駆け出し付与師と銅の短剣プラス1

「よし、お前ら! ついでに皮の鎧も買ってやろう。そんなヒラヒラの服でこの先のモンスターは倒せないぞ!」

「えぇ……。」

「皮の鎧は可愛くない……。」

「なんか臭そうです……。」


 三人が露骨に嫌そうな顔をする。

 なんなんだよ、こいつら? 本当にやる気あるのか?

 正直俺は心が折れそうになったが必死にこらえる。これも妹のため、約束のため、俺のスローライフのため。……いや、エミリアを目標に戦ってきた最後が追放だなんて、俺は受け入れられなかったのかもしれない。冒険者としてせめて何か残したかったのかもしれない。これは俺の意地だ。


「と、とにかく買いに行くぞ! 俺の言うことは絶対!」

「……はーい。」



 次の日、集合場所に集まった三人は誰も皮の鎧を着てこなかった。

 もう俺、引退してもいいですか? 完全に舐められている。


「……今日は俺は用事が出来たから解散。」

「えぇ!?」


 えぇ、じゃないよ! 根気よく相手をしてやるつもりはまだある。だが、今日は無理。もう無理! 俺だって人間なんだぞ!? 俺は三人を置いて町に引き返した。


     ◇


 まあ、用事が出来たというのは、それほど嘘でもない。俺は町の工場エリアに向かっていた。

 今日の目的は俺の未来のスローライフに関係がある。俺は冒険者を引退したら生産職をやろうと思っていた。せっかくサブジョブを女神から授かったのだから活かしたい。昔、貴族の令嬢に引退したら養わせてほしいなんて誘われたこともあったが、そういうのはパスだ。俺のプライドが許さない。

 俺が女神から授かったサブジョブは生産職の付与師。武器や防具に攻撃力や防御力、時にはレアな効果を付与することができるジョブだ。

 冒険者向けの戦闘職や補助職に比べると、生産職というのは地味だが縁の下の力持ちのようでもある。冒険者は生産職が作った装備が無ければダンジョンで戦っていくことは出来ない。よって、出来の良い装備は高値が付く。中には冒険者以上に儲けている人間もいる。特に、特殊な効果を付与できる付与師は重宝される。

 だが、俺は付与師のジョブを持っていながら付与の仕方を知らなかった。というのは、普通、生産職というのは親方に弟子入りして技術を継承するものだからだ。それが無ければジョブを活かせないし、レベルも上がっていかない。

 つまり、俺がサブジョブを活かしてスローライフを送るには、どこかの付与師に弟子入りしなければならなかった。


「こんちわー。親方います?」


 俺は町の片隅のひとつの工房を訪ねた。

 この工房にはずっとお世話になってきた。俺の愛剣もここで攻撃力プラス10を付与してもらったものだ。


「おう、アレス! 追放されたんだってな!」

「ははは……。」


 ひげ面の親方は工房から顔を出すなりいつもの調子でそう言った。この様子だと、俺の追放のことを知らない者はいなそうだな……。そりゃ、そうか。天下の勇者パーティだもんな……。

 俺は親方に頼みたいことがあると言って時間を作ってもらった。

 実は、俺のサブジョブが付与師だってことはあまり周囲には言ってない。親方にも初めて打ち明ける。果たして、勇者パーティでもなくなった俺が弟子にしてもらえるだろうか?


「サブジョブで付与師? あまり聞いたことねえな。」

「そうなんですか。」

「ああ。生産職でサブジョブ持ってるやつは元冒険者が多いが……。」


 サブジョブはCランクダンジョンの踏破の証をもって女神から与えられる。元から生産職の人間がサブジョブを得ることは難しい。


「ま、とにかく。やってみるか、付与。」

「いいんですか?」

「いいも何も、せっかく女神様からいただいたジョブなんだろ? 活かさなきゃもったいねえだろ。」

「ありがとうございます!」


 親方がひげ面をくしゃっとさせて笑ってみせた。良い人でよかった。本当にこういう縁は大事にしないといけないと思う。


     ◇


「よし、これで師弟の手続きは完了だ。アレス、お前のステータスを見せてもらうぞ。」


 俺は親方と師弟の契約を結んだ。これで親方は俺のステータスを見ることができるようになるらしい。戦闘職や補助職のステータスは冒険者ギルドに登録すると確認できるようになるが、冒険者ギルトでは生産職のステータスはわからない。だから、俺は自分の付与師のステータスを知らなかった。


「おぉ、付与師レベル10じゃねえか。本当に付与やったことねぇのか?」

「はい。自分の付与師のレベルも初めて知りました。」

「そうかぁ。スキルは……うーん、見えないな。サブジョブだからか?」

「そうですか。」

「スキルが見えないのは厄介だな。付与師ってのはな。何を付与するか、何に付与するか、そいつによって得意な付与のスキルが違う。こうなると、まずはアレスの得意な付与を見つけなければな。まあ、大抵のやつは武器か防具だがな。」

「なるほど……。」

「疑問もあるだろうが、この世界ではそういうもんだと思ってくれ。」

「はい。」


 意外にも親方の説明は丁寧だ。

 手始めに俺は武器に攻撃力付与の方法を教わった。付与の元のなる武器から攻撃力を取り出し、対象となる武器に付与する。成功すると付与の元になった武器は崩れさるが、付与された武器は攻撃力がプラスされる。


 

「や、やった……、攻撃力プラス1の銅の短剣!」


 俺は日が暮れる頃にようやく銅の短剣への攻撃力付与に成功した。しかし、無駄にした銅の短剣の数は数えきれない。付与師……、一人前になるまでに金がかかり過ぎるんだが?


「うーむ。アレスの付与は武器じゃねーなぁ。レベル10でこの出来の悪さは無ぇわ。」

「……もっと早く言ってくださいよ……、親方……。」

「しかし、付与師のジョブなのは間違いなさそうだ。付与の感覚はわかったろ? しばらくは自分で練習して自分の得意な付与の手がかりが掴めたら、俺のところに来い。」

「わかりました。ありがとうございました。」



 俺は初めて自分で攻撃力を付与した銅の短剣を持って家路についた。

 戦士レベル42の俺も生産職に関してはズブの初心者だった。付与師を活かしたスローライフ計画にも暗雲が立ちこめる。

 これじゃアミのこと言えないな……。明日はもう少し優しくしてやるか……。

 相変わらず買ってやった皮の鎧を着てこない女子三人に内心舌打ちしながら、翌日、俺は三人を連れてダンジョンに潜った。

 俺はアミのレベルを上げるための作戦を考えてきていた。


「今日は地下三階まで下りるぞ。」

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