応酬で、10分経っても決着がつかない。
手汗握る展開に、観客たちの声援はより大きくなる。
(この人、本当に強い!さすがここまで登りつめたまでのこともある)
ミユウはまれにみる強敵を相手にわくわくが止まらない。自分の中に戦闘民族の血が流れていることに改めて気づくのだった。
二人は落ち着けるために互いに一度距離をとる。
緊張状態を続けることは歴戦の戦士でも難しい。彼女二人もその例に違わなかった。
ミユウは胸に手を当てて早まる鼓動を抑える。リツは腰に手を当て、大きく深呼吸をしていた。
(もう手を抜くことはできない。次で決めてやる)
下手に不殺族の全力を他種族に出せば、相手は死にかねない。そう思い、ミユウは全力の7割ほどで戦ってきた。
しかし、リツなら大丈夫だ。彼女なら対等に戦うことができる。
ミユウはここで抑えていた力を解放することを決心した。
そして、リツとの距離を再び詰める。
「ミユウ君、僕はね君のような人を求めていたんだ!君となら全力で戦える!」
「あたしもだよ。あたしの全力、見せてあげる!」
互いにニヤッと笑い、戦闘を開始させる。
その時であった。
ミユウがリツの構えを分析しようと視線を落とすと、そこにはリツの胸元がドーンと姿を見せていた。
今まで戦いに集中して気付かなかったが、ドウギがはだけており、リツの大きな胸が露わになっていた。
自分の存在をこれでもかと強調するようにそびえたつ白い二つの山は、ミユウの頭の中をかき乱し、彼女の目線を独占して離さない。
「あわわ……」
「何よそ見をしているんだい、ミユウ君!」
ミユウがリツの胸元に気を取られている隙に、彼女の左拳がミユウのみぞおちを直撃し、彼女の身体は一瞬空に向けて持ち上げらた。
「うっ!し、しまった…」
いくら苦痛に対する耐性があるミユウでも、さすがにみぞおちへのダメージは大きかった。
みぞおちを押えて膝をつくミユウにリツが近寄る。
「君の力を見込んだ僕の目は節穴だったかな?」
身体を丸めて苦しむ対戦相手を見下ろしながら挑発するリツ。
しかし、今のミユウはそんな挑発に乗るほど余裕はなかった。なぜなら、彼女を思考を支配しているのはまた異なる事案なのだから。
「そんなことより、は、早く服を直して!そんなに胸元を開けられたら……」
ミユウは頬を赤く染めて、リツに訴えかけた。
「え?胸元?何言っているんだ?君も女だろう?僕の胸を見たってなんとも思わんだろ」
「お願いだから!」
「まあ、君が試合に集中できないというならしょうがないけど。変な奴だなあ」
リツがドウギを整えるのを確認すると、ミユウは再び速くなっていた心臓の鼓動を必死に抑えてながら立ち上がる。
そして互いに戦闘体勢をとると、戦いが再開される。
しかし、その後、決着がつくまでに1分とかからなかった。
冷静さを取り戻してリツから繰り出された渾身の一撃を体をひねりながらかわすと、ミユウは力いっぱいに右拳でリツの右わき腹を殴る。
鉄の鎧を曲げる不殺族の一撃をまともに食らったリツは舞台の場外に飛ばされた。
『リツ・シューベントが場外に出たため、勝者ミユウ・ハイストロ!』
「「「うおーーーー!」」」
審判のコールの後、ミユウは飛ばされたリツのもとへ走り寄る。
「だ、大丈夫?」
「あばら骨何本かいったみたいだけど、このくらい大丈夫さ」
口から血を流していたリツが、余裕の笑みを浮かべながらミユウに答えた。
リツは武道で培った“受け身”を利用して、地面に無事着地することができた。そのおかげで、ミユウからの打撃を受けた場所以外には目立った外傷はない。
「そんなことより、君と戦えて本当によかったよ。今度はもっと強くなるから、また戦ってくれるかい?」
「うん!その時までにもっと鍛錬しておくよ」
互いの友情を確かめ合うように、しっかりと手を握りしめた。
リツが運ばれるのを見届けると、ミユウはアストリアが待つ場所に向かった。
「お疲れ様です」
「ありがとう。で、どうだった?やるときはやる子なんだよ、あたしは」
ミユウは久々に強い自分を見せつけてやったという誇らしい気持ちで胸をはる。
「とても素晴らしかったですよ!惚れ直しました」
「でしょ~」
笑顔で答えるアストリアの姿にミユウは満足していた。
今までくすぐられている無様な姿しか見せてなかったが、これでアストリアも自分のことを見直すだろう。
「しかし、先ほどの試合でリツさんの胸を見ていましたよね……」
「え?そ、それは……」
アストリアはミユウの目線を逃さなかったらしい。
「うふふ。大会が終わりましたら、しーーっかり説明してもらいますからね?」
「ひい!す、す、すみませんでしたーー!」
このまま試合が終わらなければいいな、と少しミユウは思ってしまった。
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