虹色ガエルとレッドドラゴン

 Dランクダンジョン地下八階。

 マリアンヌの剣が虹色ガエルの腹を切り裂く。虹色ガエルは、ゲェと鳴きながら息絶え、その亡骸は何も残さずダンジョンに溶けるように消えた。


「ああ、またダメだ! ドロップしないよ!」


 思わず叫ぶマリアンヌ。

 がっくりと肩を落とすモカとアミ。

 俺たちが虹色ガエルのレアドロップ『虹の宝玉』を目標に定めてから、既に十日が経っていた。『虹の宝玉』のドロップ率は5パーセント。しかし、虹色ガエルと遭遇する頻度は日に二、三度だった。虹色ガエルを探し出すだけでも大変なのだ。


「5パーセントってことは、二十匹倒せばドロップするってことじゃないの!? もう二十匹以上は倒してると思うけど!」

「いや、ドロップ率というのはそう単純じゃない。毎回5パーセントの抽選をしているんだ。何回目かは関係ない。」

「……当たる気がしない。」

「ごめんね、マリアンヌ。私が取りたいって言ったから……。」

「いや、私もモカの案に乗ったんだ。あのバカ男に負けたくない気持ちはよくわかったし。」

「そうだよ、モカちゃん。私たちで決めたことだよ。」


 そう口では言っている三人だが、肉体的疲労よりも精神的な疲労を感じているのは見て取れる。しかし、『虹の宝玉』がこれほどまで出ないとはな。俺の見通しも甘かったようだ。今回はクエストではない。達成できなくてもペナルティは無いが……。今後もこいつらが冒険者としてやっていくならば、一度決めた目標は達成させたい。

 虹色ガエル以外のモンスターもなるべく倒すようにしていたため、奇しくも地下八階でレベル上げをしたようになってしまった結果、モカが魔法使いレベル17、マリアンヌが剣士レベル18、アミもアイテム士レベル18になっていた。

 このレベルなら、もうダンジョンボスに挑んでもいいくらいなんだがな……。そうだ。


「少し気分転換に、地下九階に下りてみるか?」

「九階!? なに言い出すの、お兄ちゃん?」

「九階って、ダンジョンボスのいる階ですよね?」

「ボスに挑むってこと!?」


 三人は驚いて俺に詰め寄った。まあ、そういう反応になるか。


「いや、そうじゃない。ダンジョンボスはこちらが戦う意思を示さなければ、あちらから襲ってくることはない。プライドが高い奴らばかりだ。Eランクでもそうだっただろ?」

「あれ、そうだっけ?」

「あの時は緊張してて、そんな観察してる余裕は無かったです。」

「じゃあ、今日は戦わないってこと?」

「ああ。」

「なんだぁ。もう、お兄ちゃん、ビックリさせないでよ。」


 俺たちは地下九階への階段を目指した。

 Dランクダンジョンのボスはレッドドラゴン。一人前の冒険者を目指す者が初めて遭遇するドラゴン系モンスターだ。俺も初めて見た時は心が躍った。こいつらだって一目見るだけでもきっとモチベーションアップに繋がるはずだ。ふふっ。


「……先輩、なんかニヤニヤしてなかった?」

「してたね……。お兄ちゃん、大丈夫かなぁ。」

「アレスさん、足速いです! 待ってください!」


 初めてドラゴンを見たこいつらはどんな顔をするだろうか? 楽しみだ。ドラゴンはカッコいいぞ。


     ◇


「ちょっと待て。」

 

 俺は違和感を覚えて足を止めた。

 なんだこの空気は。

 まだ九階に下りる階段まで距離がある。

 この先にあるのは、八階で一番広い地下空間だが……。

 モンスターの雄叫びが地面を震わせる。

 そっと物陰から先を覗いたマリアンヌが呟いた。


「何あれ……。ドラゴン?」


 ドラゴンだと? 九階ボスのレッドドラゴンか?

 そこにいたのは金色の鱗に覆われたドラゴン系モンスター。レッドドラゴンじゃない。グランドドラゴンだ。なぜだ? Dランクダンジョンのこの階層にいるはずがない。


「まさか、あれは……レイドボスか?」

「見て! 誰か戦ってる!」


 まずいな。見たところ参加しているパーティは一組だ。レイドボスが出現した時、冒険者が取るべき正解の行動は冒険者ギルドへの報告だ。冒険者ギルドはクエストを発行し、討伐者を募る。そして通常はひとつ上のランクの冒険者たちが参加して条件が揃うまで待つ。Bランクダンジョンでレイドボスが発生した時は、Aランク冒険者のパーティの参加、またはSランク冒険者一人の参加が条件で、条件が整うまで半年かかったことがある。

 いきなりレイドボスに挑むのは無謀な奴のやることだ。


「あ! 戦ってるのはディアンだ!」

「ちっ。」


 Dランクだけで勝てる相手ではない。

 どうする? 助けに入るか?

 Dランクダンジョンのレイドボス、グランドドラゴン。Bランクの俺で勝率は五分五分といったところだ。他のパーティの参加は見込めない。分の悪い賭けになる。モカたちを危険な目に会わせるわけにはいかない。


「お兄ちゃん……。」


 モカたちが不安そうな顔で俺の決断を待つ。だが、俺たちがここで見捨てて引き返せばディアンは死ぬだろう。そうなったらモカたちは、あいつの死を引きずるかもしれない。あの男のためにモカたちにそんな業を背負わせるのか?

 俺は……戦士レベル42だ。モカたちのレベルも上がっている。怯むな、俺よ。モカたちの力を信じろ。勝てない相手ではないはずだ。


「あっ!」


 グランドドラゴンの爪がディアンの仲間の戦士を弾き飛ばした。男は立ち上がれないほどの傷を負っている。


「アミ! あの男にハイポーションを投げろ!」

「アレスさん!」

「お前ら、気合い入れろ。俺たちも参戦するぞ!」

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