落とし穴と運命の再会

「その代わり、荷物と装備は置いていってね。」

 

 そう言うと、ミラが短剣を手に飛びかかってきた。俺は間一髪のところで横に飛んでそれを避ける。しかし、荷物と距離を離されてしまった。

 こいつ、実力を隠していたのか。今の俺よりもずっと強い。今だって俺を殺そうと思えば殺せていたはずだ。


「抵抗しないでね、アレス。私はシーフレベル44。シイタは戦士レベル45。アレスよりも上よ。」


 ミラの言うことが本当ならレベルが以前のままでも俺に勝ち目はない。

 

「わかった。荷物は持っていけ。」

「その剣もよ。」


 ミラが俺の右手のミスリルソード攻撃力プラス10を指差す。

 ……どうする? 荷物の中身はほとんどモンスターのドロップだ。それはまた集めればいい。しかし、剣を取られたらダンジョン探索はここでリタイアだ。いやそれよりも、丸腰になった俺を本当に見逃してくれるのか? 俺を殺さないというミラの言葉を信じられるか?

 答えはノーだな。俺はミラに向かって走る。まともにやりあって勝てる相手ではないが、今なら隙を突いて逃げることは出来るはず。シイタはまだ装備をつけていない。


「アレス、それが答えなのね。」


 ミラが短剣を構えた。俺はこれからあの短剣を剣で弾いて隙を作って、ミラの横を通り抜けるのだ。やるしかない。

 だが、俺の後ろから来た衝撃が俺を押し飛ばす。


「ぐぁっ!」

「アレスさん、大人しくしてください!」


 裸のシイタが俺に体当たりをしたのだった。ちくしょう、シイタはその姿で戦うのかよ……。

 だが、シイタのおかげで俺はミラの後ろに飛ばされている。体中が痛いが返って逃げやすくなった。俺は全力で走った。


「ああっ! シイタのバカ! あいつ逃げるつもりだったのか!」

「あ、ごめんなさい、ミラ……。」

「追うわよ!」

「こ、この格好で!?」

「そうよ!」



 転送ゲートは荷物の中だ。俺の逃げ場はどこにある? 俺は必死で思考を巡らせた。地下三階のマップ。ボスモンスターはもっと先だ。地下二階に上がる階段はこっちの方向じゃない。

 こっちの方向……何かあったか?

 不幸にも俺の向かった先は行き止まりだった。


「追いついたわ、アレス。万事休すね。」

「アレスさん……、剣を渡してくれれば大丈夫です。」

「もういいって、シイタ。こいつも殺そう。」

「え、でも……。」


 シイタは体を隠しながら立っている。

 その横に短剣を構えたミラが立つ。


「わかった、ミラ。観念する。ひと思いにやってくれ。」


 俺は剣を足下に置いて両手を上げた。


「うん? 何だか急に諦めがいいわね?」


 ……気付かれたか?

 あと数歩、ミラが俺に近づいてくれれば……。


「剣はここにある。俺を殺すなら殺せ。」

「……そうだ。思い出した。ここ、落とし穴のある部屋ね?」

「落とし穴? なんのことだ……?」


 やはりミラもマップを見ていたから知っていたか。くそっ、俺に近づいたミラを落としてやる作戦だったが……。


「演技が下手ね。そんなのに引っかかるわけないでしょ。アレス、あなたがこっちに来なさい。」

「……。」


 俺はおとなしく剣を拾って落とし穴を避けてミラの方に歩いていった。

 ダメか、俺はここで殺されるのか。俺はミスリルソード攻撃力プラス10をミラに渡した。


「最初からそうしていれば良かったのに。殺さないって言ったでしょ。」

「ミラ……。」


 俺から剣を受け取ったミラが俺を見てあざ笑う。

 

「まあ、殺すんだけど。」


 ミラが無抵抗の俺の胸を押した。俺はバランスを崩して数歩後ろに下がった。急に足下が崩れる。落とし穴だ。


「落ちろ、アレス! あはは!!」


 俺の体が浮く感覚があって、落とし穴の淵に立つミラとシイタが急速に遠ざかる。俺は真っ逆さまに落とし穴に落ちていった。

 

「あああああ!」


 想像以上に長い落下だった。俺はこれで死ぬ。こんな誰にも知られないところで。


     ◇


「アレスさん、気がつきましたか?」


 俺は柔らかいものの上に頭を乗せていた。ここはどこだ? 天国か?


「アレスさん。」


 なんだか懐かしい声だ。まるで女神のような……。


「シエル……。」

「はい。お会いしたかったです。」


 俺は気付くとシエルのふとももに頭を乗せられていた。俺の目の前はシエルの大きな乳房で覆われていてシエルの顔は見えないが、その声は紛れもなくシエルの声だった。


「俺は……?」

「落とし穴に落ちたんです。」

「ここは……?」

「ここはBランク裏ダンジョンです。」

「裏ダンジョン……?」


 裏ダンジョンだと? そんなものが?

 俺は頭を上げた。シエルの柔らかい胸が俺の顔に触れる。そして何ヶ月かぶりに俺はシエルの顔を見た。


「シエル。」

「アレスさん!」

「シエルが回復してくれたのか。」

「はい!」

「そうか、すまない。」

「いいえ、当然です。私はアレスさんの婚約者ですから。」

「そ、そうか……。」

「本当はすぐにでも勇者様のパーティを抜けてアレスさんのところに行きたかった。でも、勇者様に引き止められてしまい断れず……。ごめんなさい。でもアレスさんならわかってくれると思って。」

「ああ、そうだな……。」

「これ、アレスさんとの絆だと思って肌身離さず持っていました。アレスさんのことを忘れた日は一度もありません!」


 シエルは縄を取り出して俺に見せた。それはプレイでシエルを縛る時に使っていた……。


「……俺もだよ、シエル。」

「アレスさん!!」

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