推しの戦士と泥酔王女

「……了解した。アレス殿。」


 クレアの元気が戻らないのが気にかかったが、その後の連携はうまくいっているように見えたので先に進んだ。



「今日はここまでにしよう。これなら明日から地下四階まで行けるな。」

「はーい。」


 三人とも、いまいち緊張感が感じられないな。クレアがいるとはいえ、自分たちのレベルよりも高い階層に下りるんだぞ? まあ、あまり何度も怒っても意味がないし、動きは良くなっているから今日のところはこれでいいか。

 俺は三人とは少し離れて立っているクレアの方を向いた。一応クレアにもフォローを入れておくか。


「クレア。俺もパーティメンバーの入れ替わりを経験している。最初はうまく出来なくても、そのうち呼吸が揃うようになる。あまり気にするな。」

「アレス殿……。すまない。気を遣わせてしまったな。」

「いや、いいんだ。クレアには期待している。クレアくらい強ければ俺の背中も安心して任せられる。クエストの間だけじゃなくて、本当にパーティに入ってほしいくらいだ。」

「ほ、ほんとに?」

「ああ、本当だ。」

「私、頑張ります! アレス様に背中を預けてもらえるように!」

「ん?」

「あ、いや、アレス殿の。」

「ああ。」


 聞き間違いか? 今、クレアにアレス様と言われたような気がしたが……。

 しかし、何が良かったのか、クレアは機嫌良く帰っていった。



「……ねえ、お兄ちゃん。クレアさんと仲良くなるために私たち遠ざけようとしてるんじゃないよね? 部屋に来るなっていうのはさぁ……。」

「はぁ? まだ言ってるのかよ……。って、痛て! なんだよ、モカ。」


 モカが俺の脇をグーで殴ってくる。


「……。」


 アミも無言で俺の腕をつねる。


「ええっと私は……。えいっ!」


 マリアンヌは俺の足を蹴った。


「痛っつ! おい、お前ら! 俺が何したっていうんだよ? クレアは王女なんだぞ。そんな関係になるわけないだろ!」

「……でも。」

「クレアさんに言い寄られたら、絶対にアレスさん拒まないですよね?」

「あー、先輩ってそういうとこあるよね……。」


 三人が俺をじっと見つめる。なんでそんなに信用無いんだよ。そんなことになるわけないだろ。そりゃクレアは男なら一度は抱いてみたいような良い女だが、王女だぞ。俺みたいな一介の冒険者を相手にするわけがない。


「ははは、絶対にそんなことないから心配するな!」


 俺は笑い飛ばすつもりでそう言ったが、まったく説得力はないようだった。


     ◇


「今度、アレス殿を食事に誘ってもいいだろうか?」

「は?」

 

 何度目かのダンジョン探索の後、クレアは三人に聞こえないように俺にだけこっそりとそう聞いた。


「食事だったら、別にみんなで酒場でも……。」

「いや、アレス殿に聞いてほしいことがある。」

「……何だ?」


 他の三人には聞かれてはまずい話なのか? もしや、クレアの真の目的に関わることなのだろうか?

 相変わらず俺に対する王宮の監視は続いていた。まさか、王家に関すること……? それならばモカたちには荷が重いだろう。


「わかった。今日、解散した振りをして、町外れの酒場で落ち合おう。」

「ありがとう。アレス殿。」

 


 数時間後、酒場で浴びるように酒を飲み、すっかり泥酔したクレアは言った。


「私、勇者パーティに憧れて、王宮を飛び出して来たんです! そしたら勇者エミリアはダンジョンに潜って不在だって言うし、アレス様は追放されているし!」


 全然クレアのキャラが違う……。いや、これが素のクレアなのかもしれない……。

 しかし、本来なら勇者パーティに入りたかったということなら、エミリアが戻ってきたら、クレアにはエミリアのパーティに移るという選択もあるのか?


「アレス様と一緒に戦いたくって、騎士のジョブも取って、お母様を説得してやっと冒険者になってぇ……。」

 

 それにしてもこいつ、さっきから俺のこと間違いなくアレス様って呼んでるよな……。


「でも、アレス様のパーティに入れてよかったです。第一目標は達成です!」


 舌をペコリと出しておどけて見せるクレア。

 第一目標?

 

「そうか、よかったな。」

「私、勇者パーティの中でもアレス様推しなんです!」

「推し?」

「アレス様の剣を間近で見れて、声が聞けて、ああ冒険者になって良かったって。」

「おう……。」


 クレアが俺に向かって手を突き出す。


「手を握ってください!」

「えぇ?」


 俺はそっとクレアの手を握った。


「きゃああ、死んでもいいです!」

「お、おい。」


 クレアが大きくリアクションしたためにジョッキが倒れてビールがテーブルにぶちまけられる。

 

「良かったです、本当に。アレス様、想像したとおりカッコよくて、紳士で……。」

「ははは……。」


 紳士かどうかは知らんが。



 そのうちクレアは騒ぎ疲れたのかその場で寝てしまった。


「おい、クレア、起きろ。」


 ダメか。

 

「おーい、クレアの護衛の人!」


 俺は周囲に声をかけた。すると、さっと気配も感じさせずスーツを着た初老の男とメイド服の女が現れた。こいつらだ、俺の監視をしていたのも。かなり出来る。男の方は俺よりも数段強いだろう。


「気付いていらっしゃいましたか。」

「そりゃそうだろ。あんだけ俺に警戒の意識を向けていたら。」

「さすがは先代勇者の甥御様ということですか。」

「よく調べてんのな。それより、クレアを部屋まで運んでやってくれ。」

「いいのですか?」

「何が?」

「クレア様をあなたの部屋に連れて帰れば、むしろ喜びますよ。」

「バカ言うな。」

「ふっ。良い心がけです。クレア様を酔わせて寝込みを襲うような男だったらここで斬り捨てるところでした。」

「おいおい……。」


 初老の男とメイドはクレアを抱えると、また気配をかき消すようにいなくなった。

 はぁ……疲れたわ。



 翌日。


「すまない、アレス殿。昨日の記憶がないのだが、何かアレス殿にセバスとリリーが無礼を働いたのではないかと……。」

「いや、何もなかったぞ。」


 あの二人はセバスとリリーと言うらしい。


「よかった。まさかずっと私についていたなんて……。もう、二人は王都に帰らせたから大丈夫だ。」


 ふむ。確かにもうあの気配を感じることはなくなっていた。それでも本当に帰ったのかどうかはしばらく様子を見るが。

 

「なあ、クレア。もしもだが、無理して騎士のキャラを作ってるなら、我慢しなくてもいいぞ? アレス様でもなんでも。」

「え? 私、アレス様って言ってました?」

「ああ。昨日さんざん聞いたよ……。」

「で、でも、大丈夫! せっかく騎士になったのだから、騎士としてカッコつけたいので!」

「そうかよ……。」



 それからもクレアの騎士キャラは相変わらずだったが、たまに素のキャラも出ているようだ。


「アレス様〜! こっち見てくださーい!」


 パペットを真っ二つにし、笑顔で俺に手を振るクレア。

 クレアのその距離感の詰め方に、モカには「やったの!?」と完全に誤解されたが女神に誓ってやってない。

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