第9話 白状しない、それなら…
屈強な男たちから逃げ回っていたギルクが逃げる手助けをしたミユウは、部屋に戻っていた。
「あたし、初めて誰かを救ったかもしれない……」
自分のベッドの上で天井を見上げていた彼女の顔は少しニヤついていた。
初めて感じる、気の晴れるような気持ち、二人だけ共有される秘密がある背徳感。
この気持ちを誰かに伝えたい。けど、誰にも伝えることができない。
ミユウはそのもどかしい快感を、シーツに包まりながら全身でかみしめていたのだった。
バタンっ!
突然のことである。
木製のドアを乱暴に開ける音が部屋中に響き渡る。
「何!何なの?」
慌ててドアを見ると、ギルクを追いかけていた血相を変えた男たちが立っていた。
彼らの表情はどう見ても怒りに満ちていた。
「てめぇ、俺たちを騙しやがったな!」
「な、何の話ですか?」
「うるせえ!捕まえろ!」
体を起こし逃げようとするが、うまく力が入らない。まだ数時間前のくすぐり責めの影響が残っていたらしい。
ミユウは両腕を男たちに抑え込まれ、完全に制圧されてしまった。
“本来の自分の力なら倒せるはずなのに”彼女の心中は屈辱感で埋め尽くされていた。
---
ミユウは部屋にあった椅子に上半身を縄で縛られていた。
今の彼女の力は同い年の少女と同等で、縄を引きちぎることはできない。
「何をするのですか!」
「お前に教えられた通り西の方向にいったが、あのガキを見つからなかった」
やはりその件か。
「じゃあ、他のところに行ったんじゃないですか?」
「そう思って、こっちに戻ってきて町の奴らに聞いたら、お前がガキといる姿を見たといわれたんだよ」
不覚だった。誰かに見られていたなんて気を抜きすぎていた。
「え?な、何のことでしょう?」
仕方ないので、シラを切ることにした。
しかし、ミユウは元来の正直者で、嘘をつくときに相手と目を合わせることができない。
もちろん、そのような彼女が彼らを騙しきれるはずがなかった。
「やっぱり嘘ついてんじゃねぇか!ガキがどこに行ったか言え!俺たちもこれ以上、女に手荒な真似をしたくねえ」
「知らないって言ってるでしょ」
今から拷問されるとミユウは確信した。
しかし、彼女はそれほど恐怖を感じなかった。
それより町民を苦しめる役人に負けたくないという想いとギルクを守ってやりたいという想いが強くなっていたのだった。
それに長年拷問を受け続けていたミユウは多少の苦痛ぐらい耐えられると自信があった。ある一部を除いては……。
「仕方ねえ。恨むならあのガキを恨みな!」
男の一人が持っていた棍棒をミユウに向けて振り上げる。
「何をされているのですか?」
開いたドアから女性の声が聞こえる。
それは情報を集めると外に出ていたアストリアの声だった。
「なんだ?この姉ちゃんの連れか?」
「はい。私の大事な人に乱暴はやめていただけますか?」
男たちを睨みつけながら、アストリアが入ってくる。
彼女の心中は怒りの炎で支配されていた。
自分の愛する人が目の前で理不尽に暴力を振るわれるのを黙って見ているわけにはいかない。
「そういうわけにはいかねえ。この姉ちゃんには白状してもらわねえとな」
「落ち着いてください。まずは事情を話してもらえますか?」
一人の男がアストリアに今までの経緯を説明する。
「なるほど。つまり、あなた方の大事なものを盗んだ方をミユウさんが逃がした。その方の行き先を白状してもらおうということですね」
「まあ、そういうことだ。だから、邪魔しないでくれ」
「事情は分かりました。しかし、それではミユウさんは白状しませんよ。それでは私がミユウさんに白状させます。それでよろしいですか?」
「「は?」」
ミユウと男たちは同じように唖然としていた。
「ちょっと!なんでそんなことになるの?」
自分を助けに来てくれるかもしれないという期待を裏切られてしまったミユウ。
「そうだ。知り合いのあんたじゃ馴れ合いになるに決まっている。白状させられるわけねえだろ」
男たちも、まさか仲間の拷問に手を貸すとは思えず、目の前の少女を疑っていた。
「まあまあ、安心してください。一切、手を抜きませんから。ねえ、ミユウさん?」
「ひい!」
アストリアが笑顔でミユウに目線を向ける。その瞬間、ミユウの背筋が凍る。
「よし、分かった。そこまで言うならあんたに任せる。いっとくが、あんまり時間ねえから早くしろよ」
「はい。お任せください」
男たちは一旦アストリアを信じることにし、ミユウから離れていった。
それを確認したアストリアがミユウの目の前に近づき、椅子に縛られているミユウの頭を優しくなでる。
「ミユウさん。白状するなら今のうちですよ」
「ふん!あたしは絶対にいわないからね!」
ミユウの中で警報が鳴り響いていた。ここで白状したほうが自分にとってはいいかもしれないと彼女自身わかっている。
しかし、弱みを見せたら終わるような気がして、できるだけの抵抗でアストリアを睨みつけた。
ミユウのその表情から簡単に白状しないだろうと確信したアストリアはミユウから離れて、自分の荷物が置かれた机に向かった。
「はあ。何があったか知りませんが、ミユウさんがそこまで頑なになられるのであれば仕方ないですね」
アストリアは荷物入れから木製の棒を2本取り出す。棒の先端は丸く曲がっており、小さい手のような形をしていた。
「では、覚悟してくださいね」
アストリアは2本の棒を両手に持ち、再びミユウに近づいてくる。
ニコニコ笑うアストリアと、彼女が持つ未知の道具に、ミユウの心臓の鼓動は激しくなる。
「そ、それは……」
「これはですね、遥か東の地域で使われている道具で、『孫の手』といいます」
「マゴノテ?」
この状況で彼女が出すものなのだからとんでもない拷問道具なのだろう。
「これは自分の体の手の届かない痒いところを搔くために使われるものです。しかし、こういう風に使うこともできるのですよ」
アストリアは孫の手の先端をミユウの両脇の下に入れる。
そして、脇の下のへこみをなぞるように、孫の手を上下に動かす。
「あ、あ、あはははははは!止めて!あーーーはははは!」
脇の下から全身にくすぐったさが広がる。
両手を椅子の背もたれの背後で縛られているミユウには、孫の手の恐怖から逃げる術がなかった。
「さあ、白状しますか?」
「いや、ぜ、絶対に、い、言わない、いひひははははは!」
「早く言えば、楽になりますよ」
「やだーーーー!」
「では、ここはいかがでしょう」
脇の下を責めていた孫の手の先はスーッと下に移動して、脇腹を責め始めた。
「あああああははははははは!」
前後に動く孫の手はミユウの脇腹の表面を時には優しく、時には激しく移動していく。その緩急の差にミユウの意識は追いつくことができない。
「ほらほら。我慢しなくてもいいのですよ?」
「あ、ひゃ、いひひ、はははははははは!」
「強情ですね。しかし、いつまで我慢できますかね?」
孫の手の次の標的は内太ももだ。
脚の付け根から膝近くまでをゆっくりとなぞっていく。膝先までいくと脚の付け根に戻っていく。この往復が何度も繰り返される。
「ひにゃ、しょれはあ〜〜〜〜!」
ミユウは脚を閉じようとするが、足首を椅子に固定されているために閉じきることができない。
「うふふ。こんなに感じちゃっているお姿を皆さんに見られているのですよ。恥ずかしいですね~」
部屋の隅々には男たちがいる。先ほどまで怒りに満ちていた表情はそこになく、目の前で行われている官能的な光景に思わず目を奪われてしまっていた。
「う~~、み、見ないで~~~~!にゃ~~!」
恥ずかしい姿を見られる辱めでミユウの顔は赤くなる。
「かわいらしいお声ですね。ここはどのようなお声を出されるのでしょうか?」
孫の手の先は膝に移動する。
先ほどとは一変して、膝の上を素早く上下に動く。
「ひゃひゃはははは、い、ひゃはは」
孫の手から逃げようと脚を左右に動かすが、それを追跡して、なおもくすぐり続ける。
「そんなに暴れないでくださいよ。そんなやんちゃな子にはお仕置きです」
アストリアは両膝を床につき、孫の手の表裏を返して、ミユウの足の裏をくすぐり始めた。
「ぎゃあはははははははははは!」
彼女の左の足の裏には魔術印がある。そこをくすぐられることにより、ミユウの全身に激しいくすぐったさが電流のように駆け巡る。
もうこの時には、ミユウの意識は朦朧としていた。全身に尋常ではない量の汗が流れ、呼吸も荒々しい。
「ひゃ、もう、いや、やめて、許して、し、死んじゃ、あははははははは!」
「ミユウさんが白状していただけるのであれば、すぐにでもやめて差し上げます。すべてはミユウさん次第なのですよ」
「誰が、白状するものですか!あはははははははは!」
朦朧とする意識の中で、ミユウの頭にギルクのことが思い出される。
ここで自分が白状すれば、彼は、この町は救われなくなってしまう。
その想いだけがミユウを辛うじて支えていた。
---
くすぐり始めてから1時間後、アストリアはくすぐりの手を止める。長い時間、孫の手を持つ手に疲れが出始めたからだ。
ミユウは、ここぞとばかりに荒い息を整えながら精神を統一させる。
「はあ、はあ、やっと、諦めてくれた?」
「いいえ。少し責める場所を変えてみるだけです」
すると、アストリアはミユウの後ろに回り、彼女の視界から消える。
見えないだけでもミユウの恐怖を煽る効果がある。
「今度は、一体、何するの?」
「うふふ。さて、どうするのでしょうか?」
不敵な笑みを浮かべながら、アストリアはミユウのシャツの中に孫の手をゆっくり入れる。
「きゃあーーーーーーーーーー!」
全身に強烈なくすぐったさが走っていく。
ミユウの身体は弧を描くように反り返り、全身の毛が逆立っていた。
ミユウはもともとくすぐりに強い体質である。しかし、唯一背中だけが彼女の本来の弱点であった。
ミユウ自体忘れてしまっているが、彼女が子供の頃に1度妹に背中をなぞれて、変な悲鳴を出しながら膝から崩れてしまったという経験があるほどだ。
その上に左の足の裏の魔術印の影響が重なり、彼女の背中は尋常ではないほど敏感な状態になっている。
腰のあたりに孫の手の先端がたどり着くと、あまりのくすぐったさにミユウは気絶する。
「あへ、あへへ……」
「眠っている時間はありませんよ。目を覚ましてください」
アストリアは孫の手をゆっくり上げていく。
「きゃあーーーーーーーーーーー!」
再び襲うくすぐったさに、ミユウは悲鳴と共に目を覚ます。
「どうです?白状しますか?しませんか?」
もうこれ以上耐えることはできない。ミユウには誰かを守るだけの余裕はもう残されていなかった。
「します!します!」
ついに白状すると宣言してしまう。
孫の手の先端が首の下側に到達すると、ミユウは再び気絶する。
「まだ白状してないじゃないですか」
そして、アストリアはさっきよりもゆっくり下に向けて先端を移動させる。
それと同時に、ミユウは再び目を覚ます。
「きゃあーーーー!」
「白状してください。どこに行ったのか」
「ひ、ひ、東のほうに、行きましたーーーーー!」
「はい、ありがとうございます」
ミユウからの証言を得たアストリアは、孫の手をミユウのシャツから思いっきり抜く。
「ひゃん!」
本日3度目の気絶をする。
(ギルク、ごめんなさい……)
消えゆく意識の中でミユウはそうつぶやいた。
アストリアは机の上に2本の孫の手を置いて、近くにあった椅子に崩れるように腰を落とす。そして、大きく息を吐くと、部屋の隅で二人を見ていた男たちに目線を向けてニコッと笑みを送る。
男たちに緊張が走る。先ほどまで繰り広げられていた拷問ショーを見せられ、目の前の少女に測り切れない狂気があると実感したからである。
「皆様がお探しになられている方は東の方に向かわれたそうですよ。すぐに向かわれなくてもいいのですか?」
「「行ってきます!あ、ありがとうございました!」」
男たちは我先にと部屋の外に飛び出ていく。
「はい、行ってらっしゃい」
アストリアは彼らに軽く手を振りながら送った。
部屋にはアストリアと、椅子に縛られたまま気絶したミユウが残された。
先ほどまでとは打って変わり、静かな空気がその場を支配したのであった。
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