第8話 いきなり来た、そこから…
日が傾き始めたころ、ミユウたちは「キシリア」という町に着いた。
キシリアは宿舎町で多くの宿が並んでおり、そこには旅人や行商人など様々な人がいた。
二人は様々な宿舎の中でもさほど大きくない宿を選んだ。これから長旅をするにあたって、少しでも費用を抑えるためだ。
ミユウは部屋に入るとすぐにドア側のベッドに倒れ込んだ。
「あー、やっと着いたー」
彼女は数時間前のくすぐり責めの影響が残っている。その上、昨晩はアストリアと添い寝したせいでまったく眠れていない。
この町に来るまでアストリアの肩を借りてやっと歩けるぐらいの力しか彼女には残っていないのだ。全身が鉛でできているのかと思うくらいに重く感じる。
アストリアは自分の荷物をもう一つのベッドの上に置き、「情報を集めてくる」と部屋を出て行った。
「これで落ち着ける~」
前の町を出てからずっとアストリアと行動を共にしていたせいか、ずっと気を張り続けていた。
特に胸元チラ見事件以降、言動に気をつけていた。変な言動をすれば、どんな名目でくすぐりの刑に合うか知れたものではない。
ある意味では要塞にいたときと変わらない、いやそれ以上かもしれない。
「このままじゃ身がもたないな」
アストリアの前では絶対にいえない心の不安を口にしてみた。
とにかく疲労した自分の体を休めるために目を閉じて眠りにつこうとする。
数分経つと、部屋の外が騒がしいことに気が付く。
「なんだろう?他の客が騒いでるのかな?」
ふとドアに目を向けた瞬間、勢いよくドアが開いて一人の小さな男の子が飛び込んできた。
年齢は10歳ぐらいで、背丈は120cmほど。服も顔も短い髪も汚れていて、まさに脱獄したばかりの自分を見るようだった。
少年はドアを閉めて、ホッと一息つく。そこでミユウの姿に気が付いた。
「お前誰だ!」
「いや、完全にこっちのセリフなんだけど……」
互いに警戒しながら見つめ合ってると、部屋の外から声が聞こえる。
「おい!あのガキいたか?」
「いや、いない。くそ~ネズミみたいにちょこまかと」
「もしかしたら、どこかの部屋に隠れてるかもしれない。一部屋づつ調べていくぞ!」
その声をきくと、少年はあたふたと慌て始める。
「なあ姉ちゃん!少しの間、俺をかくまってくれよ!」
「は?」
男の子はミユウの返事を聞く前にミユウのベッドの下に潜り込んだ。
ベッドの下に潜り込む男の子を止めようとすると、ドアをノックする音が聞こえた。
状況を呑み込めないミユウが一応返事すると、ドアを開け複数人の男性が入ってきた。
「お休みのところ申し訳ございません。少しお尋ねしたいことがございまして……」
低姿勢で宿主の男が尋ねる。
「どうしましたか?」
そう聞き返すと、宿主の後ろにいたがっしりとした男性が質問する。
「よう、姉ちゃん。さっきこれぐれぇのちいせえガキを見なかったか?」
不思議と、ここで少年のことを話すわけにはいかないとミユウは思った。
「いや、ずっとここにいましたが、見かけてませんよ」
とっさにしらを切って答える。
「おかしいなぁ。この部屋に入るところを見たって、隣の部屋の客が言ってたんだがよ。もしかして、かくまったりなんてしてねえよなあ」
そういいながら、部屋中を見渡す。
できるだけ気付かれないようにと、少年が隠れているベッドの下を足をぶら下げて隠してみた。
「そんなわけないじゃないですか。なんでそんなことしないといけないんですか?というか、女の子の部屋に男性がずかずかと入ってくるなんて、失礼じゃないですか?」
そういうと男たちがうろたえ始める。
「そ、それもそうだな。悪かったな。もし、ガキを見つけたら教えてくれや」
男たちはぞろぞろと部屋を出ていく。
自分が女性になったことを自然と受け入れて活用したことに気付き、ミユウは複雑な気持ちになる。
「もう行ったよ。まったく何したらあんな男たちに追い掛け回されるの」
「うるせえ。あんたには関係ねえだろ」
ベッドの下からゆっくりと男の子が出てくる。
助けてあげたのに、なんて横柄な態度なんだろう。親の顔が見てみたい。
「それが助けてもらった人に対する言葉?」
「まあ、あれだ。ごめん。それでありがとよ」
少年はミユウから顔をそらしながらも、彼女に感謝を述べる。
「うん、素直でよろしい」
「それじゃあ俺はこれで…」
男の子はドアの方向に向かい、部屋を出ようとした。
「待って。今出たら見つかっちゃうよ。もう少しここにいたら?」
彼を引き留めたミユウ。自分でも何でこんなことをしたのか分からなかった。
「これ以上、あんたに迷惑かけらんねえ…」
「もうこんなに巻き込んどいて、それはないでしょ?もし今見つかったら、あたしが危ないんだから」
「まじで悪かった…。それじゃあ、もうちょっといさせてもらうわ」
男の子はアストリアの荷物が置いているベッドに腰掛けた。
そのあと、彼は自分の名前がギルクであることを教えてくれた。
「で、なんで追いかけられているの?あいつら見てたら結構危なそうだったけど…」
追っ手の男たちは手に棍棒を持っていた。捕まれば、ただでは済まされないことは火を見るより明らかだ。
「実はこいつを盗んだ」
ギルクは懐から一冊の書類を出した。
黒い板に挟まれた薄い本。そこにはタイトルが書かれていなかったが、何か重要そうなものなのだとわかる。
「なんでそんなことを?」
「これがあれば、俺たちは救われるんだ」
「どういうこと?」
ギルクは意を決したように、ミユウに事情を話し始めた。
「実はこの町を統治している役人が賄賂のために税金を上げてやがる。そのせいで、町のみんなは必要以上に高い税金を払わなければならない。今日生きるのがやっとの状態。やてらんねえよ。だから、不正の証拠のこの書類を近くの評定所に持って行ってやるんだ。そうすれば、役人の野郎もやめなくちゃならねえ。俺たちは元の暮らしに戻れるってことだ」
「なるほどね。あれはその役人の配下だったのか…」
「姉ちゃん、こんなこというのなんだけど、協力してくれねえか?」
ギルクがミユウに熱い目線を送る。
「う~ん、ごめんね。あたし訳あって積極的に協力できないんだ」
自分も公国から追われている身だ。いくら姿が変わっているからといっても大事に巻き込まれるわけにはいかない。
本当は協力してあげたいという気持ちがあるのは間違いない。しかし、そんなことをすればミユウだけでなく、アストリアにまで迷惑をかけてしまう。
「そうか…。そうだよな」
「けど、君をここから逃がすための協力ならできると思う。それでいいなら…」
「まじか?それだけでいいよ、ありがとう姉ちゃん!」
目を輝かせ、感謝を伝えるギルク。
「けど、なんで見ず知らずの俺にここまでしてくれるんだ?」
「ちょっとね、君が昔のあたしに似てるからかな?だから、助けたくなったんだ」
ミユウも彼と同じ歳のころに公国に捕らえられ、10年以上も絶望的な日々を過ごす羽目になった。
この少年には自分と同じようにはなってほしくないと、ミユウは思ったのである。
ミユウは部屋に入ってきた男たちを呼び止めた。
「窓から外を見てたんだけど、さっき言ってた子供らしい子が西の方へ逃げて行きましたよ」
「本当か!よし、行くぞ!姉ちゃん、ありがとうな」
感謝の言葉を言うと、ミユウが教えた方向へ走っていく。
男たちの姿が消えるのを見送ると、部屋に向けて話しかける。
「もう行ったよ」
すると中からギルクが顔を出す。
「恩に着るぜ」
そして、ギルクは男たちが行った東の方向へ走り去っていった。
心の中で「がんばれ」とギルクの健闘を祈りながら見送る。
「これでよかったのかな?ううん、未来のある子どもを助けるのに間違いがある訳がない。あたしは誰かを助けることができたんだ。きっとこれでよかったんだよ」
自分にそう言い聞かせるように呟いたミユウは自分の部屋に戻っていった。
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