入学式で芽里がスピーチ。お前も、お前も、お前も、また同じクラスになった。

 我々学生にとって、心が晴れやかになる瞬間はいつか。


 年に何回かは、各々の中で、そんな瞬間があると思うが。


 おそらく、新学期初日というのが、多くの人の中で挙げられると思う。


 本日は、我が妹・芽里の入学式、そして僕らの始業式だ。


 通常の学校なら、入学式と始業式がわけられているところもすくなくない。


 が、時間をずらすことで一日でまとめてしまおうという、いわば学校の怠惰とも取れる策略がここにはあった。


「春の桜が――」


 本日は、四月上旬某日。


 我が校の入学式&始業式の日である。


 先におこなわれるのが入学式だ。


 僕はいま、芽里の保護者として、入学式に参加している。在校生が保護者というパワーワードが誕生している気がするが、今回はスルーさせていただきたい。


「上級生のみなさんと過ごす日々を――」


 なぜ、僕が保護者として参加しているのか?


 それは。


「……以上をもちまして、新入生の挨拶とさせていただきます。新入生代表、前野芽里」


 発表を終え、新入生代表が一礼すると、温かい拍手が送られた。


 そう。


 我が妹が、なぜか新入生代表のスピーチを任されていたのだ。


 こういうのは、おおよそ入学試験で学年トップだった人がその大役を仰せつかるというものだ。


 勉強大嫌い人間たる芽里が、本気を出して勉強をしたとはいえ、トップ入学なんてありえないだろう!


 そう思っていた僕に、芽里は前日になって「新入生代表スピーチやるんだ」と話してきた。


 いわく、勉学以外の実績がとても素晴らしいうえに、わざわざ他県から受験してくれたのが芽里であったわけで。入試の成績も、著しく悪いということもなく……。


 ともかく、非常に特殊なケースの生徒とあって。


 ぜひ、スピーチをお願いしたいという、特例中の特例がなされたわけだ。


「懐かしいわね、新入生代表スピーチ」

「懐かしい?」

「たっくん、私がスピーチしたこと、覚えてないの?」

「あいにく、当時の僕は、睡魔というものと仲睦まじい関係を構築していたんでね」

「私の話が退屈だったっていいたいの? 嘘だよね? あとでひと晩中さ、呪詛でも囁かれたい?」

「あかねの話、僕は大好きだ! だから、いまは静かにしてくれ。声でなく動きの方をな」


 こくりとあかねはうなずいた。


 なぜか入学式に紛れているあかねであるが、彼女の場合、学校直々に参加してほしいとのお声がかかったのである。


 僕は、妹が出るから突如参加が決まった人間であるからか。


 何人かの先生方から、不審であるとアッピールするような視線を送られた。誠に不愉快だった。


 そんなことはどうでもいい。


 ともかく、作為的とも思われる運命の働きにより、三人はまたしても、この日この時この場所でみんな会ったのだ。


 在校生からの参加者は、他にもいる。同級生のみならず、後輩も、だ。


 そんな状況であるのもお構いなしに、僕にちょっかいをかけ続けているあかね。


 この光景に、温かい視線を送る生徒もいたが、多くは、嫉妬やら殺意やらを含意したものだったといえる。


「あかね、もうちょい我慢だ」

「むーり♡」


 いちおう、入学式は儀式。新入生がメインとあって、僕らがイチャイチャして会の雰囲気をぶち壊してはいけない。


 よって、あかねのいちゃつきは、いつもよりかは抑えられていた。


 しかし、たとえ来校した保護者の方や新入生に見られずとも。


 近くにいる在校生には丸わかりである。


「見せつけるような真似をするな。変なウワサが広まるぞ」

「たっくんと睡魔より仲睦まじいって、変なことかな? むしろ地球人としての誇りだよ?」

「過言だ」


 もはや、彼女は周りを気にすることが激減するだろう。主に僕のせいで。


 これにより、僕への締め付けがおこなわれても仕方ない。


 あかね狙いは、我が校に何人いるか知れたものではない。そいつらを敵に回したのだ。平穏な学園ライフは、もう終わったと思っていいだろう。


 他責思考を働かせるとしたら、いまになって後悔しているのは、春休みのせいだ。


 イチャイチャするだけの生活、クラスメイトに気を遣わなくていい日々。


 その勢いのままでいたら、やばいのは当然。自然の摂理だった。


 静かなスキンシップが不定期になされつつも、形としては無事に、入学式は終了となった。


「芽里、お疲れ!」

「よかったよ、芽里ちゃん」


 体育館の外に出た後、芽里を捕まえた。


「お兄ちゃん、来てくれてありがとう! 私、うまくいえてた?」

「もちろんだ。さすがは前野ファミリーの一員だよ」

「へへ。お兄ちゃんには負けるよ」

「いってもなんも出ないぞ?」

「じゃあ、お兄ちゃん、じゃあね!」


 教室で初めてのホームルームがあるやらなにやらで、もう芽里は昇降口の方へと吸い込まれてしまった。


 なんと、あかねの存在は完全無視だった。幽霊と同等じゃないか。


「むむむむむ」

「うちの不肖の妹がすみません」

「いいの。家族で連帯責任として、呪いの経二時間の刑で許してあげる」

「んなASMRあってたまるか!」


 さて、それからやや時間を挟んで。


 始業式。


 一瞬だ。語るまでもなかった。


 なお、クラスの構成としては。


 網島組――相海ことマイマイ様、宮崎、篠崎ことあかね、前野こと僕。


 このメンツは、全員同じクラスだった。よかったよかった。


 余談だが、担任も持ち上がりである。ゆえに、さして変わり映えのしない光景というものだった。


 受験学年だ気合い入れろ云々の長話が終わると、ありがたいことに、担任は僕らに自由時間を与えてくださった。


 さっそく網島組で集まる。


「おっ、拓也垢抜けたんじゃないか?」

「それをお前がいうか?」


 宮崎は、やや地味目というか、さして目立たないタイプだったはずが。


 春休みを経て、遅めの新学期デビューだ。新三年の春だぞ。


 おそらく、マイマイ様の影響が大きいと思われる。


 翻ってマイマイ様は、派手だったピンク髪を黒髪に戻していてビックリしたよ。


 ちょっとツンツン具合も減って、なにやら宮崎にはデレたところを見せるようになっている。


 よくやったな宮崎。


 こちとら、完全に舵を切る方向を間違えてしまったぞ!


「あかしー、春休みの間にさ」

「なに?」

「料理以外の用途で包丁、使った?」


 間接的な表現ではあるが、要は「お前人をコロコロしたんか?」ってことだ。


 うん。


 取り憑かれちゃってる感じがね、ときおり瞳に現れるんだ。それが、尋常ならざらぬ人間のオーラを醸し出しまくってる。


「言葉の包丁は使ったかも」

「規則正しい生活して、困ったら相談してね! マジで!」


 精神の心配をしてくれている。色々誤解がありそうだが、解くわけにもいくまい。


 変わらなかったようで、変化した新学期が。


 いま、始まる。

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