05話 ーテクニカル・ノックアウトー
和やかな雰囲気のキッド陣営とは対照的に赤コーナーのオグマ陣営は大きく影を落としていた。
「オグマさん、あせっちゃダメですよ。腹ですよ、腹。左で動きを止めて、腹」
リング下から身振り手振りでジャンは指示を出す。
だがオグマは視線を向けようともしない。
スネイルがオグマの顔を濡らしたタオルで拭う。
「少し傷も治療しておいた」
わずかばかりだが顔の腫れが小さくなったオグマの顔。
だがオグマは答えず、険しい表情を浮かべたままである。
レフェリーはリング中央に出てきたのを見て、スネイルはオグマにマウスピースを噛ませ、リング下に下がった。
「オグマ、あんなドブネズミなんかに負けんなよ!」
スネイルの激にオグマは応えない。
「ラスト・ラウンド!」
実況が響き、最終第3ラウンドが始まった。
3ラウンド目も2ラウンド後半と同じ流れが繰り返されるだけだった。
殴りかかるオグマと殴られるオグマ。オグマは何をやってもキッドにパンチを浴びるだけ。
キッドは向かってくるオグマにパンチを浴びせるだけの簡単な仕事だった。
「あのオグマがなんで……、なんでですか。剣も魔法もこなせるあの子がなんで……」
あまりの光景に来賓の一人がつぶやく。
「悪いけど、これが現実ですね。相手の子は基礎を叩きこまれてる。動きの基本を徹底的にね」
「オグマにボクシングとやらを教えたのはあなたでしょう、ゴンゾー会長! 今ならまだ選手も少ないからすぐトップをとれるってそそのかして」
「いくら教えたって、相手が教わる気が無いならどうしようもないでしょう。ねえフィストさん?」
悪びれもせずゴンゾーは答えた。
問いかけられたフィストの返答は無言。
「ボクシングってのはケンカじゃないんだ。相手を殴るために殴られないようにする技術。オグマくんはなまじ才があったばかりに、それを理解しようとしなかった。今日も試合だってのにウチのジムの人間ではなく自分の友達をセコンドにつけて、ね。そういうところです、この結果は。ご覧の通り基礎を叩きこまれたボクサーには通用しない」
それは来賓達にとってはゴンゾーの言い訳にしか聞こえない。
オグマの手数は減り、足を使った左だけのキッドにロープを背負いつつあった。
レフェリーの動きはただオグマへの注視、もはやいつ試合を止めるかの判断に入っていることが、ゴンゾーには見て取れた。
「なまじ才能がある子は難しいんです。怒鳴ればすぐやめちゃうし、かといって痛みを知らなければ強くはなれない。……相手の子はいいボクサーになりますよ。きっと教わったことしかやっていない。しかし、それでいてしっかりと相手の動きを観察し、反応してパンチを入れている。なかなかできることじゃない」
「あれは橋の下で暮らす泥棒まがいのドブネズミだぞ。貴族のオグマと比べるなんて」
別の来賓からも疑問の声が上がる。
「リングの上では泥棒だろうが貴族だろうが、貴賤は無い。誰もが平等、結果だけが全てだ。約束された勝利が欲しいのなら、最初からリングに上がる資格などない」
フィストの仮面の奥の瞳が光り、重い圧の声音が響いた。
「私はこんなもの、認めんぞ! 有望たる貴族の倅があんなドブネズミにいいようにされるなんて」
来賓の貴族の一人が席を蹴って立ち去った。
やれやれ。とゴンゾーは両手を上げた。
フィストはリング上のオグマとキッドから目を離さない。
リング上では逃げるオグマに追うキッド。
逃げても逃げてもオグマはキッドに回り込まれ、左でその顔面を打たれる。
避けても避けても当てられて、逃げて逃げても逃げ場がない。
よろよろとオグマはロープを背にする。
「キッド!」
リング下からバーツの呼びかけ。
キッドは横目でバーツと肩に乗っているネズミに視線を送り、うなづいた。
オグマの目にはもはや闘う意志は消え失せていた。
キッドは左を二発、三発と放ち、オグマの両腕のガードは力なくはじかれる。
そして、がら空きの顔面に右の拳をまっすぐに突き刺した。
オグマの顔が横を向く。そこにさらにパンチを浴びせようとするキッド。
「ストップ!」
だがそこにレフェリーが割って入り、オグマではなく殴りかからんとするキッドをその身体で制した。
「おい!」
キッドは割って入ったレフェリーに怒声をぶつける。
「お前の勝ちだ! もういい、試合終了だ!」
レフェリーはそのまま両手を頭上高く交差させる。それは試合終了の合図。
カンカンカンカンカンと、五回の試合終了のゴング。
「本日最終試合のオグマ選手とキッド選手の試合は最終3ラウンド1分48秒、キッド選手の加撃によるレフェリーの判断での試合終了、キッド選手の
そして、アナウンサーによる試合結果の告知が会場に響き渡った。
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