第12話 英雄? それとも人殺し?
広場だった場所は酷い騒ぎとなっていた。
村に残って無事だったヒトたちが、怪我人の治療に奔走している。
しかし、治療といってもこの村に満足な設備は無い。薬すら無いのだ。
あるものと言ったら日本で言うところの漢方と包帯。それから針と糸。
一口に漢方とは言っても、こちらでは薬として用いられていて、漢方よりも実用的でその効果も目に見えて分かる。
しかし、所詮は薬でしかなく、傷に塗るのがせいぜい。
もしも漢方で間に合わなければ、針と糸で傷を縫い合わせる。
それでもダメなら、焼き鏝で傷を焼く。
この村で出来ることはそれだけしかなかった。
「おぉトウマか、無事でなによりじゃ」
声の方へ顔を向けると、ベルイノが茣蓙の上で不自由そうに体を起こしている。
「大丈夫なのか?」
「もちろんじゃ——まあ、見ての通りじゃがな、ガハハハッ!」
そう言って笑うベルイノだが、その姿は見てしまったらとても笑う気にもならない。
着物モドキの袖に腕は通しておらず、上体をさらけ出しているが、包帯が巻かれているせいで肌はほとんど隠れてしまっていて見えない。皮肉なことに露出面積で言えば普段よりも少なくなっているものの、包帯の所々に赤色が滲んでいて、その下がどうなっているのかは想像したくはない。
そして頭にも包帯は巻かれ、森の中から開いていなかった右目も覆い隠されているし、右手は首から吊り下げられている。
控えめに言っても満身創痍だった。
「ずっと距離感がつかめんとは思っておったが、まさか目が潰れておったとはの。ここ最近で一番驚いたわ」
「もう……戻らないのか?」
「そりゃあ、目ん玉が無くなっておるんじゃ。無きゃ見えんじゃろが」
ベルイノはまた笑ったが、その笑顔はあまりも痛々しい。そして、
「まぁ、この腕は治るらしいから良いが、こっちの指はもうダメじゃな。痛みすら感じんくなっとる——切り落とすしかないの」
そう言って自由に動かせる左手を上げて振って見せてくるが、薬指が第二関節を軸にしてブラブラと振り子の様に左右に振れている。
目や腕よりも、その有様が一番ショッキングで、何も言葉が出てこなくなってしまった。
それからベルイノは「目と指か」と、僕に向けて言ったわけでもないんだろう。沈んだ表情で自分の左手を見つめながら呟いたが、それもほんのわずかの間のことだった。
すぐに元のベルイノへと戻り、
「村の方も半分ほどはダメになるかと思っとったが、集落一つで片が付いて万々歳じゃ。なにより、トウマが無事じゃからな——まぁ、シャママンを殺してもうたのは心残りじゃが」
またそれだ……
「なんでそこまでして僕を守った?」
みんなが口を揃えて、僕のことを最優先だと言っていた。
そこまでして僕を守る必要が本当にあったのか、全く理解できない。
シャママンが狙っていたのは僕だった。僕を村へ連れて返すようなことをしなければ、村が破壊されるようなことだってなかった。
そもそも、僕にシャママンを見せる必要性が分からない。狩りに同行させた必要だって分からない。
僕はずっと守られるばかりで、お荷物以外のなにでもなかった。
それなのに——
「さっきの狩を見ておったな?」
それからベルイノは、まるで僕を諭すかの様に、静かに話し始めた。
「人間のトウマは不思議に思ったんじゃないかの? どうして道具を使わないのかと——その答えは簡単じゃ。わしらはトウマと違って人間じゃないからじゃ。
「わしらは人間と体の形は似てはおる。
「人間と同じように、知性も理性もある。
「ただ、同じように器用ではないんじゃ。
「もちろん、弓矢や槍を使ったことはある。でもな、わしらには弓矢は満足に使いこなせなかった。槍は使えても良い物を作ることはできない。いちいち買っておっては、村が貧しくなるばかりじゃ。
「結局、自分たちの体を使って狩りをする以外、わしらには方法は無かったんじゃ」
「それとこれと、何が関係あるんだ」
「おおありじゃ。
「バートンのような獣も、あのシャママンのような化物も、わしらは自分たちの体一つで狩らねばならんのじゃ。
「もちろん、バートンみたいな獣だけを狩っておれば安全じゃ。だけどな、わしらは冬の備蓄もしていかねばならん。
「もしも、獣だけでそれをやったらどうなるか——森から獣がいなくなってしまう。森の獣を狩っておるのはシャママンら化物らも一緒だからの。
「次の年には森から獣たちの数が減り、結局は化物らと取り合いになる。その次の年には森の獣がおらんくなって、冬にはわしらも化物らも、みんなおらんくなるだろう。
「分かるかの? わしらが永続的に営んでいくためには、大型の化物らも狩らねばならんのじゃ。
「たしかにあれは特別じゃった。シャママンなんぞそう滅多にお目にかからんからの。
「でもな、わしらはあんなようなことを毎日しとるんじゃ。怪我をするのは当たり前だし、ヒトが死ぬのも珍しくはない。
「わしらが生きていくためには必要なことなんじゃ」
片目だけで僕を見るベルイノの目が、何を言いたのかが分かった気がした。
「そこに獣の仔を作れるという者が現れた。上手くいけば、狩にいかずとも食糧を取れるようになるかもしれない。新しい獣や、もしかしたら化物も使役できるようになるかもしれない。
「そうなれば、どうじゃ? 食べるものにも困らず、誰も死なない! わしらは今よりもずっと豊かになれる!
「トウマはわしらの、この村の希望なんじゃ。
「村は作り直せばなんとでもなる。村人だって生き残りがおればまた生まれてくるが、トウマの知識と技術は唯一無二——
「狩りへの同行も、シャママンをその目に見せることも、危険は承知の上でこの村の状況を理解して欲しかったからじゃ。
「それは村のみなが承知の上じゃ。その上でみな、わしに付いて来ておる。
「どうせこの暮らしを続けておったところで、わしらが滅びることは分かり切っておる。それなら何か変化を起こさねばならない。
「変化を起こさずして滅びるなんて、それは虐殺と変わらんじゃろう」
ベルイノは「そうは思わんかの?」と、問いかけてきた。
「わしは村の長として、村人を殺すような真似はしたくはない」
ベルイノはそう言い切った。
村の端に目を向けると、そこには沢山のヒトが横になって並べられていて——そしてまた、一人並べられた。
その言葉に何も言い返せなかったが、ベルイノは唐突にいつもの調子に戻って笑った。
「いかんいかん、小難しいことを考えておったら頭が痛くなってきたわ。滅多なことはするもんじゃないの——おぉタトレラ、ちょうどいい所に来たの。わしに酒持って来てくれ」
ベルイノにも僕にもそんなつもりは無かったが、いつの間にか僕たちの間の空気は張り詰めていた。
周りを見回してみれば、心配そうな面持ちで様子を伺っているヒトたちが大勢いる。
村人たちに不安を与えないように、わざと空気を弛緩させたんだろうが——やっぱり他者の上に立っているんだと思い知らされる。
「そうじゃ、アイノエのところに行ってやれ。傷は深かったが生き延びとる。意識があるかは知らんが、近くにトウマがおった方がアイノエは喜ぶじゃろ——この話はまたの機会にの」
ニヤニヤと笑っているベルイノだが、その裏では何を考えているのかが分からない。
いったい心の内に何を秘めているのだろうか。
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