酒と勝利と男と女

 冒険者がよく集まっている酒場。

 今までは修行を優先していたため、ここにモカたちと一緒に来たことはなかった。


「こっち、ビール追加!」


 マリアンヌが給仕に声をかける。どうやら、三人は三人でここに何度か飲みに来たことはあるらしい。

 出された料理をつまみながら、ちょびちょびとビールに口をつけるモカとアミとは違い、マリアンヌはもうジョッキ二杯を空けていた。


「マリアンヌ。お前、飲みすぎじゃないか?」

「いやいや、先輩。先輩こそ、全然飲んでないじゃん。ほら、これ、どうぞ。」

「いや、俺は……。」

「あれ、お酒、弱いんでしたっけ? 先輩?」

「……そんなことはない。」


 俺は目の前のジョッキを一気に飲み干した。くそぉ、こいつにだけはバカにされたくない。


「お兄ちゃん、あんまり無理しないでよ?」

「そうです。アレスさん、明日またフラフラに……。」

「大丈夫だ、ならん。」

「えぇ……。」


 こんな年下の少女に飲み負けるだと? 俺は戦士レベル42だぞ?


「先輩。いい飲みっぷりだねー。……すみません、ビール追加で!」

「お、おい、マリアンヌ!?」

「なんですか? 先輩? もしかしてもう限界?」

「い、いや、そんなことはない。」

「ビール、追加!」

 

 

 ……どれくらい時間が経った?

 少し酔いが回ってきたか?

 

「そろそろ、お開きにするか……。」

「うん、そうだね。」

「アレスさん、今日はご馳走さまでした。」


 モカとアミが、帰りの支度をして席を立つ。

 

「え〜? もう帰るの? 私はまだ飲めるけど? 先輩、負けを認めるってこと?」

「……なんだと?」

「ちょっと、マリアンヌ?」


 モカがマリアンヌの腕を引っ張るが、マリアンヌは立ち上がろうとしない。


「私はまだ飲むの! せっかくの奢りなんだから! 先輩の奢り!」

「こ、こいつ……。」


 完全にできあがったマリアンヌに呆れたモカとアミは、マリアンヌを置いて帰ることにしたらしい。

 

「いや、私たちはもう帰るよ。……ほどほどにね、お兄ちゃん。」

「おやすみなさい。アレスさん。また明日。」

「ああ……。また明日……。いや、もしかしたら明後日かも……。」

「そうだね。また明後日ね、お兄ちゃん。」


 モカとアミを見送って俺がマリアンヌに向き直ると、なみなみと注がれたビールのジョッキが並べられていた。

 

「いつの間にお前、これ。」

「さ、先輩。勝負だよ?」


 そう言うとマリアンヌはぐびぐびとビールを飲み出した。

 俺も負けじとジョッキに手を伸ばす。

 いや、俺は何をやってるんだ……。まったく頭が働かない……。

 

「先輩、そんなに弱くて今まで大丈夫だったのー?」

「何がだ、俺は戦士レベル42だぞ。」

「何それ? ほら、手が止まってる。女に負けて悔しくないのー?」

「女ってお前、まだ処女のくせに。」

「な、なんで、先輩がそんなこと知ってるの!?」

「ははっ、当たったのか? 女を名乗るのはまだ早かったな。」

「ああ、引っかけたな? ずるいぞ! 先輩なんて今フラフラじゃん。このフニャチン!」

「フ、フニャチン!? 見たことないくせに!」

「あるわけないでしょ! この変態!」

「変態って……お前……あの、あれだ……。」

「ぷぷぷ。もう頭回ってないでしょ。やーい、先輩のざーこ、ざーこ。本当にお酒弱いね。」

「俺は……雑魚じゃない。レベル42だ……。」

「ざーこ、ざーこ。フニャチン!」


 くそぉ、このまま言わせておいていいのか? マリアンヌなんかに……。いや、断じて駄目だろ。俺はレベル42。俺は雑魚じゃない。俺は男だ。負けてたまるか。俺は男なんだ。舐められたままでいられるか。


「……マリアンヌ。」

「なによ、先輩?」

「そこまで言うなら、第二ラウンドだ。お前にわからせてやる。」


 俺はマリアンヌの腕を取って立ち上がらせると、酒場のカウンターに向かう。俺はカウンターで食事の勘定を済ませて、二階の部屋の鍵を受けとった。

 

「こっちに来い。」

「え……、へへ……。マジ?」

「おう、マジだ。俺がお前に男を教えてやる。二階の部屋でとことんやるぞ。酒持ってこい。」

「……は、はい。」


     ◇

 

 頭が割れるように痛い。さすがに飲み過ぎだ。

 ここは酒場の二階か。窓から差し込んだ朝日が目に染みる。

 俺が寝返りをうつと、俺の肩が何か柔らかくて温かいものに触れた。

 ……これは人肌?

 そして急速に思い出される昨夜の出来事。

 恐る恐る隣に目をやると、シーツで素肌を隠しただけのマリアンヌが顔を膝の間にうずめて座っていた。

 

「お、おはよう……。」

「う〜。」


 マリアンヌに顔を上げさせると、その顔は真っ赤になっていた。


「マリアンヌ。俺たち、昨日……。」

「それ以上言わないで、先輩! お互い無かったことにしよう? 私、忘れるから。先輩も忘れてよ。」

「でも、お前……処女……。」

「言わないでってば!」

「わ、悪い。」

「……謝らないでよ。……別に……嫌じゃなかったし。」

「え?」

「もう! 忘れるの! はい、この話はお終い! モカとアミの前で言ったら殺すから! とくにアミには内緒!」

「ああ……。」


 俺が起き上がると、シーツがめくれてマリアンヌの肌が余計にあらわになった。ああ、昨日の感触が思い出される。いやいや、駄目だろ。忘れろ、俺。

 しかし、どうしたって忘れることなど出来なかった……。



 いや、昨夜の情事を思い出してる場合じゃない。

 頭がズキズキと痛む。そうだ、俺、二日酔いだった。

 

「頭が痛い。俺、水もらってくる……。」

「……あ、うん。」


 俺は服を着ると、マリアンヌを残して部屋を出た。

 マリアンヌは両膝を抱える格好でベッドの上に座ったまま、体をさすったり、宙を眺めたりしていた。


「そっかぁ。ほんとに昨日、私、先輩と……。ふひひ。」


 部屋の向こうで、なんかそんな声が聞こえた気がした。

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