59

 新学期突入とあって、心を入れ替えて張り切っていこう。


 そんな気持ちも、一週間あれば吹き飛ぶというもの。


 なにせ、担任もクラスのメンバーも変わり映えがしないので。


 受験を本格的に意識して、いささかクラスの空気がピリついているところがあるけども。


「なぁ」

「どうした宮崎」

「自分の性癖を歪められるほど、心地よいことはないな」

「なるほど、ついに新境地に達してしまったか」


 放課後、暇になった時間帯。


 宮崎は、これまでの発言を越えた、頭のおかしい発言をした。


「だから拓也。お前にとって、ヤンデレは地雷かもしれん。しかし、じっくり向き合ってみれば、意外と好きになれるかもしれんぞ!」


 もう何年も向き合ってるんだよな……。


 まったく気持ちが変わっているわけではない。


 ゆえに、宮崎の意見を完全に否定することなど、できやしなかった。


「ヤンデレ堕ちは勘弁ってもんだ。不幸にも程がある」

「待て拓也。逆にな、俺は幸せなんじゃないか? ヤンデレはヤンデレを発揮したいわけだ。受け入れてくれる人がいることが、なによりの幸せなんだよ!」


 たまにはいいこというじゃないか。


 お前が主人公に変わっても、まったく問題ないと思うぜ。


「やけに詳しいな」

「主にオトナなゲームによると……ってことらしい」

「一気に薄っぺらくなったな」


 まあいい。


 引用元がなんであれ、ヤンデレに対する造詣が深い方のお言葉を賜ったわけだ。頭の片隅にでも残しておこう。


 その内容が、実際のところ、正しいかどうかはスルーしておく。


「俺からいえることはこんくらいだ!」

「最近、宮崎が妙に親切で奇妙だな」

「そうか?」

「彼女がいる男の余裕ってか」

「はっ? いねーし! なにいってんだよ! おいおいっ!」


 宮崎は、おそらく99%の確率で、マイマイ様と付き合っている。


 大っぴらにはしていないが、恋愛に疎い僕にもバレバレのデレデレ具合。嫌気がさしているクラスの男子も、すくなからずいよう。


「まあいいか。ともかく、お幸せに。んじゃ、きょうはこの辺で」

「いってろ! じゃあな!」


 新学期もそこそこ慣れ始め、あっという間に四月も下旬にさしかかっている。


 この時期になると、なにが待ち構えているのか。


 大型連休――通称、ゴールデンウィークである!


 今年は、ただのゴールデンウィークではない。


 なぜなら……。


 これを語るには、芽里から送られたメッセージを振り返らねばならない。


『お兄ちゃん! 浅葉ちゃんと芹沢ちゃんがこっち来るって!』


 このメールが届いたのは、つい数日前。外出中のことだった。


 結局のところ、我が家でふたり暮らしを余儀なくされている我が妹・芽里は。


 ヤンデレを勉強に昇華できていた時代から、ヤンデレ全盛期へと、進むべき方向を完全に間違えつつある。


 あかねほど積極的ではないとはいえ、僕の精神をじわじわ削るヤンデレっぷりを発揮している次第である。


 その流れなのだろうか。


 かつてのヤンデレガールズを集結させるとは!


 ダメだ、色々面倒なことになる――そういったものの、情報を聞きつけたあかねが僕を説得した。


 僕がイヤイヤと訴えたら、あちらは口を塞いできた。


 溶かされた僕に思考の余地は残されておらず、「家族の友達のためだからオッケー」と軽い気持ちでいってしまった。


 バッチリ録音されたものだから、冷静になってから反論しても聞き入れられず。


『時期はゴールデンウィークで確定ね!』


 こうなってしまえばもう終わりだ。


 悪夢の再来だ。


 ヤンデレの侵食を、またしても僕は、防げなかったということらしい。


「くそ、どうすれば……」


 色々な策を頭の中で講じていたが。所詮、机上の空論を並べるに終始するだけのこと。


 まったく意味がなかった。


 もう新幹線のチケットも取られているようだし。


 しかも、通販サイトで頼んだ寝袋が、本日到着するとのこと。準備は着々と進んでいたのだ。


 もはや諦めるしかない状況に陥り、やや吹っ切れていた僕は、帰宅時間最速をめちゃくちゃ縮めることに成功した。


「ただいまっ」

「おかえり、お兄ちゃん♡ きょうも体つきがやらしいね!」

「僕の妹はそんなこといわないしなによりまだあいつは部活の仮入部で学校にいるはずでさらに我が家に勝手に上がり込んでいるということは……あかねだなさては」

「ビンゴ!」


 勝手に妹の服を着ているあかねがいた。別にこんなこと、最近では日常茶飯事になっている。


 合鍵を勝手に作る方が、よっぽどやばいし怒るべきなのだが、怒ってもノーダメージそうだから、怒っていない。


「家に帰るのが僕より早いってどういうことよ」

「だってだって、たっくんの元カノとあした会えるんでしょ?」

「元カノちゃうわ。中学の同級生だ」

「キスした女はみな彼女として幸せする義務がたっくんにはあると思うよ?」

「もしや、あかねは、複数婚賛成派か?」

「もちろんだよ。たっくんがそれで幸せならね」


 芽里や浅葉、芹沢なんかは真逆だろう。


「何人いたって、たっくんの中の一番をキープし続ける自信があるんだもん」

「だいぶ自己評価が高いらしいな」

「私は謙虚な人間だよ? 私よりかわいい人なんて、両手両足の指の本数に収まる程度になる予定だからね」

「人類を女性を大幅に削減する、みたいな血に塗れたSFチックな夢でも抱いてる?」

「どうかな? それが正しいか否かはさておきさ。キスで女の子を堕とせるなんて、SFみたいな能力だよね」

「SFの能力か。SFだろうとなんだろうと。僕は物語のキャラのように、器用に生きられた自信はさらさらないよ」

「器用に生きられなくても、私はいいと思うよ? こうしてたっくんと話せる時間が、幸せだから」

「幸せ、か……」


 幸せ、という言葉に反応してしまった。


 僕は今後。どうすれば幸せになれるか。


 そして、周りの人を、どう幸せにしていけるのか。


「まっ、とにかく私はあしたが楽しみで仕方ないけど、たっくんを独占できるこの数時間を、無駄にしたくないからさ」

「なにするつもりだ」

「一緒にお風呂でも、入る?」

「知ってるぞ。勢いで一線超えるつもりだろ?」

「よくわかってる♡」

「冗談は大概にしておけよ」

「待って。貞操帯さえつければ、間違いを犯すことなく、全裸でお風呂に入れるんじゃないかな……?」


 もはや話が脱線しまくって意味わかんないことになっていた。


 要するに、あかねは、あしたから訪れる女子勢全員集合に対して。


 期待と不安とが入り混じった感情を抱いていたのだ。


 むろん、僕も似たような感情を抱いていた――。


 全員集合となれば、すべてが終わる心地がして、いささかセンチメンタル拓也になっていた。

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