第11話 申し訳ない、しかし…

 ミユウが復活したのはお仕置き終了から3時間後の昼のことだ。




 くすぐりにより失った彼女の体力はほぼ回復したが、精神的ダメージがまだ癒えきっていない。


 信じて助けたギルクに完全に裏切られたショック、自分のせいでキシリアに大きな損失を出してしまった自責感、そして多くの人に下着姿を見られてしまった羞恥心と、彼女の心はズタボロだった。




「う~、あたしなんてことしてしまったの!もう誰の顔も見たくないよ~!」


 ミユウはベッドの上で赤く染まる自分の顔を枕で隠し、脚をバタつかせて悶えていた。


 そんな彼女のそばでアストリアが腰かけて彼女をなだめていた。


「もうそろそろ立ち直ってくださいよ」


「だって、だって~。あたしが騙されなければ、キシリアのみんなの努力が無駄になることがなかったんだよ。どれだけ謝っても許されるわけない。本当に申し訳なくて……」


「ですから、朝のお仕置きを受けてもらったではないですか。皆さんもあれで許していただけるようですよ」


「あ、朝の話はやめてー!」


 どんどん顔が赤くなるのが自分でも分かる。


 ミユウはシーツで顔を隠し、アストリアに背を向けた。


「そんなに申し訳ないと思っているのでしたら、改めて町の皆さんに謝りに行きましょう。先ほど、こちらの代表者の方々と面会できるように取り付けましたから」


「あんな恰好見られて、どんな顔で会いに行けばいいの……」


「では、このままこの部屋にいるつもりですか?そんなわけにはいかないですよね」


「う~。だってだって~」


 アストリアの言葉が至極まっとうなことはミユウ自身わかっていた。いずれは謝罪に向かわなければならないことも理解できているし、それができるだけ早い方がいいとも思ってる。


 しかし、人はそれほどうまく割りきることができない生物だ。正しいとわかっていても、いざ行動するとなると感情がそれを阻止してしまうのである。




 そんな彼女に対し、アストリアはイライラしていた。


 ミユウが目覚めてから何度も協議会に行くように促しているが、彼女は同じことを繰り返し口にして一切動こうとしない。


 日頃温厚なアストリアも今回は怒りの感情を真っ向からミユウにぶつけるまでに、自分の感情を抑えきれなくなっていた。


「も~う!ミユウさんは一体どうしたいのですか!」


「あたしは…あたしは…」


 ミユウのその返事をきくと、ついにアストリアの中の何かがプチンと切れる音が聞こえた。 


 そんな彼女の変移をミユウ自身肌で感じた。冷ややかな空気はミユウの全身に鋭く突き刺さる。




 アストリアは右手で指を鳴らし、ミユウの上にティークが召喚される。


 ティークはいつものようにミユウの手足を拘束する。不意を突かれたミユウにそれを回避する術はない。


「な、何するの!」


「さあ、あなたが今何をされたいのかお聞かせください。5つ数えるまでにお答えいただけなければ……わかりますよね?」


 燃え盛る炎が見え隠れする、感情の消えた表情でアストリアが訊ねる。


「待って!」


「5,4,3,2…」


 今までのような返事をすれば、どのような事態が起こるかは考えるまでもない。


 ミユウは自分の中の羞恥心を強引に引きはがすように、アストリアに返事を返した。


「わかりました!謝ります!みんなに謝りにいきます!」


「……最初から、そうおっしゃればよかったのですよ」


 アストリアが再び右手で指を鳴らすとティークが消える。


(助かった……)


 ミユウは心中でそうつぶやきながら、大きく呼吸を繰り返す。


「では行きますよ」


 アストリアは冷ややかな声で、ミユウに出かける準備をするように促す。


「はい……」


 ミユウは渋々荷物袋の中から取り出した服に着替え始める。






 ---






 ミユウはアストリアと共に宿を出て、キシリアの代表者たちが集まる会議場に向かっていた。


 道中、町の人たちの好奇の目線が身に刺さる。


(お願いだから、こっちを見ないで!)


 ミユウは顔を下に向け、アストリアの後ろをついていくことでいっぱいだった。




 ミユウたちが会議場に着くと、女性の事務官が入り口で出迎えて会議室に通した。


 そこには13人の男女が椅子に座っていた。彼らはキシリアの商人や宿主から選出された代表者“評議会”である。


 キシリアの商店や宿で、前年の売り上げ上位者の13軒、その主が構成員として選出され、町の運営に関する事案を協議する。




「す、す、すみませんでしたー!」


 無意識に代表者たちを目の前にしたミユウは深々と頭を下げていた。


 そんな彼女の勢いに評議会の構成員は押されてしまっていた。


「まあ、落ち着きなさい。そのままでは話ができない。さあ、頭を上げていただきたい」


 代表者の一人である年老いた男性が優しく話しかける。ミユウは促されるままに申し訳ない気持ちでゆっくり頭を上げる。


 ミユウが頭を上げるのを確認したところで、評議会会長の男性がコホンと咳ばらいをして話し始める。


「今回の件についてだが、本来なら君のやったことは許されることではない」


「はい。どんな罰も受け入れます……」


「しかし、今回のことは特別に不問にする」


「え?」


 議長の予想外の言葉に、覚悟を決めていたミユウは驚きを隠せなかった。


「話を聞けば君もあの少年に騙された被害者の一人だというではないか?」


「そ、それはそうですが…」


「それに計画書を盗まれたのは我々の管理行き届いていなかったせいだ。君だけに責任を負わせるわけにはいかないだろう」


「はあ……」


「それにまあ、なんだ」


 先ほどまで悠々と話していた議長がいきなりたどたどしくなる。


「君も今朝に十分な罰を受けたことだし、あれで今回のことは解決したということにしよう……」


「ありがとうございます。それと、あのことはもう忘れてください……」


 ミユウと評議会の構成員はそれぞれに今朝の光景を脳内で思い出していた。


 そのため、誰一人としてミユウに目を合わせることができなかった。




 気まずい雰囲気をはらうように一人の構成員が話題を変える。


「そ、そんなことよりだ。そちらのお嬢さんに感謝しなさい。君が意識を失っている間に我々だけでなく、この町すべての商店や宿を回って頭を下げていたのだからね」


「え?アストリアが……」


 その言葉を聞くと、静観していたアストリアが慌てふためき始めた。


「そ、それは言わないようにお伝えしたではないですか!」


「あ、そうだったね。すまない」


 顔を赤らめ、照れくさそうにミユウから目をそらす。


 故意がなかったとしてもキシリアに多大な損害を出したミユウには厳罰が処される予定だった。


 しかし、アストリアの懸命な謝罪を受けた町の人々の懇願により、ミユウは不問とされたのである。


「まあ、これに懲りて気を付けることだね。では、帰りなさい」


 ミユウたちは評議会の構成員に深く頭を下げて、静かに部屋を後にした。






 ---






 ミユウたちは宿舎の部屋に戻っていた。


 それぞれのベッドに向かい合うように腰かけると、しばらく沈黙が続いた。互いになんと言葉をかけるべきか分からなかったのだ。


 そんな沈黙をうち破ったのはミユウだった。


「あの、ありがとう……」


 照れくささの余り、自分が思っている以上に声が出なかった。


「仕方ありませんよ。愛しの人を、この町に置いていくわけにはいけませんので……」


「アストリア……」


 なんだかんだあったが、結局のところアストリアは自分のことを想ってくれている。


 ミユウは彼女の言葉で改めてそう確認した。そして、そんな彼女に対して迷惑をかけてしまったことに深く自責の念が深まっていく。


「この件はここまでで終了です!明日はこの町を出発しますから、準備を済ませて早く寝ましょう」


「うん。わかった」


 二人は立ち上がり、それぞれに準備を始めた。




 ミユウは旅支度を早々に済ませると、シャワーを浴び部屋着に着替え、ベッドの上で横になる。


 目を閉じながらキシリアの町であったことを頭の中で振り返っているミユウに対し、アストリアがもじもじと体をくねらせて話しかける。


「ミユウさん、2日前の約束、忘れていませんよね?」


「え?2日前に何か約束したっけ?」


「あ、ひどいです!『忘れないで』とあれほど念押したのに。まあ仕方ないですね。今回いろいろありましたから……」


「ごめん。ねえ、教えて」


「ほらその、私と、添い寝して、いただけると……」


「……あっ!」




 2日前のことである。


 通りすがりの女性の谷間をチラ見したミユウに対し、くすぐり責めが行われた。


 その時にミユウは許してもらう条件として、アストリアと添い寝する約束を取り付けていた。


 キシリアに到着してから立て続けに事件が起こったせいで、ミユウはその約束を完全に忘れていた。




「昨日は仕方ありませんでしたが、今晩はしっかりと約束を果たしてもらいますよ。えい!」


 アストリアはミユウの横に寝転がり込み、両腕両脚でミユウにがっちりとしがみ付く。


「ミユウさんの体、ミユウさんのにおい。やはり落ち着きます〜」


 アストリアは全身でミユウの感触を楽しみ、彼女の首元に鼻を当ててくんくんと嗅ぐ。 


 そんな彼女の鼻息がミユウを襲う。


「ちょ、そこは、あ、やめ、い、息が、は、離れて……」


 アストリアはミユウの声を無視して、より強く彼女を抱きしめる。


「もう逃がしません。今日のミユウさんは私の抱き枕です。いいですね?」


「そんな~」


「もし逃げようとしたら……こちょこちょこちょこちょ!」


 アストリアの細い指がミユウの右脇と左横腹をくすぐる。


 くすぐられているせいもあって、彼女の手を引きはがすことができない。


「あははは!わ、わかったから!」


「わかればよろしい」


 アストリアのくすぐりの手が止まる。


「うふふ。私、ミユウさんがくすぐり悶える姿、結構好きですよ」


 そういいながら、アストリアはミユウの頬に自分の頬を擦り付ける。


 ミユウは力の抜けた愛想笑いを返すしかできなかった。


「それでは、おやすみなさい」


 アストリアは枕もとに設置されてるランプに手を伸ばして、火を消した。




 ミユウはアストリアの寝顔を見つめる。


「前から知ってるよ。あなたがあたしのことを大切に想ってくれているということもね。今日は本当にありがとう。この恩は必ず返すから」


 アストリアの滑らかな頭を優しくなでる。彼女の寝顔が本当に天使のようにみえた。




 しかし、眠りにつこうとした1分足らずでアストリアを天使に思ったことを彼女は後悔することになる。


「ミユウひゃん、おはだしゅべしゅべ〜。おもわじゅこしょこしょしたくなりましゅ〜」


「だめ〜、へ、へそは〜」


 アストリアの細い指がミユウの上半身を襲う。


「ここはしゅごいもちもち〜。まっしゃ〜じしちゃえ〜。もみもみもみ」


「あははは、お願い、ちゅ、ちゅかまないで〜」


「にがしましぇ〜ん。こしょこしょこしょこしょ〜」


「ひ、ひにゃ~~~~!」




 その後、アストリアによる手足と寝息によるくすぐり地獄は5時間終わることはなかったのであった。

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