第10話 あぁ……これは死んだかも

 タトレラが遠吠えをあげると、みんなの中に動揺が走ったのが分かった。


「周囲に他の化物は?」

「俺の感知できる範囲にはシャママンだけだ——おい、ベルイノの方から返事がないぞ」


 タトレラの言葉にアイノエは苦い表情をしたが、それも本当に一瞬だけ。

 まばたきをすればもう元に戻っていた。

 そして思案顔で黙ったあと、「ベルイノの隊と連絡が取れない以上やむをえないね」と。

 

 それから、


「足が速いのは二手に分かれて、一方は村に戻って怪我人の受け入れと治療の準備を整えさせて。もう一方は先行してベルイノの隊に合流。負傷者を回収次第離脱ね。全速力で村で治療を受けさせてあげて」


 言い終わるか終わらないかのうちに風が起こり、獲物を走って捕まえたヒトたちは音も無く消えている。


「それから、トウマとタトレラ、それからプルジャはわたしに付いてきてね。あとだけど、森にどれだけの被害が出るか分からないから、できるだけ獣たちを追い立てて逃がしながら村に帰還ね——散開しての行動になるけど、絶対にみんなの身の安全を最優先にして。それじゃ」


 アイノエの指示が終わると、残っていたヒトたちも一斉に動き出したが、僕は一人だけ動けない。

 明らかに村への帰還組のはずの僕が、どうしてアイノエに同行することになってしまったのか。能力的値で考えれば、この隊で最弱のはずなのに。


「ほら、トウマ走るよ」

「ちょっと待ってくださいよ! ヤバいのがいるんでしょ⁉ そんな所に行くんですか? 僕が⁉」

「そりゃヤバいの見てもらうために連れて来たんだから、むしろ見られてラッキーでしょ。一番スンゴイのだからね?」

「そんなスンゴイのがいる所なんか行ったら——」

「大丈夫、大丈夫。わたしが命がけで守るし、万が一の時にはプルジャが肉壁になるから」


 そんな言葉を受けて一緒に残っていた男が、見せつけるようにポージングをとっていて、たしかにガタイは良く頼るがいはある。


「まぁ、わたしたちに任せてよ」


 アイノエは僕の肩に手を置いて、あからさまな説得モードを演出してくる。

 そんな手に乗って堪るかと、反論を試みようとしたが——


「そんじゃ、プルジャよろしくね」

「任せろ」


 時間は与えられず、プルジャが僕を抱え上げて走り出してしまう。

 ただ、持ち上げられているのは強行手段に出ているわけでもなんでもなく、単に僕が付いていけないから運ばれているだけなんだろう。

 悪意はないのはなんとなく分かる。

 そして今気付いてしまったが、もしも同行を免除されて置いて行かれたとしても、もうみんな行ってしまって僕は一人だけ。

 森で一人でどうにかできる術が僕には無かった。

 本当に自分が不甲斐ない。

 はたしてこれがアイノエの策略だったのかどうかは置いておくとしても、もうエスコートされる以外の選択肢が僕には無かった。






 人体では到底たどり着くことのできない速度で、一切の減速をすることなく、木々の間を縫うようにして森を突き進んでいく。

 それを僕を抱えながらこなしているのだから、よりいっそう人間離れ具合が良く分かる。


 唐突に聞こえてきた地響きに、身体が強張った。

 

「みんな、もうすぐだから気を付けてね」

「了解」

「俺は周りの警戒の方に回るぞ」

「よろしくね」


 そう言ってタトレラは離れていき、一人で森の中に消えて行った

 アイノエとプルジャと、抱えられている僕は、そのまましばらく直進をしていると、地響きは大きくなり、聞いたことのない咆哮も聞こえてくる。

 砂ぼこりで視界が悪くなり、いよいよ目的地へと迫っている。

 

「それじゃあプルジャ、トウマのことよろしくね。もしもマズイと思った時には、トウマだけを助けてくれたらいいからね」

「トウマさえ生きてれば村はなんとかなるから」と言って、アイノエは上体を地に沈めるかのように低くすると一気に加速した。

 そしてプルジャは「じゃあ俺たちはまずあっちだな」と言って、進行方向を右へと反らして走っていく。


「あの、どこ向かってるんですか?」

「先にみんなの様子を確認する——シャママンはちょっと待ってくれ」


 まるで早く見たくて急かしているようになってしまった。


 すぐに開けた場所に出て、そこには村で見覚えのあるヒトたちが居た。

 そこにいるヒトたちはみんな沈んだ表情をしていたが、プルジャの姿を見つけると、まるで希望を見たかのように顔に光が差し込んだ。

 

「プルジャじゃないか……ってことは、アイノエも来てくれたか!」

「もう先に行ってる。どんな調子だ?」

「重症者はそっちの奴らが来て先に引き上げてくれた——休んでた場所が悪かった」

「崖の上から来やがったからクルルクが感知できなかったんだ」

「クルルクは大丈夫なのか? タトレラが返事が無いって言ってたが」


 すると「ここだよ~」と、離れたところで木にもたれ掛かっている女性が手を上げたが、その姿に言葉を失ってしまった。

 額に怪我を負ったようで、揉んだ草を湿布のように当てがわれているが、まだ完全に血は止まっていないらしい。顔の半分は血で赤く染まっていて、顎からは赤い雫が規則的に滴っている。

 それだけで十分過ぎるぐらいに重症なのに、上げていない方の腕はおかしな方向に曲がっていて、脇腹には枝が突き刺さっていた。


「ゴメン、ゴメン。あのヤロー、初っ端にピンポイントでウチのこと狙ってきやがった。おかげでこの様よ」

「索敵のために一応残ってもらってたんだ」

「そうだったのか……タトレラも来てるから大丈夫だ。もう警戒に回ってくれてる」

「そうりゃあ、良かった。それじゃあお言葉に甘えて、誰かウチのこと運んでくれる人~」

 

 至って朗らかなクルルクにもうドン引きだった。


「それじゃあトウマ、行こうか」

「行こうかと言いますと……」

「シャママンのとこ」 

「………」


 まさかこんなことで終わりだと思っていたわけじゃない。それでも、いざ言われてみるとやはり、正気なのかとその神経を疑ってしまう。

 クルルクのあの姿を見てなお、どうして果敢にシャママンの元へ行こうと思えるのか。

 しかし、やはり僕の意見なんて反映されるわけがなくて、プルジャは再度僕を抱え上げて走りだしてしまう。


 アイノエは僕のことを守ると言っていたが、これはマジで死んだ気しかしない……

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