見習いアイテム士と初めての勝利
「今日は地下三階まで下りるぞ。」
「え? 地下三階?」
俺の言葉を聞いた女子三人の顔が不安そうになったのがわかる。
そりゃそうだ。Eランクダンジョンでも地下三階になると推奨レベルは8だ。達しているのはマリアンヌの剣士レベル9だけ。以前、地下三階までは下りたことがあるなんてモカは自慢するように言っていたが、どうせ入り口だけ見て戻ってきたに違いない。
「そうだ。Eランクダンジョンの地下一階まで、初心者パーティで溢れかえっているのはよくわかった。これではモンスター狩りでレベルを上げるのは難しい。俺たちの当面の目標はレベルEダンジョンの踏破だ。そのためにはモカとマリアンヌのレベルも上げなければならない。だから、三階まで一気に行く。」
「でも、お兄ちゃん。レベル1のアミは?」
まあ、そう思うだろうな。
俺は隣で青ざめているアミの丸い頭にぽんと手を置いた。つい手を置いてしまったのは丁度いい高さにアミの頭があったからだ。
「アミは俺が守りながら戦う。モンスターの攻撃は俺が絶対にアミには届かせない。」
「ぜ、絶対に……?」
アミがすがるような目で俺を見上げた。ふっ。まるで怯えた小動物のようだ。
「ああ。だから安心しろ。」
「はい……!」
俺は最大限アミの不安を打ち消せるようにと、アミの目をまっすぐ見つめて答えた。
「それから、アミ。これを使え。銅の短剣プラス1だ。ナイフより攻撃力が高い。」
「……私、出来るでしょうか?」
「出来る。」
出来なくても、出来るようになってもらわなければ困る。
「で、でも……。」
「アミ。戦士レベル42の俺を信じろ。俺の言うことは絶対だ。」
「……わかりました。」
「よし、行くぞ。お前ら気合い入れろ!」
「はい!!」
三人とも良い返事だ。アミのレベルに合わせた戦闘で気が緩んでいたであろうモカとマリアンヌも、自分たちより強いモンスターが出るかもしれない地下三階にはさすがに本気になったみたいだ。
俺が先頭になって三人の盾になり、雑魚モンスターを蹴散らしながら進む。地下三階はあっという間に着いた。
「ここが地下三階……。」
「なんだ、モカ。来たことあるんじゃなかったのか?」
「あ……あるよ! でもその時はちょっと覗いてみただけっていうか。」
「はは。」
やはり想像したとおりだったな。地下三階。ここから空気が一変するのだ。俺とエミリアが初めてEランクダンジョンに挑戦した時、俺が戦士レベル10、エミリアは勇者レベル3だったと思う。初日で地下三階まで下りることが出来たのだが、やはり俺たちはここでいったん引き返したのだ。準備が無い状態でこれ以上進むのは危険だというエミリアの判断だった。実際、当時のエミリアでも地下三階を攻略するのに二日かかっている。言ってみれば、Eランクダンジョンの地下三階は初心者パーティに立ちふさがる最初の関門なのである。
「地下三階にはゴブリンが出る。と言ってもこの階のゴブリンは小さくてリーチが短いし、武器も持ってない。マリアンヌは間合いに入ったら速攻で切りつけろ。モカは距離をとって炎の魔法で顔を狙え。」
「おーけー。」
「うん、わかったよ、お兄ちゃん。」
「アミ。お前は俺の後ろに隠れていろ。俺が合図をしたら飛び出して、やつらの首を狙え。」
「……はい!」
その時、ダンジョンの前方から金切り声が聞こえてきた。
「ぎぎぃー!」
どうやら、さっそくゴブリンのお出ましのようだぜ。数は三体。ちょうどいい。
ゴブリンたちは俺たちを視認すると一直線に向かってきた。
「ファイア!」
モカが炎の魔法で一体倒す。
「そりゃ!」
マリアンヌがタイミングを合わせてゴブリンを切り捨てた。
残りの一体を俺とアミが相手をする。俺はゴブリンをギリギリまで引きつけて、その攻撃を盾で防ぐと、軽く小突いてバランスを崩させた。
「今だ、アミ!」
「やあああ!」
アミがゴブリンの首を狙って銅の短剣を振った。銅の短剣はナイフよりもリーチが長い。
惜しい! アミの攻撃は相手の首元を掠っただけだ。
「アミ! もう一度だ。落ち着いて、腰を落として重心を低く。」
俺はアミの腰を持って姿勢を支える。
「短剣はこう構えて、刺すように使え。」
アミの手に直に俺の手を添えて使い方を教える。
「……ち、近い……。」
「ん?」
「いえ、なんでもない……です……。」
体勢を立て直したゴブリンが激高して俺たちに飛びかかってきた。この勢いにカウンターで合わせればアミの力でもやれるはずだ。
「来たぞ、アミ。構えろ。」
「は、はい!」
ゴブリンの攻撃にタイミングを合わせ、アミが短剣を前に突き出す。
よし、今度は的確に首を狙えている。みごと、アミの短剣はゴブリンの喉元を引き裂いた。
「よくやった!」
「……やった? 私、ゴブリンを倒せた……? やった! アレスさん! 私、ゴブリンを倒せました!」
息絶えるゴブリン。
よほど嬉しかったのか、アミはぴょんぴょん飛び跳ね、俺に抱きついて勝利を叫んだ。
「ははは。アミは素直で可愛いな。」
まだ一体倒しただけなのにこのはしゃぎようとは。しかし、俺だって最初に倒したモンスターのことは忘れていない。誰だって勝利は嬉しいのだ。
俺は俺の胸元にくっついてるアミの頭を撫でて言う。
「いいか、アミ。この感覚を忘れるなよ。」
「あ……はい。アレスさん……私、あの……。」
「なんだ?」
「いえ、抱きついてしまってごめんなさい!」
よほど初めての勝利に興奮したのだろう。頬を赤く染めたアミが落ち着くのを待ってから、俺たちはゴブリン狩りを再開し、アミはその日、五体のゴブリンを倒した。
レベルは冒険者ギルドに戻らなければわからないが、これなら一気にアミはレベル5くらいまで上がったんじゃないか?
翌日から、アミは俺の買った皮の鎧を着てきてくれるようになった。
俺の身を挺した指導が通じたのか。なんか嬉しいぞ。人を育てるってこういう気持ちなんだな。
「アミはほんと可愛いな。」
「ありがとうございます……。」
ただ、まあ、なぜかアミはモンスターを倒すたびに俺のところにやってきて頭を撫でられるのを待つようになった。感覚を忘れるなって、そういうことじゃないんだが……。しかし、いずれ独り立ちしてくれることだろう。
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