酒と付与師のスキルと男と女
「そのまさかだ。私は今、確信したよ。君は関係を持った女性に、経験値かレベルを付与するスキルを持っているんだ。」
そんなバカな。しかし、俺には思い当たる節がいくつかあった。
俺と付き合い出してから急激にレベルが上がりだしたシエルとアミ。知らないうちに経験値を獲得していた付与師のジョブ。
それより何より、ユーリ様が冗談を言うはずがない。ユーリ様は笑みを浮かべて俺に言う。
「アレス君。私は君のスキルに『愛の付与』と名付けようと思う。」
「愛の……付与。」
「ああ。おそらく君が彼女たちへ向けた愛が、経験値に変換されて付与される仕組みだ。」
確かに俺はシエルを愛していた。結婚を約束するほどには。
そしてアミのことも。
「アレス君。私たちはこれからBランクダンジョンに本格的に潜ることになる。おそらく踏破できるまで戻らないだろう。」
「ユーリ様。」
「その前に伝えておきたかったんだ。これは私のせめてもの罪滅ぼしさ。」
「……ありがとうございます。」
もしもユーリ様が教えてくれなかったら、俺は付与師の修行を無駄に続けていただろう。そして、俺が何も知らずにアミとの交際を続けていたとしたら、アミのレベルだけが極端に上がり続けるところだったのだ。
「おそらく君のスキルがあれば勇者のレベル上げはもっと楽になるかもしれない。だが、こればっかりは男女のことだから。今さら戻ってきて勇者殿と交際してくれなどと私は言えない。」
「それは、そうでしょうね……。」
俺は今までエミリアをそういう対象に見たことは一度もない。エミリアは俺の憧れで幼なじみで、一番近く、一番遠い存在だ。それにエミリアの気持ちだってある。
「なに、勇者殿は強い。君がいなくても大丈夫だ。それは君が一番よくわかっているだろう?」
「……はい。わかっています。」
俺がもしかしたら再びエミリアの役に立てるかもしれない。その可能性に心が揺れないわけでもなかったが、あまりにも現実的ではない。
それに、今の俺にはモカたちを見捨てることなんてできやしなかった。
「またどこかで会おう。」
ユーリ様はそう言い残して去っていった。
◇
「ビール追加!」
マリアンヌが何杯目かのビールを注文する。
今日の飲み会は、受注していた全てのクエストを消化した祝いという名目だった。
今日もなぜか俺の奢りという話にされてしまっている。
「さ、先輩も飲んでください!」
「いや、俺はやめておくよ。」
「あれ、私に負けるのが恐いんですか? 先輩?」
「何言ってるんだお前。」
マリアンヌのやつ、あの夜のことを忘れたのか? いや忘れるという話だったか……。でも本当に忘れるやつがあるかよ。反省が足りないだろ。
「ちょっと、ほどほどにしなよ。マリアンヌ。」
モカがマリアンヌをたしなめるように言う。
アミはその横でちびちびとビールを飲んでいる。
アミがちらりと俺を見た。アミは俺と目が合うと笑みを浮かべて頬を赤らめた。きっと今日の夜も部屋に呼ばれると思っているのだ。
しかし俺は苦悩していた。俺がアミを抱くたびに、愛の付与スキルによってアミのレベルが上がっていく。それではモカのパーティのレベルのバランスが崩れてしまうし、何より不自然だ。
「はぁ……。」
「あー。何、ため息ついてんの? 先輩。ここはやっぱり飲まないとダメでしょ。」
マリアンヌが俺の前にビールのジョッキを並べた。なんでこいつ、俺に飲ませようとしてくんの?
まあいいか、飲まないとやってられない気分なのは確かだ。少しくらい飲んでもいいだろ。
「あ、お兄ちゃん?」
「アレスさん……?」
俺はビールの大ジョッキをぐいっと一気に飲み干した。
どれくらい時間が経っただろう?
あれ? 今、俺、寝てたのか?
目の前には空になったビールのジョッキ。そうだ、飲み会だった。
「すまん、寝てたみたいだ。そろそろ帰るか……。」
「先輩。モカもアミも帰っちゃったよ?」
テーブルの向かいに座っていたマリアンヌが答えた。
「そ、そうか……。悪いな。」
「いいって。私が飲ませたんだし。」
くそっ。まだ酔ってるのか、俺は。頭がはっきりしない。
マリアンヌが俺の目の前にビールが注がれたジョッキを置く。
「はい、どうぞ。」
「は?」
「いや、ビール。勝負の途中だから。」
「勝負?」
「そうだよ? 先輩。逃げるの?」
「いや……俺は……。」
マリアンヌがニヤニヤとしながら言う。
「それとも、こっち?」
その手には酒場の二階の鍵が握られていた。
「お前、それ……。なんで?」
「なんでって、そりゃ……、まあ……。」
顔を赤くして口ごもるマリアンヌ。こいつ、まさか、わざと俺を酔わせてまたあの夜と同じことを……?
「今の俺はアミと付き合ってるんだぞ。」
「わかってるよ! でも、なんつーか、セフレでいいからさ……。駄目かな?」
「セフレって……。」
「……断ったら、あの夜のこと、アミとモカに言うから。」
「おい!」
「ほら、どうするの? 先輩?」
マリアンヌが胸元を開いて見せる。酔って赤くなったマリアンヌの肌から、俺は目を逸らすことができない。
「いやらしいなぁ、先輩。二階に行こ?」
マリアンヌが俺の腕を指でそっと撫でる。マリアンヌに触れられたせいだ。あの夜に味わったマリアンヌの肌の触感が蘇り、俺の頭の中を埋め尽くした。マリアンヌのあられもない姿が思い出され、脳裏に張り付いて離れない。
マリアンヌが俺の手を引いて部屋へと誘う。
俺はその手を振りほどくことなんて簡単にできるはずなのに、なぜか抗うことができなかった。
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