俺たちの戦いはこれからだ
ギルドマスターと受付嬢
千客万来とはこのことか。最近の俺は、ふいに声をかけられることが多い気がする。
「アレス君、ちょっといいかね。」
冒険者ギルドに張り出されたクエストを眺めている俺に呼びかける声があった。白髪交じりの髭をたくわえる男性。ニコニコと笑顔を浮かべているが、その目の奥の光りは衰えることを知らず鋭い。
「ギルドマスター……。」
「やあ、元気だったかい?」
Aランクダンジョンの探索に出ていると聞いていたが戻っていたのか。
ギルドマスターは笑顔を崩さず、しかし決して俺から視線を外さない。あれ? 俺なんかやっちゃいました?
「クレア王女の件、すまなかったね。アレス君。」
「あ……、ああ……。特別クエストの。」
「普通ならのらりくらりとかわすような案件なのだがな。運悪く私が不在だったものだから。」
「いえ。クレアはパーティにも馴染んでますし、問題はないですよ。」
「そうか。……なあに、君が了承してくれるならそれに越したことはない。王女も喜んでいただろう?」
「まあ、そうですね……。本当はエミリアのパーティの方が良かったんでしょうけど。」
「んー?」
俺の返答を聞いたギルドマスターが片眉を上げ、顎の髭をさわった。
「どうしました?」
「いや、……そういえばエミリア君たちだが、Bランクダンジョン攻略に苦戦しているようだ。」
「エミリアが?」
「ああ。何度か引き返してはまたすぐに出発を繰り返しているらしい。」
「なんで……? まさか、まだ俺の後任を見つけていないのか?」
あの勇者エミリアが苦戦だなんて、俺には信じられなかった。俺の前に絶対的な強者として君臨していた勇者が。
「やはり勇者といえど、まだ彼女は若い。強い仲間のサポートは必要だ。しかし、勇者のスキルのことを考えればエミリア君が慎重になるのもわからないでもない。……もちろん冒険者ギルドとしても全力で勇者の支援をするつもりでいるがね。」
「ギルドマスター。もしも俺に出来ることがあるなら……俺も。」
「ふむ……そうだな。」
ギルドマスターはまた顎の髭に手をやると、斜め上の天井に目をやりながら何やら考えている様子だった。
「……先月、Bランクダンジョンのマップが変更になったようだ。しかし、最近はCランクダンジョンのクエストばかりで、Bランクに潜っているパーティは数えるほどだ。そのため、どうしても最新のダンジョンマップでは埋まっていない箇所が多い。」
ダンジョンは一定周期ごとにその姿を変える。だから、この国では冒険者ギルドが定期的に自ら探索を行ってマップを整備したり、冒険者からマップを買い取ったりして、絶えず情報をアップデートしているのだ。
「それでは……。」
「ああ。Bランクダンジョンのマップの完成を優先しよう。ギルド職員たちを集め、マップ作成のため探索に入る。そうすればエミリア君たちの助けになるはずだ。アレス君も一緒にどうかね?」
「俺がBランクダンジョンに?」
願ってもないことだ。二度と足を踏み入れることはないと思っていた。それに間接的にでも俺がエミリアの役に立てるのなら……。
「ぜひ、同行させてください。」
「よし。さっそく準備をするとしよう。」
◇
「そういうわけだから、しばらく留守にするぞ。」
「ええ!?」
俺はモカたちに、Bランクダンジョンに行くことを告げた。
それに対してモカもアミもマリアンヌも、何故かクレアまでもが俺を批難するような声を上げたのだった。
「……悔しいが俺一人のレベルでは下層には下りられない。上位ランク者についていってマップ作成の手伝いをするだけだ。すぐ帰ってくる。」
「でも、お兄ちゃん。その間、私たちだけでCランクダンジョンに入れっていうの?」
「そうだ。俺は今のお前たちなら、無茶をしなければ俺がいなくても充分冒険者をやっていけると思っている。」
「えー、先輩、それはどうかなぁ?」
「そうです! まだ私たちにはアレスさんが必要です!」
モカたち三人が俺の腕を掴んで放そうとしない。慕ってくれるのは嬉しいが、少しは独り立ちする素振りも見せてほしいものだが。甘やかし過ぎたか?
「私も、その、アレス様がいないなら意味がないっていうか……、いや、まだ何も教えてもらってないし。」
クレアまで俺の手を取ろうとするので、さすがにそれは制止した。
「帰ってくると言ってるだろ。これはエミリアのためだが俺のためでもある。わかってくれ。」
「むー。」
モカたち三人とクレアは渋々といった感じで了承した。お前たちなら大丈夫だと信じているんだぞ。不安にさせないでくれ。
「じゃあ、行ってくるからな。」
「……はーい。」
少し離れてから振り向くと、モカたちとクレアは円になって何か話を始めているようだった。そうそう。仲良くやっていてくれよ。
◇
Bランクダンジョン入り口。その両サイドには不思議な像が建っていて、入ろうとする者を拒むかのようだ。
懐かしいこの緊張感。
「アレス君、早いな。」
「ギルドマスター。それに……。」
大剣を背負い少し遅れてやってきたギルドマスターの横にいたのは、いつも冒険者ギルドで受付嬢をやってくれているカテリナさんだった。
「アレスさん、今日はよろしくお願いします。」
カテリナさんはいつもの冒険者ギルドの制服ではなく、二刀流を携えた完全な攻撃職の装備を身に纏っている。
噂では聞いていた。かつてBランクダンジョンをソロで踏破し、Aランク攻略も目前とまで言われながら突如引退したバーサーカー。
「こら、アレス君。いくらカテリナ君が美しいからといって、見とれていると失礼だぞ。」
「あ、すみません!」
「ふふふ。いくらでも見てくださいな。この装備も久しぶりだから。」
カテリナさんがいつもの受付の調子で微笑む。だが、レベル差を肌で感じた今では威圧感しか感じなかった。なんて人と今まで普通に接していたのだろうか。
ははは。この二人の前では俺なんか赤子も同然だろうな……。
「さあ、参ろうか。」
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