第9話 モフモフでホクホクのハイキング

 まだ夜の明けきらない森の中、一行は平然とした顔で歩みを進めるが、僕はといえばあまりにの寒さに凍えている。


「あの……ひぃ……火は、おぉこさないんですか?」

「獣が逃げるし、隠れるし、見つけるのが難しくなるんだよ。そんなに寒かった?」

「凍死……すっ、す、す、すん、寸前……です」

「ごめんね〜、そんなに寒さに弱いなんて思ってなかったよ」

「ま、まさか、みなさん……そんなに、寒さに、強いとは……ゔぅゔぅ〜」


 真夜中にアイノエに起こされて、何事かと飛び起きてみれば、

「狩りに行くよ」

「あ? あぁ、いってらっしゃい」

「狩りに行くよって」

「うん……頑張ってください」

「トウマも行くんだよ」

 起き抜けにこんなやり取りがあった。


 なんでも僕を同行させるよう、前日のうちにベルイノから指示があったにも関わらず、伝え忘れて寝てしまったのだとか。

 挙句、寝坊したから急いでくれと言うんだから堪ったものではない。


 出発前がそんな状態で、防寒のことが頭から抜け落ちていたうえ、みんなの装いが普段と変わりなかったから、寒いなとしか思っていなかった。


 しかしいざ森の中に入ると、冷え込みはより一層厳しさを増し、体感では冬と変わらなくなった。もっとも、村で用意してもらったペラペラの着物モドキを一枚羽織っているだけだから、自分の感覚もあてになっていないかもしれないが。


 終始体の震えは止まらず、歯はガチガチと鳴り続ける。そんな僕の姿を見かねた男衆が、自分達の着ていた服を貸してくたものの、それだってペラペラの着物モドキ。言ってしまえばTシャツを重ね着しているようなもの。

 Tシャツをいくら重ね着したって、寒いものは寒いのだから、結局は寒いままだった。

 

「わたしの尻尾抱いてみる? 多少マシになるんじゃない?」


 アイノエの提案に従い、僕の眼前で左右に揺れていた尻尾を腹に抱いてみると、毛皮の温もりに加え、アイノエの体温が尻尾から伝わってくるから、着物モドキよりはいくらかマシになった。

 それでも、身体中のカロリーが体温維持の為にジャンジャン燃焼されている。


「んッ――止まって、獣いる」


 アイノエに言われて前方を見ると、先頭を歩いている耳の垂れた男が手を挙げていた。

 それから挙げている手でハタハタと扇ぐような仕草をした後、二本の指を立て、進行方向よりやや右側へ向けて手を下げる——その瞬間、僕の横を風が吹き抜けた。


 何事かと目をパチクリしているうちに、隊列はまた動き始める。


「今の、何?」

「今のはバートンが二匹だね。先頭を歩いてるタトレラが、音と臭いで探してるんだよ。それで見つけたら、足の速いのが捕まえに行くってわけ」


 狩りと聞いていたから、銃はないにしても、弓矢や罠ぐらいは使うものかと思っていた。しかしその手法はかつて聞いたことが無いぐらいに原始的だった。

 原始人だって石器を使っていたのに、彼らが使うのは自分たちの体だけ。

 考えてみれば、たしかに道具と呼べる物を誰も持っておらず、みんな着の身着のまま。

 背負い籠が精々だった。


 そんな手法をとっているのも、それだけのポテンシャルがあり、道具に頼る必要が無いからかもしれないが……アイノエたちはなんと呼ばれる種族なのだろうかと、不意に疑問が湧いて出た。


 獣の耳と尻尾があるが、人に近いのか、それとも獣に近いのか。

 耳と尻尾が無ければ、身体的な特徴はほとんど人と変わりないが、その身体能力は明らかに人間離れしていている。よく聞くファンタジー用語でいうところの、獣人になるのか、亜人になるのか……


 ところで、

「探す人と捕まえる人がいて、アイノエさんの担当は何なんですか?」


 初めて村に来た時のアイノエの走る速さには驚いたが、今の速さと比較してしまうと見劣りしてしまう。なにせ今のは目で追えなかった。

 そうなると、わざわざ同行する必要が無いようにも感じてしまう。

 もちろん僕が早く帰りたいという願望も、おおいにあるのだが。


「今はまだ仕事無いね。せいぜい尻尾でトウマの体を温めるぐらいだね」

「それだったら寝床に帰りたいんですが」

「ダメだよ、みんな狩りしてるんだから。終わるまでは一緒にいなきゃ。ほら、一狩り行こうぜ♪」


 そんなことを小声で話している間にも隊列は着々と獣を捕まえて進み、野草や木の実、キノコなんかも一緒に採取していた。

 そうしている間にも日が高くなってきて、気温もだんだんと上がってきた。この頃になると荷物持ち担当の背負い籠は、収穫物で一杯になっていてかなり重そうだった。


「そろそろ休憩にしよっか。ゴハン食べよ」


 アイノエの唐突な一言で、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。

 そして今までの統率のとれた行動が嘘のように、各々が好き勝手に動き始め、大半のヒトたちがどこかへ行ってしまった。

  

「あんな好き勝手に行動して大丈夫なんですか?」


 アイノエは持って来ていたらしい干し肉を一口齧り、僕にも勧めてくるが丁重に断って木の実を摘まむ。


「わたしなんかは気にならないけど、集団行動が苦手なのが多いからね。いつもあんな感じでストレス発散しに行っちゃうよ」

「でも、獣はいいんですか?」

「うん。今日の目標はこれで達成できてるから、危険じゃなければなんでもいいよ——タトレラ、どう?」

 

 アイノエは近くで寝転がっていた、先頭を歩いている垂れ耳の男に話を振った。


「なにもねぇよ、静かなもんだ。ベルイノたちの方も終わったみたいだぞ」

「そっか、それじゃ休憩したらもう村に戻り始めていいね。出発する時、向こうに教えてあげてね」

「あいよ」






 タトレラの遠吠えが響くと、どこかへ行っていたヒトたちがゾロゾロと戻ってきて、揃い次第出発となった。


「そういえば、アイノエさんが指示とか出すんですか?」


 日が昇ったことで気温も上昇し、数時間前までの凍え様が嘘みたいだった。

 借りていた服は返却し、精神的にも肉体的にも来るときよりも余裕ができて、自然と口も軽くなっている。


「そうだね。ベルイノとわたしとで、各々の隊に指示を出すって感じだね。今日は凄い穏やかだったから、ほとんどハイキングみたいなもんだったけどね——トウマは寒かったかもだけど」


 アイノエがそう言うと、周りからもクスクスと笑い声が聞こえてきて、行きとはまるで雰囲気が違い、たしかに和やかだった。


 しかし、

「その言い方だと、いつもはこうじゃないんですか?」

「うん。いつもの雰囲気を見せたくて、ベルイノはトウマを同行させたみたいだけど、今日はハズレだったね」

「それってどういう——」

 

 その時だった。


 出発前に聞いたような遠吠えが、遠くの方からこだまして聞こえてきた。

 しかしそれは、さっき聞いたのとは明らかに様子が違う。


「タトレラ!」


 次の瞬間には場の雰囲気は一変していた。


「ヤバい! エママイト・シャママンだ!」

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