01話 ー四角い戦場ー
街の広場に建てられた、四本のロープで四方を囲まれた四角い台地。
その四角い
屋根もなく、陽の光が注ぎ込む中でそれぞれの両手に赤と青の手袋――グローブを身に着け、互いに殴り合う。
周りには群衆が集い、殴り合う二人の少年に歓声を飛ばしていた。
赤いグローブの少年の拳が、青の少年の顔面に直撃し、フラフラと青の少年はしりもちをついた。
カンカンカンと鐘が五回打ち鳴らされ、白い法衣の男が二人の間に割って入り、両手を交差する。
それと共にひときわ歓声が大きくなる。
――試合の決着である。
試合会場の隅に設置されている二つのテント。
入り口にはそれぞれ赤いのぼりと青いのぼりがあり、それがそれぞれのリングに上がる少年達の控え場所となっていた。
赤いのぼりは赤いグローブの選手、青いのぼりには青いグローブの選手が割り当てられ、それぞれリングに設置された赤と青のポール――赤コーナー、青コーナーからリングに入場していく。
「それでは残すところ、本日の催しもあと一試合になりました! ここでその前に本日は来賓としてなんと! 異世界からこの世界にボクシングを広めた創始者、フィスト・ナックル氏が会場においでいただいています! さあ、おいでください! フィスト・ナックル氏の入場です!」
黒い衣服をまとった司会――アナウンサーが拡声魔法のかかったロッドを手に会場の観客達に告知する。
来賓用に建てられた豪華なテントの奥から、全身に金で縁どられた純白の法衣を身にまとい、顔にいかつい仮面をつけた人間が、何人もの従者を引き連れて現れた。
リングの傍まで来たところで従者たちがフィスト・ナックルの周囲を取り囲み、手に持った魔法のロッドで風魔法の詠唱を始めた。
フィストの周囲をゆるやかに風が舞い、フィストの身体を持ち上げていく。そして、リング中央に降り立つフィスト。
アナウンサーが拡声魔法が込められているロッドをフィストに渡した。
「初めまして、みなさん。この度はこのようなボクシングの興行を開いていただき感謝いたします」
フィストの仮面を通して響く低い声が拡声ロッドを通して、周囲に響き渡った。
「始まったぜ、オグマさん」
テントの入り口の隙間からリングをのぞき込んでいるのは小太りのジャン。
「あれがボクシングをこの世界に広めた異世界人、ね。なんてヘンテコなカッコしてるんだか。おとぎ話の魔王でもしねえよ、あんなん」
スネイルは指でくるくると腕輪を回す。
「どうでもいいさ。異世界から来た人間なんか、所詮俺達とは頭の造りが違うのさ」
パンと薄く布を巻いた拳で手の平を叩くオグマ。
オグマも他の出場者と同じように上下の拳闘着を着用していた。
フィストの声がオグマ達の赤コーナー控えテントの中まで響いてくる。
スネイルはオグマの腕に、持っている腕輪をカシャンとはめ込む。
すると腕輪が赤く光り、手袋状の物体、グローブをオグマの両拳に形成した。
オグマは立ち上がり、両手のグローブを合わせる。
ボスっと弾力ある響きがテント内に響き渡った。
「それではみなさん、我が世界の代表たる格闘技――ボクシングのさらなる発展にご協力いただければ幸いです」
リング上でフィストの挨拶は終わり、再びフィストの周囲を風が舞い、従者達の風魔法がリングの傍らへとゆっくりとフィストを運んでゆく。
その様子を会場の隅で見ているのは、一匹の頭部から背中にかけてやぶれた傘のような縞模様のあるネズミ。
ネズミの首には小さいながらも刻印の施された金の首輪。
フィストが会場に設置されたテントの席に座るのを見届けて、ネズミは駆け出す。
駆け出した先は、青いのぼりの立っている青コーナー控えのテント。
入り口でさっきの試合で負けて顔が腫れあがった少年とすれ違う。
テントの奥には袖なしのシャツと膝上まである長めのパンツ――拳闘着を身に着けて椅子に座っている黒髪の少年、キッド。
ネズミはキッドの前で立ち止まり、顔を見上げる。
「いよいよ、だね」
栗色の髪を後ろで束ねた丸顔の小柄な少女が声をかけてくる。
少女はジョーの両手首に腕輪を巻くと、ジョーの両手に淡い光とともに青いグローブが装着された。
「さあ、いきましょう、キッド、マロン」
二人の名前を口にして、杖を手に立ちあがる長いコートの青年。
「はい、バーツ様」
マロンは立ち上がって、バーツと呼んだ青年に笑顔で答え、ほらいこうよ。とキッドに立ち上がるよう促す。
ネズミは器用にキッドの身体を伝ってのぼり、肩に位置取った。
そして、キッドに顔を近づけ、鼻をひくひくさせた。
「……ああ、いこうか」
キッドは不敵な笑みを浮かべて、椅子から立ち上がった。
「さあ、本日の最終試合、メインイベント3ラウンド。オグマ選手、キッド選手の入場です! 皆さん、拍手でお迎えください!」
テントの中にも、リング中央から司会の声が響いてくる。
ネズミを肩に乗せたキッドと丸顔の少女マロン、そして厚手のコートをまとい、杖をついて歩く青年バーツの三人はテントを出て、リングに向かうのだった。
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