すべてを失って

転げ落ちた戦士と付与の真実

 目を覚ますと俺はどこかのベッドに寝かされていた。

 ここは見覚えがある……。ここは冒険者ギルドの医務室だ。

 そうだ、俺はゴールドゴーレムの渾身の一撃で殴り飛ばされて意識を失ったのだ。俺は助かったのか……。


「お兄ちゃん!? 目を覚ました!!」

「アレスさん!」

「先輩!」

「アレス様、良かった!」


 モカ、アミ、マリアンヌ、クレア……。四人がいっせいに俺に抱きついた。


「お前ら……、すまなかった。」

「ううん。お兄ちゃんが無事で良かった……。」

「……俺はどうして助かったんだ?」


 ダンジョン深部であの重傷は命を落としてもおかしくなかったはずだ。

 

「アミとクレアさんが応急処置をして……なんとか冒険者ギルドまで運び込んだら、受付のカテリナさんがエリクサーを使ってくれたの。」

「ああ……。」


 エリクサーは万病に効き、どんな怪我もたちどころに回復する。Aランクダンジョンの秘宝だが、元Aランク冒険者のカテリナさんなら持っているだろう。カテリナさんには返しきれないほどの借りが出来てしまったな。

 アミはまだ俺の手を握りながら泣いている。俺はアミの丸い頭を撫でた。


「先輩ー、もしかして落ち込んでるのー?」


 マリアンヌがいつものように俺をからかうような口をきくが、その目元は赤く腫れている。

 モカもクレアも安堵と疲労が混じり合った表情をしていた。俺はどれくらい意識を失っていたのか。みんなには相当な心配をかけてしまったようだ。


「心配かけたな……。俺がふがいなかった……。でも俺はもう大丈夫だから、みんなゆっくり休んでくれ。」

「……うん。」


 四人は静かに頷くと部屋を出て行く。アミだけは俺から離れようとしなかったが、モカが説得した。

 

「お兄ちゃん……、Cランク再挑戦しようね。今度はお兄ちゃんには負担かけないようにするから。」

「モカ……。」

「ま、先輩はいつものようにしててよ!」

「……ぐすん。アレスさん……また明日すぐに会いに来ますから。」

「アレス様。ゆっくり休養なさってください。回復されて、本当に良かったです。」


 四人の優しさがぐさりと俺の胸に突き刺さる。


「ああ、ありがとう……。」


 裏腹に、俺のプライドはズタズタだった。


     ◇


 なぜ戦士レベル42の俺が、Cランクダンジョンのボスモンスターごときに一撃で沈められなければならない?

 Cランクダンジョンのボスの推奨レベルは32。ありえない。

 ……いや、違和感はあった。なぜか俺の戦士スキルが発動しなかった。どこかで気付かないうちにスキル封印の呪いを受けていたのだろうか? いやいや、Cランクダンジョンにそんなスキルを使うモンスターはいない。

 ならば、考えられることはひとつしかない……。

 俺は、いてもたってもいられず、医務室を出て冒険者ギルドのレベル測定受付へと向かう。

 受付にはカテリナさんがいた。


「カテリナさん。」

「アレスさん、気がついたんですね。よかったです。」

「いえ、ありがとうございます。エリクサーを使っていただいて。」

「まあまあ、困った時はお互い様ですよ。……それにまだアレスさんの味見をしていませんので。」

「え?」

「あー、こっちの話です。それで、そんなに慌ててどうしたんですか?」

「実は……。」


 カテリナさんにレベル測定を頼むか? カテリナさんはシエルのレベルに疑いを持っていたが……。いや、迷ってはいられない。


「俺のレベル測定をお願いしたくて。」

「レベルですか? そうですね、アレスさんは最近やっていなかったですからね……。」


 案の定、カテリナさんは何かに感づいたようだ。


「わかりました。やってみましょう。」


 すぐにカテリナさんは俺をレベル測定室に案内してくれた。


     ◇

 

 レベル測定は何も難しいことはない。測定室にある水晶に手を掲げるだけだ。


「出ました。……戦士レベル……31? これはいったい?」

「31!?」


 やはりそうか。俺の戦士のレベルが下がっていたのだ。だから戦士レベル40のスキルも発動せず、Cランクのボスに致命傷を負わされた。

 なぜ気付かなかったのだろう!? 俺は馬鹿だ!


「おかしいですね……。確かにアレスさんは以前、戦士レベル42だったはず。レベルが下がるなんてことが……。」


 レベルが下がるなんてことがあったのだ。俺の付与師のスキルで俺はモカたちに経験値かレベルを付与していた。その源泉は、愛なんかじゃない。俺の持っていた経験値とレベル。俺は自分の経験値とレベルをモカたちに分け与えていたのだ。

 カテリナさんが俺に聞く。


「もしかして、以前にお話ししたアレスさんとシエルさんのレベルの乖離に関係がありますか?」

「……はい。」


 そう考えるとシエルの時もそうだった。シエルだけがレベルが上がり、俺は伸び悩んだ。俺が得た経験値がシエルに付与されていたからだ。

 気付けるタイミングは何度もあったはずだ。あの時カテリナさんも『俺とシエルのレベル』と言っていたのに。

 俺自身の経験値かレベルを愛した相手に付与するスキル……。相手のレベルは上がるが、俺のレベルは上がらないどころか、下手したら下がってしまう。

 っていうか、こんなことモカたちに言えるか? モカたちとやりまくったせいで俺が死にかけただって?

 言えるわけがない。あいつらは絶対に責任を感じるだろう。だが、あいつらが悪いわけじゃない。俺だけが悪いのだ。



 そうとなればやるしかない。


「カテリナさん。俺は必ず戻ってきます。モカたちにも伝えておいてください。」


 レベル上げをやり直す。元のレベル42まで一週間……いや三日だ! 三日で到達してやる! 三日でレベルもプライドも取り戻す!


「三日で戻ります!!」

「えっ? アレスさん、ちょっと!? どこに!?」


 俺はカテリナさんにも行き先も告げず、冒険者ギルドを飛び出した。

 目指すはBランクダンジョン!

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