第11話 自分が一番カワイイ醜い生き物なんだよ人間は。

 爆音と衝撃、そして地響きが鳴りやまなかった。

 おそらくエママイト・シャママンと呼ばれた生物の狩りをしているのだろうが、それがいったいどんな生物なのかは検討がつかない。

 名前の雰囲気としては怪鳥のタランティン・クエンティーノに似てなくはないが、あいつは鳥だ。いくらデカいとは言っても、鳥を相手にこの騒ぎにはならないだろう。


「本当に行っても大丈夫なんですか?」


 それだけがそうしても気がかりで、回答は分かっていても繰り返し聞いてしまう。

 だってしょうがないだろう。現場を見るというのが僕の務めらしいが、行って大丈夫な音じゃないんだから。

 何を根拠に「大丈夫」と言っているのか、そこのところだけでも教えて欲しかったが、どんどん音は大きくなっていき——とうとう「着いたぞ」とプルジャが言った。

 爆音と衝撃音に混ざって、ベルイノやアイノエたちの声も響いてくる。


「この岩場の向こうに見える。絶対に大声を出すな。物音も極力立てるな。シャママンの注意を引くようなことは絶対にするな」


 頼まれたって絶対にしないような忠告を受けて、恐る恐る岩場から覗いてみると、そこには考えてもみなかった光景が広がっていた。

 

 エママイト・シャママンのその正体は——ドラゴンと恐竜を足して割ったような、巨大なトカゲだった。

 開いた口には見るからに恐ろしい牙が並んでいて、手足の鉤爪にはところどころに血痕が付着していた。それだけでも十分に凶悪だというのに、体と同じぐらいの長さのある尻尾を振り回して、周囲の物を薙ぎ倒す。

 さらには攻撃の手段が豊富にあるにも関わらず、頑丈さを強調するかのような光沢のある鱗に身を守られていた。


 こんな生物は本の中だけで十分で、現実に見るのは遠慮したい。

 思わず意識が遠のきそうになってしまったが、ベルイノとアイノエと、あと数人のヒトたちがこの怪物と戦っていた——そして耳を澄ませると、


「ウォオッラァァァアッ!!! なんとしてでも生かしたまま捕らえるんじゃ!」

「やってる……努力はしてるよ! けど、こっちも……ギリギリだよ!」

「絶対に死ぬなっ! 絶対に殺すなっ!」

「「「無理かもっ!」」」

「殺すぐらいなら死ねっ!シャアラッ!!」

「「「無理かもっ!」」」


 狩ろうとしていた。それも生け捕りで。

 どういうつもりなのかは分からないが、目の前で繰り広げられている戦闘は、さながらゲームのボス戦のような様相を呈している。


 身軽なアイノエたちがシャママンの注意を一手に引き受け、全ての攻撃を紙一重で躱し続ける。そこで生じた隙に力のあるベルイノたちがシャママンへと飛び付き、自分たちの体とそう変わらない大きさの鱗を引き剥がしていく。

 剥がす度に悲鳴のような雄叫びが上がり、シャママンの注意はベルイノたちへ向かってしまうが、アイノエたちはすぐさま鱗の無い腹へと飛び込み、爪と牙を突き立てて注意を自身へと引き戻す。

 この繰り返しで、シャママンへと手傷を負わせていた。


「なんですか……これ」

「おい、危ないからあんまり体出すなよ」

「なにやってるんですか、あのヒトたち! あのままじゃ死んじゃいますよ!」

「おいっ、声が大きいぞ」


 しかし、シャママンへ負わせている手傷以上に、どう見てもみんなの消耗の方が激しい。

 いくらシャママンの牙や爪、尻尾を避けていても、それは致命傷を避けているというだけの話だ。

 あの巨体が暴れれば、意図せずして周囲にあるものを破壊して、吹き飛ばし、結果としてそれが凶器へと変わってしまう。

 シャママンの攻撃は避けられても、飛んでくる石や木っ端までを避けるのは到底無理だ。

 

 アイノエの体には木片がいくつも突き刺さっていて、そうでなくても切り傷や打撲が遠目でもいくつも確認できる。

 ベルイノの方はアイノエ程目立った傷は少ないが、左手の薬指が変な方向を向いていて、右目が開いていない。

 そして、誰もがみんな同じような状態。


「すぐに止めて下さい!」

「トウマっ……騒ぐんじゃない」

「あんなのを捕まえられるはずがないじゃないです——ぁあっ!」


 その時だった、とうとう限界が来てしまった。

 シャママンの振り下ろす鉤爪を躱そうと、横へ跳ぼうとした猫耳の男だったが、足が萎えてしまったのか踏ん張りきれずに滑ってしまったらしい。


 全員が一様に「マズイっ!」という顔をした。


「っうぁああああああっ!!!!!」

 鉤爪は男の下半身へと刺さり、絶叫が響き渡った。

 しかし——それも一瞬のことだった。


 次の瞬間には、シャママンはその腕を僕のいる方へ向かって横へ薙いだ。


 ボチョッ

 

 僕の潜んでいる岩場に、何かがぶつかって、潰れるような音がした。

 シャママンがこっちに向けている鉤爪には、付着している血が増えてはいるが他には何も無くなっている。


 そして不意に——


「……えっ?」


 動きを止めたシャママンと視線が交差したのが分かった。


「「走れぇぇぇえええっ!!!!!」」

 

 今までに聞いたことのない、ベルイノとアイノエの叫声を聞いた次の瞬間には、いつの間にか僕はプルジャに抱えられていた。


「トウマっ! 絶っ対に動くな!」


 後ろを振り返ると、シャママンが木々を薙ぎ倒しながら、その巨体からは考えられない速さで僕たちの後ろを追ってきている。

 並走するようにしてシャママンの注意を引きつけようとしているベルイノたちだが、シャママンの注意は僕に向けられたまま他へ移らない。

 どれだけ攻撃されても、他のものに注意を逸らそうとはしない。


 プルジャがなりふり構わない様子で「タトレラァっ!!!」叫ぶと、少ししてどこからともなくタトレラが姿を現した。


「どうするつもりだ」

「トウマが最優先だ——このまま村に向かう。振り切れない場合は村で迎え討つように報せてくれ」

「……分かった」

「そうだ、クルルクは無事でもう村に戻ってるはずだ。遠吠えの出来る状態じゃなかったが、ちゃんと向こうには聞こえてる」

「了解」


 それだけ言葉を交わすと、タトレラは先行して前方へと小さく消えていった。


 どうして村に戻ってしまうのか。

 このままシャママンを引き連れて村に入ってしまったら、どれだけの甚大な被害が出るか分かったものではない。

 それなのに、どうしてわざわざ村で迎え討つ必要があるのだろうか。

 

 そもそも、どうして自分が最優先であるのかが分からない。

 もちろん死にたくはないし、安全な所で助かりたいという気持ちはある。

 それでも他のヒトたちをあえて犠牲にしてまで助かりたいのかといえば、それは違う。

 自分一人の力で生に縋っているのではなく、他者の協力を得てとなればなおさら。ましてや、助けてくれた協力者まで犠牲にしかねないのだ。


 生きることが胸糞悪くなってくる。


「もうやめてくれ」と言いたかった。


 しかし、プルジャに抱えられながら追って来るシャママンの目を見てしまうと、何も言えない。


 やっぱり生きたかった。

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