二日酔い戦士と年下女子三人
「あともう少しだ。頑張れよ。」
とは言ったものの。できれば全員レベル10を超えてからボスに挑ませたいところだ。甘やかしているわけでは決してないが、こんな少女たちにギリギリの死闘をさせる必要はないだろう。っていうか俺だってヒヤヒヤしながら見守りたくはない。
せめて、防具は……。
「マリアンヌ!」
「ん? なあに、先輩?」
「皮の鎧、明日は着てきてくれるよな?」
「あー。」
「ああじゃねえよ。俺の言うことは絶対だって——」
「はいはい、わかってますって。」
本当にわかってんのかよ。と言いかけて、俺はやめた。腰の剣を握るマリアンヌの表情はふざけていなかったからだ。俺との稽古で自分の実力が身に染みたのかもしれない。
そうだ。遊び半分でいればいつか命を落とす。それがダンジョン。それが冒険者なんだ。
◇
冒険者ギルドの受付兼待合室。モカたちと別れて、俺は一人で今日の報告と明日の手続きを終えたところだった。
「あ。」
ダンジョンから戻ったら冒険者ギルドに立ち寄るのが冒険者の習わしだ。だから、当然いつかはこういうこともあるとは思っていた。しかし、高ランクダンジョンは一度潜ったら数日から数週間戻らないこともよくあるため、俺は油断していたのだ。まさか、こんなにも早く再会することになるとは。
「エミリア……。」
勇者エミリア、賢者ユーリ様、神官シエル……。通称、勇者一行。
先日までは、それに加えて戦士の俺が構成員だった。三人だけか? まだ俺の代わりの前衛を補充していないのか?
シエルは俺から目を背けている。エミリアが俺を睨むように見る。
「アレス。あんた、本当にモカちゃんのパーティに入れてもらったんだってね。」
エミリアの声は冷たい。俺は冷や汗が止まらなかった。なんて言おう? 許してくれ? いや、俺は追放された。それで全て終わったのだ。それならなぜ、エミリアはわざわざ俺に声をかけるんだ?
「エミリア、俺は……。」
「若い子たちに囲まれて、さぞ嬉しいでしょうね?」
「な、何を言うんだ、エミリア。俺はそんなつもりじゃない。」
「じゃあ、どんなつもり?」
「……。」
エミリアの言葉は厳しい。だが、このまま言われっぱなしになるわけにはいかない。今の俺は、真剣にモカたちを育てようとしているんだ。
「俺は……。俺は、あいつらを一人前の冒険者にするつもりだ。そして、それが出来たら冒険者は引退する。」
「アレス……、あんた……。」
エミリアは何かを言いかけたが、ふいっと後ろを向くとそのまま黙って去って行ってしまった。ユーリ様が会釈をしてエミリアに続く。
「シエル!」
シエルは俺の呼びかけに振り向いたが、
「アレスさん、ごめんなさい。」
とだけ言い残し、エミリアの後を追った。
くそっ。何やってるんだ、俺は。
俺はまだ勇者エミリアのパーティに未練があるというのか。エミリアから戻ってきてくれと言われるんじゃないかと期待していたのか。俺はバカだ……。
俺は酒場で酒をあおった。普段は飲まないのだが、この気持ちを忘れる方法を他に知らなかった。これで全部忘れよう。今はモカたちを育てることだけ考えていればいい。
◇
「大丈夫なの、お兄ちゃん?」
「……何がだ、モカ。」
「いや、頭押さえてるから。」
「……これは二日酔いだ。」
「ええ?」
昨日の酒のせいで頭が死ぬほど痛い。最悪の気分である。
それも、これも……いや、忘れるんだった。
「あ、あの、アレスさん。ポーションで治るんであれば私が……。」
「いや、ありがとう、アミ。だが残念ながら二日酔いはポーションでは治らない。」
「先輩、酒に弱いの? へえ、いいこと聞いた。」
「おい、マリアンヌ。今日はたまたまだ。普段は弱くないぞ。」
くっ。マリアンヌに弱味を見せてしまうとは……。いじられないように虚勢を張らなければ。
ダンジョンの独特の空気が余計に体調に響く気がする。モカたちには万全の体調で来いといつも言っておきながら、俺がこれでは示しがつかないぞ……。
「それよりも、今日は全然進んでないじゃないか。どうした?」
「どうしたって……。」
「ねえ?」
今日からはモカたち三人だけで戦ってダンジョンを進むことになっている。それがまだ地下二階。三階に下りる階段にも辿り着いていない。
「……やっぱり、お兄ちゃん。今日は休まない?」
「ん?」
「だって、お兄ちゃん、フラフラなんだもん。戦闘に集中できないよ。」
「……俺?」
気付くとモカもアミも、マリアンヌまでもが俺の顔を心配そうに見ていた。みんな、俺の体調を気遣ってくれていたのだ。
「お前たち……。」
俺は反省した。忘れたいことがあったからって酒に頼るなんて最低だった。こんな姿、モカたちに見せるべきじゃなかった。
「ごめんな。情けない姿、見せちまったな。」
「ううん、大丈夫だよ、お兄ちゃん。」
「私、アレスさんのこと、見損なったりしないですから、全然。」
「まあ、先輩、最初に会った時に泣いてたし。」
そうだった。こいつらにはもう泣き顔を見られてたんだった。それなのに、こいつらは俺を頼りにしてくれたのだ。
はぁ……。俺は変に気が張っていたのかもしれないな。こいつらにはこいつらのペースがあるのに。
「悪かった。」
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