第15話 怪しいな、案の定…

 準決勝すべての試合が終了し、1時間の休憩があった。




 リツから受けた打撃により、ミユウのあばら骨の一部にひびが入っていた。


 回復に三十分もかからないが、回復する際に体力が奪われる。そのせいで、ミユウに睡魔が襲ったのだ。


 そんな彼女に睡眠を促したのがサポーターのアストリアだった。


 アストリアの助言に従いミユウは眠りにつき、アストリアは彼女の頭を自分の太ももの上に乗せていた。


「本当にお疲れのようですね。こんなにもかわいらしい顔で眠られて……」


 ミユウの頭を優しくなでながら、ねぎらいの言葉をかける。


 彼女の寝顔を見ていると、元々男性だったことを忘れてしまう。


 今流れるこの時間がアストリアにとっての至福であった。




「あら?こんなところで無防備にお眠りなんて、本当に緊張感がない方ですこと」


 女性の声がミユウとアストリアの二人だけの夢のような空間を切り裂く。


 アストリアが目線を上げると、数人の取り巻きを引き連れた少女が立っていた。


 軽くカールを巻いた長い銀色の長い髪で、お嬢様の典型のような煌びやかな服装をまとわれていた。


 アストリアは彼女に対して、わずかに敵意を見せる。その中には二人だけの時間を奪われてしまったという妬ましさも混じっていた。


「あなたはどなたですか?ミユウさんは今休まれているのです。邪魔しないでいただけませんか?」


「これは失礼。次の対戦相手のお顔を一目拝見したいと思いましたもので」


「ということは……」


 少女は右手で仰いでいた扇子をパチンと閉じ、ミユウにその先端を向ける。


「はい。わたくし、ローラ・ルーリールと申します。そちらのミユウさんの対戦相手ですわ。以後よろしくお見知りおきのほど」


 アストリアはミユウに向けられた扇子の先を人差し指でずらす。


「なるほど。対戦相手の方でしたか。私はミユウさんのサポーターを務めておりますアストリア・ナルトリフと申します。ミユウさんに会いに来られるということは敵情視察ということですか?」


 ローラは自分の口元を隠すように、再び扇子を広げる。


「そんな物騒なお言葉はおやめくださいまし。先ほどもお伝えした通り、ただ対戦相手のミユウさんのお顔を拝見したかっただけですわ」


「そうでしたか。これは失礼いたしました」


 アストリアはニコニコと微笑みながら返事する。


 しかし、内からあふれる苛立ちは決して抑えることはできず、口元が引きつっている。


「お眠りのところを起こすのは無粋ですので、言伝をお願いいただけます?」


「言伝ですか?」


「はい。『あなたの弱点をすべて見切りました。逃げられるのであれば、早急にされた方がよろしくてよ』と」


 余裕満々なローラの挑発が、アストリアの心で何かが沸々とこみ上げさせる。


 自分のことでしたらここまではならなかっただろうが、事もあろうにミユウに対して「逃げたほうがいい」とは。まさに自分が侮辱されたのと同じだ。


「その心配は無用です。ミユウさんが逃げるはずはありませんから。むしろあなたをコテンパンにしますので。お逃げになられたほうがいいのはそちらではありませんか?」


「あらあら。『コテンパン』などとお下品なお言葉を。全くこれだから品位のないお方には困ります。まあ、ご忠告はさせていただきましたわ。では、わたくしはこれで失礼いたします。オーホホホ」


 ローラさんは部屋中に響くような高笑いをしながら、立ち去って行く。


「う~。何なのですか、あの方は!ミユウさん、絶対に勝ってくださいね」


 アストリアは気合を入れるために、寝ているミユウのでこを軽く指ではじいた。






 ーーー






 休憩が終わり、決勝戦が始まる。


 舞台のそばで体をほぐしているミユウにアストリアが念を押す。


「気を付けてください。相手のローラさんはミユウさんの弱点を見切ったとおっしゃっていました。必ずくすぐりを使うことでしょう。その点に気を付ければ勝てます」


「わかった。もうくすぐりはこりごりだからね」


「ミユウさん、"絶対に"負けないでくださいよ」


 いつもの笑顔の中になんとも言えない圧があるアストリア。


 ミユウが目を覚ましてからずっとこうだ。


「あはは、なんだか怖いよ。何かあったの?」


「いいえ。何にも」


 アストリアは不機嫌そうにプイっと頬を膨らます。絶対に何かあったんだ。


 そんな彼女に疑問をもちながらも、ミユウは舞台の上に登る。




 舞台上では、動きにくそうな華やかな衣装に身を包んだ対戦相手ローラが扇子を煽いで待ち受けていた。


 風上である彼女から高貴な香水の香りがミユウの鼻先をくすぐる。どうも頭がくらくらする。


「よろしくお願いいたしますわ」


「よ、よろしく。あの、その格好で本当に戦うの?動きにくくない?」


「ご心配ありがとうございます。でも不要ですわ。むしろ、あなた自身のご心配をされてはいかがですか?」


「それはどういうこと?」


「あら?サポーターの方からお聞きになられなかったのですか?まあいいでしょう。せっかくここまでいらしたのです。お覚悟願いますわよ」


「はあ……」


 アストリアとはまた異なる違和感を放つローラに、なんとも言えない恐怖を感じる。


『それでは、決勝戦ミユウ・ハイストロ対ローラ・ルーリールの試合を始めます。では始め!』


「「「うおーーーー!」」」


 審判が開始の合図を叫ぶとともに、観客の歓声が鳴り響く。


 しかし、ローラは全く動こうとしない。その場で扇を煽ぎながら、余裕満々に立っていた。


 前の試合では一気に攻撃をしたが、ローラが何を仕掛けているか分からない恐怖のためにむやみに動くことができない。


「どうされたのですか?そちらが動かれないのであれば、こちらから仕掛けますわよ」


 ローラが二回手をたたく。


 その合図に合わせ、彼女のサポーターが舞台上に170メートルほどの巨大な鐘型の鉄の物体を持ち上げた。


 “道具”というよりは“大型兵器”と分類してもいいほどの規模だ。


「何これ?ちょっとこれルール違反じゃないの!」


 ミユウは審判に異議を申し立てた。


『いえ、道具を一つ持ち込むことはルール上許されていますが、道具自体に規定はありませんので、問題はありません』


 審判は顔色をまったく変えずに異議申し立てを却下した。


「そんな~。この大きさの道具が許されるだなんてルール甘すぎない?」


 審判の裁定を聞いたローラは、鉄の物体の隣まで下がり、その右側をこんッと叩く。すると、叩いた場所に小さな扉が開かれる。


「そういうことです。では、いきますわね」


 ローラが扉の中でいくつかのボタンを押して操作をする。


 すると物体の正面の扉が開き、大量の蒸気があふれ出る。


『モクヒョウ、ハッケン。ホソクヲ、カイシシマス』


 物体から無機質で抑揚のない声が聞こえる。


 そして、開いた扉から四本の鎖と手錠が飛び出してミユウの手首足首を拘束し、物体の中に引きずり込む。


 ミユウは両手を上げた状態で拘束されてしまった。


『ホソク、カンリョウ』


「何なのこれ!早く離しなさい!」


「今すぐ降参していただけるのであれば今すぐに解放して差し上げますわよ」


「それは……できない」


 そんなことすれば、アストリアに何をされるか分からない。


「それは残念ですわね。では、地獄へご案内いたします」


 ローラは一つのボタンを押す。


『コレヨリ、コチョコチョ、カイシ、シマス』


「え?もしかして……」


 物体の奥から無機質な音と同時に複数の手が出現する。


 そして、合計八つの手はミユウの脇の下・くびれ・横腹・腰を左右からくすぐり始める。


「あはははははは!やっぱりーーーーいやはははははは!」


「開始早々、わたくしを倒しておけばこのようなことにはならずに済みましたのに。深読みしすぎましたわね」


「ひ、卑怯者――!あははははは!」


「卑怯とは失礼ですわ!わたくしはルールの範囲内で戦っているだけですわよ」


 八つの手は的確にくすぐったいツボを押し続ける。


 ミユウがどう足掻こうが、くすぐられて力が入らず逃げられない。


「さあ、笑いすぎは体の毒ですわよ。早く降参してくださいませ」


「いひひひ、ぜ、絶対に、降参、しない!やははははは」


「では、もう少し笑っていただきましょう」


「そ、そ、そんなあはははははは!」




 くすぐり責めが始まり一時間が経つ。


 くすぐりの手は緩むことなくミユウを襲い続けていた。


 まったく状況が変わらない試合に、観客たちの歓声は冷めきっていた。対戦相手のローラでさえ扇子で口元を隠してあくびをする。


 広い会場の中でミユウの笑い声だけが虚しく響いているという、なんともシュールな光景だ。


「あの~もうそろそろ降参していただけませんこと?わたくし、もう飽きてしまいましたわ」


 降参の言葉をなかなか口にしないミユウにローラがしびれを切らしていた。


 この地獄から開放されることしか頭にないほどに追い詰められていたミユウにとって、その言葉が救いの言葉に聞こえた。


「あはははは、わ、わかりましたー!」


「それでしたら!」


「こ、こ、こうさ……」


 耐え切れず、『降参』と言いかけたとき、アストリアの叫び声がミユウの耳に響く。


「ミユウさーん!もし降参したら、わかっていますよねー!」


 その言葉で瞬時に思考が正常になる。


(だめだ!降参したら今度はアストリアに死ぬまでくすぐられる!)


「やっぱり降参しない!いやははははは!」


「ぬぬぬ、余計な真似をしますわね。あともう少しでしたのに」


 舞台の下でミユウに手を振るアストリアに対して、ローラは思わず舌打ちをした。


「しかし、これだけではありませんわ」


 ローラは広げていた扇子をパチンと閉じると、舞台下で控えているサポーターに渡す。


 そして、自分が着ていたワンピースの胸元のボタンを一つずつ開ける。


 ボタンが外れるほどに、それらに締め付けられていた、たわわな胸が解放されていく。


「あはははは!な、何を!」


「準決勝の試合を見ていましたわよ。対戦相手のリツさんの胸元が開いたときに異常な反応されていましたよね?そこでわたくしは考えたのです。『ミユウさんは女性の体に不慣れなのではないか』と」


 アストリアが忠告したように、ローラはあたしの弱点を完全に見切っていた。


「あはははは!そんな、そんなことはない!」


「本当かどうかは今から試してみますわね」


 ローラは笑い悶えるミユウの体に自分の大きな胸を押し当てる。


 ワンピースのボタンはすべて外され、桃色の下着が必死に彼女の胸を押さえつけていた。


 彼女はその胸を何度もミユウの胸の上でバウンドさせる。


 自分の胸から、その弾力と生暖かい体温を感じるほどに頭がおかしくなる。


「いやーーーはははは。やめてーーーーーー!」


 手足を拘束されいるミユウには彼女を振りほどくことができない。


「このような美女の胸を味わえているのですよ。拒否するなんてひどいではありませんこと?そんなミユウさんにはお仕置きが必要ですわね。こちょこちょこちょこちょ」


「いやーははははははは!」


 ローラは抱き着くその手でミユウの両脇をくすぐる。


 この時、ミユウの精神状態は、くすぐりとローラの体により崩壊寸前だった。


「ほれほれ、早く降参してくださいまし」


「い、い、いやーーーーーーー!」




 その瞬間だった。


 抱き着いたローラの頭に、暴れていたミユウの頭がぶつかった。


 ゴーンと鈍い音が互いの頭の中で響き渡る。


「ひゃ~ん」


 間抜けな声を出しながらローラが後ろに倒れる。


 胸を晒したまま、釣り上げられた魚のようにピクピクと痙攣するローラの姿には、先ほどまでの優雅さは微塵も残されていない。


『……えーと、ローラ・ルーリール気絶のため、優勝はミユウ・ハイストロ!』


「「「……お、おーーーーーー!」」」


 状況が呑み込めない観客は一瞬静まったが、歓声が徐々に大きくなっていく。




 しかし、当の優勝者であるミユウはまだくすぐり地獄の中にいた。


「あはははははは!な、何でも、いいからはははははは!早く助けてーーーー!」


「大丈夫ですか!今助けますから!」


 アストリアが舞台に上がり、様々なボタンを押す。


 試行錯誤しながら一分後、やっとくすぐりの手が止まる。


「ふにゃ~」


 くすぐり地獄から解放されたミユウは鎖に繋がったままぶら下がっていた。そこには勝利者の歓喜などなかった。


「ミユウさん!やりました!優勝したのですよ!」


 アストリアは興奮のあまりミユウを抱きしめる。


「きゃーーーーー!やめてーーーーー!ガクッ」


「あれ?どうされたのですか?お気を確かに!ミ、ミユウさーーーーん!」


 アストリアのやわらかい体がミユウの精神にとどめをかけ、そのまま気絶した。




 気絶してしまった優勝者の代わりに、アストリアが優勝トロフィーと賞金一千万リールを受け取った。


 その後、優勝者が荷車で運ばれるという、大会史上間抜けな形で、ミユウは会場を去ることになった。






 ---






 ミユウがベッドの上で目を覚ましたのは宿舎に戻った3時間後である。


「お目覚めですか?ミユウさん」


 ミユウの目の前には彼女を見つめるアストリアがいた。




「う~ん、あたしどうして……。あの後どうなったの?」


「あなたの優勝です。おめでとうございます」


 アストリアの言葉でミユウは自分が勝利したことを再認する。


 彼女史上、ここまで実感がわかない勝利はなかった。


「あたし、勝ったんだ……」


「それもそうですね。気絶してしまいましたから」


「あはは。けど、まだ疲れてるからもう少し休むね」


 ミユウはシーツを覆い直し、もう一眠りしようとした。


 しかし、アストリアはミユウの肩をがっしりと掴み、眠るのを阻止する。


「そうしていただきたいところですが、ミユウさんにはまだ話があるのです」


「え?」


「覚えていますか?準決勝のこと」


「準決勝?……あ!」


 ミユウの脳裏に浮かんだのは約2時間前に行われた準決勝のことだ。


 対戦相手であったリツのドウギの胸元がはだけて、ミユウの視線が釘付けになっていた。


 そして、試合終了後にその姿をアストリアに見られ、指摘されたのだ。


「覚えていますよね。それだけでなく、決勝ではローラさんの胸も……」


「あれは……」


「うふふ」


 アストリアが右手で指を鳴らす。


 それと同時にミユウの上にティークが出現する。


「ちょっと待って!」


「いいえ、待ちません。浮気者のミユウさんにはこの後時間がいっぱいありますから、ゆーーーっくり、しーーーっかり私の納得がいくまで話し合いましょうかね?」


「これのどこが話し合いなの!いや、落ち着いて、アストリア。ほらあたしさっきまでくすぐられてたし、まだ十分に回復してないし。今は許して、まっ、あ、あはははははは!」




 その後、三時間にわたるティークからのくすぐり責めが始まった。

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