第4話 ベテラン感出しちゃうゾ
怪鳥は指示をしなくても、集落から離れていて開けた場所に降下した。
着地するなり頭を下げて、「さっさと降りろ」とでも言いたげに僕のことを見てくるのだから、二度とこいつの世話にはなりたくない。
「ありがとう、またよろしくね」
それに比べて、飛び降りたアイノエが声を掛けると、クチバシをカチカチと鳴らして返事までしている。
それから怪鳥は、巨大な翼で砂埃を巻き上げて、また上空へと飛び立った。
「あれっ⁉ 飼ってるんじゃないんですか⁉」
「飼ってないよ⁉ 飼ったってあんなバカでかい奴の食事の世話、できるわけがないでしょ」
てっきり家畜としての馬のように、移動手段として飼っているのかと思ったら、そういうわけでもないらしい。
「なんでも思い通りにできるもんじゃないよ」
飛び去っていく怪鳥を見送りながら、アイノエがボソリと言ったのが聞こえた。
「ちなみに、彼の名前はタランティン・クエンティーノ。この辺りの主で村の守り神。わたしたちが飼うには畏れ多いな」
その名前はともかくとして、ずいぶんと立派な身分のある鳥だったらしい。
日本で言うところの鳳凰みたいな感じなのかもしれないが、その割にはよそ者の僕を乗せてくれて、意外と気のいい鳥なのかもしれなかった。
集落へ向かって歩いていると、不意にアイノエが足を止めた。
彼女は耳をチラチラと動かして、「なんだか騒がしいな」と耳を澄ませている。
アイノエの耳には何かを聞き取れているのかもしれないが、僕の耳には何も聞こえはしない。
人間の聴力と、ケモミミとの性能の差を見せつけられているようだった。
そのうえ、
「ちょっと様子を見てくる。トウマはここで待ってて」
そう言ってアイノエは走っていってしまうが、その速さもさすがの一言。
もしも陸上をやっていたとしたら、生まれ持ったそのポテンシャルだけでかなりの成績を出していたかもしれない。
しかし、あれだけの速さであったにも関わらず、アイノエはいつまで経っても戻ってこない。
見知らぬ土地の見知らぬ村で、ひとり待たされているというのも居心地が悪いことこの上なく、正直に言ってしまえば、心細くてしかたがない。
怪鳥の上で事前に与えられた情報は、アイノエの名前と、オッパイの柔らかさぐらいで、それ以外には本当に何もない。
村に関しての事前情報なんて皆無で、「わたしの村」としか聞いていない。
アイノエの僕を見た反応からして、僕と同じヒトはまずいないのだろう。
耳と尻尾はデフォだと思っておけばいいのだろうが、バケモノみたいなのがいた場合が怖い。
それでも、なけなしの勇気を振り絞り、ブレブレの意を決して、アイノエの捜索へと乗り出した。
ところが、壮大な冒険が始まるわけでもなく、あっけなく見つかってしまった。
歩いていたら喧噪が聞こえてきて、ただそちらの方へと向かっただけだった。
そこには人だかりができていて、皆後ろ姿しか見えないが、やはり頭には耳、腰には尻尾がついている。
ただ、アイノエのようなオオカミだけではなく、それぞれ違っていて個性があるよう。
そんな人だかりの中に、アイノエの後ろ姿を見つけた。
聞こえるか聞こえないかぐらいの、ギリギリのボリュームを狙って、「アイノエさーん」と。
呼ばれた彼女はビクッとしてから振り返り、謝りながら小走りでこちらへ来るが、やけに沈んだ表情をしているのが気になった。
「ごめん、ごめん。完全に忘れてた」
「それは良いんですけど、この人垣はどうしたんですか?お祭りでもあるんですか?」
するとアイノエは目を伏せて、「悪魔が降りた」と。
日常生活で悪魔という言葉を聞く機会なんてそう滅多にない。
ましてや悪魔が降りるとはどういう状態を指しているのか——そもそも悪魔とは降りてくるものだったのかと、アイノエの言っていることがとんと理解できない。
「どうしてこんな風になっちゃったんだろう……なんでこんなことになるの……」
滲み出るようなアイノエの悔しさが、ヒシヒシと伝わってくる。
しかし、あくまでも伝わってくるのは彼女の悔しいといった表面的な感情だけ。
バックグラウンドが無いのだから、共感も感情移入もできない。
とりあえず悪魔とやらの正体がなんなのかを拝んでから、同情するかを判断しようかと、そっと人混みに近づいていく。
「おぉっ⁉」
つい声が漏れてしまったのは、人垣の向こう側に牛によく似た大型哺乳類がいたから。
よく見ればウシとは明らかに違うことは分かるが、パッと見では本当にウシと見間違うぐらいで、この際ウシと言い切っても差し支えないのではないかと思う。
どうせこの世界にウシはいないだろうと諦めていたが、この生物がこの世界の自然界でウシのポジションを担っているのだろう——であれば、ウシでいいはず。
しかしこのウシ、いやに呼吸が早く荒い。
「ヴォーーー!!」
突然、身体を強張らせて吠えたウシに、取り囲んでいるギャラリーはどよめくが、その声からは切羽詰まっている必死さが伝わってきた。
それもそのはず。
「昨晩から産気づいてたから、普通ならとっくに産まれても良いはずなの。それなのに……ずっとこのままみたいなの。やっぱり悪魔が降りてきて悪さしてるんだよ」
横になっているウシの尻は濡れていて、陰部からは足が二本突き出している。
ウシの分娩が始まっていた。
ただ、母体から考えても突き出している蹄はやけに大きく、そのうえ逆子のようだった。
見た感じでは、二次破水も終わってしまっているようだが、どれだけ時間が経っているのかが気がかりだ。
アイノエの話では、産気づいてからほぼ一日が経過していることになる。
おそらく仔牛はもうダメだろう。
このままだと親の方も逝かれてしまう。
ウシの難産を悪魔の仕業呼ばわりしている世界に助産具は期待できないが、経験上、最後はいつだってパワーがものをいう。
きっとなんとかなるだろう。
「アイノエさん、皆に言って綺麗な水とお湯を準備して下さい。あと、丈夫な長いロープも——水はジャンジャン持って来て」
「え?」
「ほら、早く動いて! このウシ助けるよ!」
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