赤髪の女戦士と銀髪のシーフ

 俺がBランクダンジョンに潜って一週間が経った。

 感覚的に俺の今のレベルは35……。まだ地下三階までしか下りていない。もっと下の階まで下りられれば経験値のおいしいモンスターがいるのだが、各階ボスモンスターのソロ討伐がキツすぎる。全然ダメだ。



 俺は愛剣のミスリルソード攻撃力プラス10を武装ゴブリンの腹に突き刺した。武装ゴブリンは悲鳴を上げる間もなくドロップアイテムを残して消える。

 ドロップはハイポーションか。今は手持ちが不足しているからありがたい。

 ダンジョンではアイテムや魔法で体力を回復すれば食事を取らなくても問題無い。衛生面の問題も状態異常の一種として解決される。

 モンスターを倒し続ければダンジョンにはいくらでも潜っていられる。だが、独りでいつづけるのは精神的に辛いものがある。俺は自分の存在を他の冒険者に知られないように、人の気配を避けて行動していた。

 

「三日で戻ると言って出てきたのにもう一週間か。モカたちは心配しているだろうか? ふっ……。さすがに愛想を尽かしてるかもしれんな。」


 自然とひとり言が多くなる。

 馬鹿なことをしているのはわかっていた。

 ……戻って、正直に言うか? レベルが下がったと? いや、せめてあとひとつレベルが上がってから……。

 そんなことを考えるのは、もう何回目かわからなかった。


     ◇


「きゃー!」

「おい、いいだろ!?」


 ダンジョンの前方から、男と女が言い争う声。

 ちっ。誰にも会いたくなかったが……。俺は物陰から様子を覗う。

 女二人と男三人。女二人は装備から判断して赤い髪の戦士と銀髪のシーフ。見たことがない顔だ。Bランク冒険者ならだいたいわかるはずだが……。対して、男三人はよく見る顔だった。CランクとBランクを行ったり来たりしているパーティで、Bランクでも地下の上層までしか入れない奴らだ。

 どうやら男三人と女二人で即席のパーティを組んだが、ここに来て男たちが女たちを襲おうとしているようだ。三対二。

 はぁ……面倒ごとを起こしやがって。俺も追放された身とはいえ元勇者パーティの一員だった。もちろん見逃すという選択肢はない。

 俺は揉めている奴らの前に姿を現すと女二人の側に立った。


「お前ら、何をやってるんだ? 嫌がっているだろ!」

「げぇ!? 勇者一行のアレス!?」


 男たちは当然俺の顔を知っている。俺はことある毎に自分のレベルを吹聴しているので、俺がレベル42だったことも知っているだろう。

 

「どうする?」

「こいつ、確か戦士レベル……45だっけ?」

「勝てねえ。」

「くそっ、退散だ。憶えてろよ!」


 ふぅ……。アホどもが俺のレベルを間違えて憶えていたおかげで戦闘にならず助かったな。実際の俺の今のレベルは35だから、三人でかかってこられたら勝てなかっただろう。

 男たちが転送ゲートでダンジョンから脱出したのを見届けると、俺は女二人に向かって聞く。


「大丈夫だったか?」

「え? あの……。」

「ふんっ!」


 背の高い赤髪の女戦士が、銀髪のシーフの後ろに隠れる。シーフの方は怒りで興奮さめやらぬという感じだ。

 この二人、やはり見覚えがない。


「俺はアレス。戦士レベル42だ。あいつらは間違えて憶えていたようだが……。」


 まあ、元レベル42だがな。

 赤髪の戦士がオドオドと口を開く。


「あ、あの私はシイタ。戦士で、レベルは——」

「シイタ!」

「あ、ごめんなさい、ミラ。レベルは……言えません。」

「そうか。」


 まあ、初対面の相手に言う必要はないし、言わせたところで本当かどうか確かめる術は無いから俺もそれ以上追求しない。

 シイタと名乗った女戦士に口止めしたもう一人の銀髪のシーフは、ずっと無愛想なままだ。


「ミラ。助けてもらったんだし、名前くらいは名乗っても……。」

「もうシイタが言ってるからバレてるし。……私はミラ。シーフよ。」


 二人とも装備はしっかりしているし、間違いなくBランク冒険者だろう。しかし……。


「ミラとシイタ。見たことも聞いたこともない名だな。」

「あ、それなら私たち、グレラムの冒険者なんです。」

「グレラム……。隣国のグレラムか。」

「そ。せっかくアリアベリーズまで足を延ばしたのに散々ね。」


 それで俺は見覚えがなかったのか。おそらく二人は俺のことも知らないだろうな。

 

「地上まで戻れるか?」

「はい。たぶん大丈夫です。ね、ミラ?」

「……。」


 友好的な態度のシイタに対して、先ほどからミラは俺を睨んでいる。あんな揉め事の直後だ、俺を警戒するのも当然か。


「俺は理由あってソロでやっている。お前たちが地上に戻るなら、俺はここでさよならだ。いいか?」

「いいえ。」

「ん?」

「アレスだっけ? 今ソロなら私たちと一緒にパーティ組んでよ。」


 唐突なミラからの提案に俺は困惑した。

 

「いや、俺は……。」

「下の階に下りるまででいいから。」


 確かに地下三階のボスモンスターにパーティで挑めるならその方が楽だ。悪い申し出では無いが……。


「ほら、シイタも。」

「あ、うん。アレスさん。私からもお願いします。」


 まあ、いいか。俺にソロ攻略は向いていない。限界だった。一週間ぶりの人との会話がこんなにも嬉しいなんて。


「わかった。下の階に下りるまでだな。」

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