第10話 反省する、だから…
日が沈み、闇が支配する部屋の中でミユウが目を覚ます。
どうやら手首足首と腰回りを椅子にしっかり拘束されているらしい。
動かすことができるのは頭だけ。
「う~、なんでこうなってるんだろう?」
ミユウの頭の中はぼーっとして、記憶があいまいだ。
ただ全身に疲労が蓄積されていることが一瞬で理解できた。
「お目覚めですか?」
部屋の奥から女性の声が聞こえた。
声のする方へ頭を向けると、アストリアがベッドの上で座っていた。
「本当に面倒なことをしましたね。ご自身の立場をご理解していただけていますか?」
「え?」
アストリアの言っていることの意味をミユウはいまいち理解できない。
頭の中のもやもやが晴れていくと、昼間に起こった出来事が徐々に思い起こされる。
ギルクと出会ったこと、男たちに拘束されたこと、そして、アストリアに拷問を受けたこと。
記憶が鮮明になるにつれ、ミユウの全身が恐怖で震え始めた。
「あわわ……」
「まったく、ミユウさんはご自身が追われの身であることをお忘れなのですか?」
「ふ、ふん!アストリアには関係ないでしょ!」
ギルクのことを知られてしまったのはアストリアのせい。そんな気持ちからミユウをアストリアに対して反抗的な態度をとってしまう。
「どうやら反省してないようですね……」
アストリアがベッドの横に置いてある木製の棒に手をかける。
まさしく拷問で利用された“孫の手”であった。
アストリアは両手で孫の手を持ち、ニコニコと笑いながらミユウと距離を縮めていく。
「どこかかゆいところはありませんか?脇?太もも?足の裏?それとも、せ・な・か?」
「ひっ!」
アストリアの言葉に全身に一瞬くすぐったい感覚がよみがえる。
「話す!話すから、それだけは……」
ミユウはくすぐり責めに堪えられないと思い、早急に説明することを選んだ。
「素直なミユウさんは大好きです」
アストリアは孫の手を机の上に置いた後、ミユウの前に椅子を置いて腰かける。
ミユウはギルクを助けた一部始終とその理由についてアストリアに説明した。
「なるほど。あなたが助けた男の子ギルクさんはキシリアを統治する役人の不正を評定所に訴えるために大事な書類を盗みだした…ということで合ってますか?」
「うん、そんな感じ……」
説明を終えると、よりアストリアに対する反抗心が強くなる。
「でもひどいよ。町の人たちを助けるためにギルクは頑張っていたのに、それを助けるためにあたしも協力したのに、あの子の居場所を無理やり白状させるなんて……」
いつの間にかミユウの目が熱くなり、涙が流れてた。
「優しいのですね……。しかし、あそこで私がいなければ、危なかったのですよ」
「ど、どういうこと?」
「あの人たちはミユウさんを拷問をしようとしていました。あの方たちの気性からすれば、手荒なものになっていたでしょう。もしミユウさんが傷ついて、その傷が癒える姿を見たら、あなたが不殺族であることがこの町の人たちにばれてしまいます。そしたら、10年前の二の舞だったのですよ」
「あ、確かに……」
ミユウはアストリアの意図をようやく理解した。そして、自分が危うい状況にあったことに気が付く。
「本当に気を付けてくださいね。ちょっとした言動のミスが命取りになるのですから」
「うん。気を付けるよ」
自分の不注意によってアストリアをも危険に巻き込もうとしていた。
そう考えると、彼女に対して申し訳なく感じる。
「反省していただけるのであれば、それでいいですよ」
アストリアはミユウの頭を優しくなでる。
「しかし、変ですね。そのギルクさんの話にはおかしな点がありますよ」
「え?」
「この町には公国の役人なんていないはずですよ」
「そ、それって?」
「キシリアは宿舎の宿主と商人の方々が共同で統治する、いわば自治区にあたります。公国の干渉は最小限で、常駐する役人はいません。税金のことも町の方々の同意を基に決めているため、無理な増税がされることはないのですが…」
「そんな、じゃああの書類は……」
ミユウの全身から冷や汗が噴き出す。
ミユウがアストリアと話していると、部屋に男たちが入ってきた。
全員気落ちをしている。
ギルクが彼らから逃げ延びたらしい。
ミユウはホッと安心すると同時に焦燥感に襲われていた。
なぜなら憔悴しきった男たちが彼女を睨んでいたからだ。
「ねえちゃんよ、あんたとんでもねえことしてくれたな。あの書類はこの町の将来のために練りに練った振興計画書だったんだぞ…」
「振興、計画書?」
男たちは説明する。
彼らはキシリアの自警団であり、町内の治安を守っている。
ミユウたちが来たこの日の昼、町役場の倉庫から一冊の機密書類が盗み出されるという事件が起こった。
それはこの町を統治する宿主や商人たちが数年間にかけて構想していた、振興計画書であった。
自警団は血眼になり、犯人であろう少年を捜していた。その犯人が、ミユウが逃がしたギルクであった。
彼はキシリアとライバル関係にあった町サクトスの間者で、振興計画に気付いたサクトスの統治者の命により計画書を盗み出したのだった。
「俺たちの今までの努力が水の泡だ……」
「ということは、あたし、騙されたということ……」
ミユウの全身が徐々に青ざめていく。
「もうあのガキ、サクトスに辿り着いた頃だろうな…。どう責任取ってくれるんだ?」
「ご、ごめんなさい!」
唯一動かすことができる頭を下げて謝罪する。
ミユウ自身それで許されるとは思っていない。それでも謝らずにいられなかった。
案の定、彼らの怒りが収まるはずがない。すぐにでも襲い掛かりそうな雰囲気だ。
そんな彼らを状況を見守っていたアストリアがなだめる。
「まあ、落ち着いてください。そんなことをしても無駄ですよ」
「止めねえでくれ。こいつを殴っても無駄だということはわかるが、このままじゃ俺たちの気がすまねえ。こいつを守りたいというあんたの気持ちはよくわかるが……」
「まずお聞きください。先ほどもお伝えしたように、どれだけミユウさんに暴力を振るわれても蚊に刺された程度にしか感じません」
「たしかにそんなこと言ってたな」
「ミユウさんに反省をしてもらうためにはそれなりの方法があります。大丈夫ですよ、皆さんの気が晴れるお仕置きをお教えいたします」
「そうか、それならあんたに任せるぜ」
さっきのアストリアの拷問の風景をみていた自警団は、彼女がミユウに容赦がないと信頼した。
「ま、待って!本当に反省してますから!許してください!」
アストリアの提案するお仕置きがまともなもののはずがない。
ミユウは必死で縄をほどこうとする。しかし、十分に体力が戻っていない上に、噴き出した汗が滑ってうまくいかない。
そうこうしている間も、アストリアはニコニコと微笑みながらミユウに歩み寄る。
「ここまでのことをやらかしておいて何をおっしゃっているのですか?観念してお仕置きを受け入れてください」
「そ、そんな~」
「さあ、背中をかいてあげますね」
アストリアは手に持つ孫の手の先端をミユウのシャツの中に入れ、背筋をなぞっていく。
「いやーーーーーーーーー!」
ミユウは悲鳴を上げ、気絶する。
「では皆さん、ミユウさんを広場まで運び出しますので、お手伝い願います。それと木材も用意してください」
「わかった。で、木材で何をする気なんだ?」
「それはおって説明します」
椅子に縛られたまま気絶したミユウを、アストリアは不敵に笑いながら眺めていた。
「うふふ。明日の朝が楽しみですね」
---
ミユウの目が覚める。
周りが明るくなり、朝を迎えていた。今日も空がよく澄みきっている。
「ん~。もう朝か…。あ、あれ?」
両手首両足首に走る痛み。背後に冷たく固い感触。そこから自分が何かに縛られているのだということにミユウは気が付いた。
しかし、昨晩の縛られている姿勢と場所が異なっている。
彼女は木製の十字架に手足をしっかりと縄で拘束されていた。
それに縛られているのは部屋の中ではなく、町の大通りの真ん中。
「なにこれ?へっくしゅん!さ、寒い~」
それもそのはず、彼女が身に着けているのは水色の下着だけであった。
そのことに気が付くと、恥ずかしさでミユウの全身が熱くなる。
「ミユウさーん!目が覚めましたかーー!」
彼女に呼びかける女性の声が聞こえる。それはなぜか自分より下側から聞こえる。
声が聞こえた方をみると、そこにアストリアがいた。
それだけではない。多くの男女がミユウを見上げていた。少なく見積もっても300人はいるだろう。
「なんなのこれ?」
「お加減はいかがですかー!風邪をひかれていませんかー!お目覚めのところ申し訳ございませんが、今からあなたのお仕置きをはじめまーーす!」
「ちょっと待って……」
アストリアはミユウの声を聞かず、振り返って、人々と向かい合う。
「では皆さーん、準備はいいですかー?」
「「「おおーーーー!」」」
アストリアが呼びかけると、人々はそれぞれ持っていた筆や羽、そして孫の手を持ち上げている。
「いいですかー!今皆さんがお持ちのものでミユウさんをくすぐってください!時間は無制限、皆さんの気持ちが晴れるまでとことんやってくださーい!ただし、体へのお触りは禁止でーす!」
「「「おおーーーー!」」」
「では、始めてくださーい!」
アストリアの合図と同時に人々が足元に近づいてくる。
「うそですよね?あたし本当に反省していますから!そ、それだけは、くすぐりだけはやめて!」
彼女の懇願を無視し、人々はそれぞれ持っている道具でミユウの全身をくすぐり始める。
「あははははははは!ご、ごめんなさーいやははははは!」
「小さいお子さんは後ろの台を登ってください!」
「あははは、な、なに誘導してるのーー!」
ミユウの背後には自警団が一夜で組み立てた巨大な台が設置されていた。
アストリアは集まった30人ほどの子供たちを台の上に集めて、ミユウを背後からくすぐらせていた。
ちなみに、子どもたちだけは手でくすぐるのを許可しているようだ。
「そ、そこはだめーー!」
控えめな大人たちとは違い、無邪気な子供たちは一切容赦がない。
首や脇腹だけでなく、胸や股間周りも躊躇せずくすぐる。
「た、助けてーーーーー!」
ミユウはくすぐられる苦しさと、下着姿を多くの人に見られている恥ずかしさで、他のことを考える余裕がなかった。
---
公開仕置きが始まってから3時間。
すべての人々の気が晴れ、くすぐり責めが終わる。
体力と自尊心のほとんどが消耗され、十字架につるされた状態になっていた。
「あは、あははは、えへへへ…」
くすぐられた余韻で、笑いが完全に止まらない。
戦い果てた拳闘士のように真っ白に燃え尽きていた。
「これで十分に反省したでしょう。さあ皆さん、ミユウさんを降ろしますので手伝ってください」
アストリアの呼びかけで、自警団のメンバーがミユウを十字架から降ろす。そして、用意されていた荷車の上に寝かされ、彼女たちの宿の部屋に戻されていった。
アストリアは運ばれるミユウの傍らで歩きながら、彼女に微笑みかける。
「本当にミユウさんはお人好しなのですから。これに懲りたら、もう少し考えてから行動することですね」
アストリアが荷台の上でピクピクと痙攣する少女のでこを指ではじくと、少女は「ひゃ~い」と気の抜けた返事を返した。
もう少し人を疑うことをしよう。そうミユウは心の中で固く誓ったのであった。
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