第13話 大丈夫なの、でも…

 開催当日、トーアの中心部にある闘技場が熱狂の渦に飲み込まれていた。


 収容人数2万人を誇るこの闘技場を観客が埋め尽くす。なぜとは言わないが、その観客のほとんどが男性であった。




 その闘技場の一角にある選手控室には選手が150人以上、サポーターを含めると300人以上が控えている。


 軽くストレッチをしたり、精神集中をしたり、サポーターと作戦を確認したりなどそれぞれ大会に向けて最終準備を行う。




 その中でミユウは極度の緊張状態にいた。


「こ、こんなに人が来るなんて……」


「落ち着いてください。大丈夫ですよ、自信を持ってください。ミユウさんなら負けませんよ」


 アストリアが震えるミユウを優しくなだめている。


 しかし、アストリアは本当の彼女の心の内を理解していない。


「だって、こんな、こんな格好見られるなんて恥ずかしいよ!」


「え?」


「これほとんど裸じゃん!そんな状態何万人の人に見られるなんて嫌でしょ!」


「まだそのこと気にしていらしたのですね……」


 ミユウは赤くなった自分の顔を両手で抑える。


 彼女はキシリアで自分の体が大衆の面前に晒されたトラウマを克服していなかった。


「そのために上から服を羽織っているのではないですか。これ以上わがままをおっしゃらないでください!」


「もうヤダ。やっぱり参加を辞退する!」


「これから本番だというのに、困った方ですね。仕方ありません」


 アストリアはあたしの左耳に顔を近づけて小声で囁く。


「そこまで緊張されるのであれば、緊張がほぐれるまで“くすぐる”しかないですね」


「ひい!」


 『くすぐる』という言葉にミユウの体が敏感に反応する。


 これ以上駄々をこねれば、くすぐられることは今までの経験で予想できる。


「あわわ……」


 アストリアはミユウの目の前でニコッと微笑む。


「それが嫌ならこれ以上わがままをおっしゃらないでください」


「はい!一生懸命善処いたします!」


 一瞬にして、恥ずかしいという感情がミユウの中から消える。


「うふふ。頼もしく思っていますよ」


 アストリアはミユウの扱いに慣れてきたようだ。






 ---






 そして大会が開催された。




 まず1日目に予選が行われる。


 8グループに分け、それぞれトーナメント形式で試合を行い、その頂点に立った者が2日目の本選に参加できる。


 相手を気絶させる、降参させる、もしくは決められた範囲から出すことができれば勝ちといういたってシンプルなルールで、道具は1つまで利用してもいいらしい。


 ミユウは武器を持つ相手に対して本気を出すことなく試合をこなし、難なくグループの頂点に立つことができた。


 不殺族の戦闘能力は伊達ではない。


「さすがはミユウさんです!予想以上に早く決着がつきましたね」


「えへへ。まあ、予想通りだったけどね」


「このまま明日の本選も勝ち進んで、優勝してしまいましょう」


「うん!」


 その時、参加者や観客の注目はミユウに集まっていた。特に本選に残った選手やそのサポーターはミユウの弱点を見つけようと血眼になっていた。






 ---






 そして、本選の日。


 前日の予選より多くの観客が集まり、その熱狂がより強くなっていた。


 闘技場の控室は前日と違い、人が少なくなったせいで静かになっている。選手とサポーターはそれぞれ黙々と試合に向けて準備を行う。


 その彼女たちの目線がミユウに突き刺さる。彼女たちの最も警戒する相手としてミユウが見られていたからだ。


 そんな周囲からの視線をミユウも気づいていた。


「ねえ、なんでこんなにあたし見られているの?」


 ミユウは、彼女の体をほぐしていたアストリアに囁く。


「昨日、あれだけ活躍されていたからでしょう。きっとミユウさんの弱点を虎視眈々と狙っているのです」


「う~、なんだかすごいプレッシャーだよ~~」


 彼女たちの目線に押しつぶされそうになりながらも自分の準備に集中する。




 本選が開始される時間になり、選手とサポーターは会場に誘導され、その間に簡単にルール説明が行われた。


 本選も予選と同じルールで、トーナメント式で試合が行われる。


 その後、くじによって対戦相手が決められた。


 ミユウの初戦の相手はシューカ・ナイトという少女だった。


 長い茶髪を三つ編みに編み込んだその少女は見るからにひ弱そうで、怯えた表情で体を震わせている。なぜ彼女がここまで勝ち抜いたのかミユウは疑問に思った。


 シューカとあいさつとして握手をする。


「お互い頑張ろうね」


「お、お手柔らかに、お、お願いします~」


 彼女の挙動不審さには見ているとこっちが心配になる。






 ---






 そして本選1戦目が開始された。


 ミユウとシューカとの試合は2回戦目である。それまで参加者とサポーターは舞台のそばで試合を観戦していた。


 待っている間も体を震わせているシューカを落ち着かせようと懸命になるサポーター。


 それを見て、ミユウは隣にいるアストリアに耳打ちする。


「ねえ。本当にあの子大丈夫なの?」


「よく人のこと言えますね。昨日のミユウさんもあんな感じでしたよ」


「え?そ、そうだったかな~」


「まあ大丈夫でしょう。彼女も一応予選を勝ち抜いたみたいですし。わかっていらっしゃると思いますが、手加減はしないでくださいね。ミユウさんはお人よしなのですから」


「わかってるよ。手加減なく全力でやる」






 ---






 1戦目が終わり、ミユウたちの番になった。


 闘技場中央にある大きな円状の舞台の真ん中でシューカと向かい合うように立つ。彼女は相変わらず怯えた表情でいる。


『それでは、第2回戦ミユウ・ハイストロ対シューカ・ナイトの試合を始めます!では、始め!』


「先手必勝!」


 審判の合図と同時にミユウはシューカに向かって走り、彼女に右拳をぶつける。


(悪いけど、早めに決めさせてもらう!)


 しかし、右拳がシューカの顔面にあたる前に、彼女は悲鳴を上げながらその場でしゃがみ込む。


「きゃっ!」


「ちょっ!」


 ミユウはその勢いのままに体を流していく。


(あたしの拳撃がよけられた!もしかして、あたしの動きが読まれているの?)


 慌ててシューカのほうに振り返ると、彼女はしゃがんだまま震えていた。


「怖いよ~怖いよ~痛いのは嫌だよ~」


 どうやら避けられたのは偶然らしい。それがわかり、少しだけ安心した。


 しゃがみ込むシューカに近づき、ミユウはもう一度右拳を彼女にぶつけようと振りかぶる。




 その瞬間、シューカが突然立ち上がり、その頭がミユウのあごにぶつかる。


「うっ!」


 突然のことでそのまま後ろに倒れこむ。


「ごめん!だ、大丈夫?いきなり目の前に虫さんが出てきたから驚いちゃって」


「だ、大丈夫だから……」


(なるほど。彼女が勝ち抜けたのはこの運のよさからなんだ)


 ミユウは早く試合を終わらせることを決心した。


 心配になり近づいてきたシューカに飛び掛かり、彼女の上に馬乗りになる。


「な、何するの?」


「ちょっと卑怯だけど、早めに決めちゃいたいから。ごめんね」


 そして、また右拳を上げて彼女に向けて振り落とそうとした。




 その瞬間だった。


「やめてーーー!」


 そういいながら、シューカは両手でミユウの両脇を押さえつけてきた。すると、シューカの指がミユウのちょうどくすぐったいツボを的確に押さえる。


「うふふ……」


 ミユウはくすぐったさの余り、振りおろす手を止めた。


「あれ?」


 疑問をもったシューカはつぶった目を開ける。


「大丈夫?体調悪いの?」


 心配になったシューカはミユウの脇腹を掴む。


 ミユウは耐え切れなくなり、笑いながら後ろに倒れる。


「ぷっ!あははは!しょこはやめて!」




 すると一瞬会場が静かになる。


「あっ」


 その瞬間、ミユウは自分がまずい状態にいることに気が付いた。


「もしかして、くすぐり、弱いの?」


「そ、そんなことないよ~」


 ごまかしてみたが無駄だった。


 シューカは倒れるミユウの上に馬乗りになり、ワキワキと動かした両手をミユウの脇に近づける。


「お願い。や、やめて……」


「か、覚悟―!こちょこちょこちょこちょ~」


 ミユウの懇願むなしく、シューカのくすぐり攻撃が始まる。


「あははははは!」


 シューカの細い指がミユウに襲いかかる。


 彼女のくすぐりの腕は乱雑でうまいというほどではないが、それでもミユウには効果抜群である。


「降参するなら、やめてあげるよ」


「だ、だれが、降参、するものか、あはははは!」


「じゃあ、やめてあげない」


「あはははは、や、やめてーー!」




 仰向けのまま脚をじたばたさせながらもがくミユウを、シューカは容赦なくくすぐり続ける。


「だから、やめてって、いってるでしょーーー!」


 すると、ミユウの右脚の膝が馬乗りのシューカの背中に勢いよく当たった。


「うっ!」


 打ち所が悪かったのか、シューカは横に倒れて、そのまま気絶した。


『勝者ミユウ・ハイストロー!』


「「「うおーーーーー!」」」


 審判のコールと同時に静かになっていた観客たちの叫びが再び響き渡る。


「はあ、はあ、あ、危なかった~」




 息を整えた後、舞台を降りてアストリアのいる場所に向かう。


「お疲れ様です」


「な、なんとかなったよ」


「まったく。あれほど油断してはいけないとお伝えしたのに」


「ごめん……」


「おかげでミユウさんの弱点が露呈してしまいました」


「次から気を付けるよ……」


 


 ミユウはアストリアに促され、次の試合までくすぐりで失った体力を取り戻すために控室に向かった。

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