第3話 オッパイの柔らかさを知り得たり
「ちょ、ちょ、ちょ、マジで怖いんですけど!」
上空何メートルになるんだろうか。
下を見てみると、地面の草は今はもう緑色としか認識することができない。
高所恐怖症ではないが、命綱どころかシートベルトすら無く、命の安全の保障が何もされていない。
乗っているのがバケモノみたいな怪鳥なのだから、仕方ないといえばそれまで。だからこそ余計に恐ろしいというのもある。
それに加えて、
「しっかり掴まっといた方がいいよ。慣れてきた頃に調子にのって落ちる奴が意外といるんだよ」
そんな情報は今聞きたくなかった。
「……ちなみに、落ちた場合はどうなるんですか?」
「そりゃベチャって」
どうしてそんなことをわざわざ聞いてしまったのか、非常に後悔している。
死んでしまう確認なんてしなくたっていいのに。
想像すると股間の辺りがヒュンとなる。
とはいえ、女に見つけてもらわなければ、おそらく僕は死んでいた。
出会い頭に「死んじゃうよ」と言っていたぐらいだから、それは間違いないことだったと思う。
ところが今まさに、助けてもらっている真っ最中なのに、まったく生きた心地がしないのだから摩訶不思議。
その時、ちょうど怪鳥が左へ旋回して、その身体が大きく傾いた。
「うわーっ!」
滑り落ちそうになる身体を、内股につりそうぐらいに力を入れ、怪鳥の羽毛を掴んでなんとか固定させる。
これがあと何回あるんだろうか。
そのうちに本当に転落する気がしてくる。
そもそも、生物に乗って空を飛ぼうという、その発想自体に欠陥があるように思えてしまう。
「ほら、だから掴まっときなよ。落ちたら危ないよ」
落ちたら危ないって、自分でも「ベチャ」とか言ってただろう。怪我をするぐらいのニュアンスで言うのはやめてほしかった。
「掴まるって、羽毛以外にどこに掴まるんですか!」
「私だよ」
その発想は無かった。
しかし納得はできても、どこにどう掴まるのかが分からない。
耳と尻尾と牙ががあるとはいっても、その身体はヒトとなにも変わらない女性だ。
更に付け加えるなら、かなり発育のいい女性の身体だ。
そんな体にしがみつくだなんて、男としては嬉しいが、抵抗しかない。
それでも、命あっての物種。
葛藤の末、意を決して女の脇腹に手を当てた。
「きゃあっ!」
突然女の子な声が上がった。
「ちゃんと掴まれ! そんなイヤらしい掴まり方があるか!」
「ごめんなさい!」
おそるおそる女の腰に腕を回すと、自然と抱きつくような形になってしまう。
こっちの方がよっぽどイヤらしいと思うのだが、女は「そこだと私が安定しない」と、僕の腕を掴んで自分のみぞおちの辺りまで引き上げた。
「これならお互い安全だ」
「……はい」
腕に何かがのっている。
のっているそれがなにか、想像しないように努力はする。
それでも女が身動きをするたびに、腕にその柔らかさが伝わってきてしまう。
女に掴まることで、身の安全はある程度確保されたかもしれない。
その代わりに、僕の理性の方が危険信号を出し始めている。
なんとか気を紛らわせようとしていると、
「そういえば、名前まだ聞いてなかったね」
ちょうどいいタイミングで女が話しかけてきたが——思い返してみると、たしかにそうで、逆説的に、名前も知らない男の腕にオッパイのせてしまう女ということにならないだろうか。
「どっちがイヤらしいんだよ」という心の声を飲み込んで、名前だけを短く名乗った。
「
「……長いからウマでいい?」
「それだけは絶対にダメっ!トウマお願いします!」
女は僕の圧に若干引きながらも、「わたしはアイノエだ」と。
なんとも聞き慣れない名前のうえ、その語呂の悪さになんと言ったものかと、反応に困ってしまった。
それでも、せっかくの会話を途切れさせたくはない。
「可愛らしい名前ですね」
今の僕の頭で、即座に思いついた褒め言葉だった。
なんだかんだ、名前を褒められて嫌な気分になる人はいないと思う。
いくらそれが安直な言葉だったとしても、少なからず悪い気はしないはず——しかし、
「はぁ? どこが?」
なんだか様子がおかしいぞ。
彼女の反応は予想とかけ離れている。
「アイは狩る。ノエは獲物。獲物を狩る者って意味だよ」
振り返って剣呑とした目で僕を見るが、たしかに、そんな目にもなってしまう。
聞いて納得だし、意味を聞いてしまうと全く可愛くなかった。
「オヤジがつけたんだ。うちは狩猟を生業にしてるから、担ぎらしいよ」
子供の名前で験を担ぐというのが、良いか悪いかはともかくとして——娘に付ける名前ではないことはたしかだろう。
会ってから間もない関係ゆえ、なんとも反応に困るデリケートな問題だった。
「可愛くないだろ?」
「でも……僕は好きですけどね。音の響きが綺麗ですし」
自分でも驚いた。
自分の口から咄嗟に出たセリフとは思えないぐらい、良いことを言ってしまった気がする。
下手をすればアイノエは落ちているかも。
根拠はないが、それぐらいに自分の中では衝撃的なイケメン発言。
もしも、落ちてしまったらどうしようか。
とりあえず、腕に乗っているこのオッパイを揉む——
「あ、もう着くぞ。あそこ見ろ」
「……うん」
僕の個人的名台詞は、アイノエの心には全く響いてなかった。それどころか鼓膜にすら届いていなかったかもしれない。
アイノエの指差した先を見ると、果てしなく続くかのように思われた大草原はそこで途切れていた。
そこからは耕された広い畑が広がっている。その中には、民家が寄り集まっていくつかの集落を形成している。
「あれがわたしの村、『コロンバ』だ」
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