ジェットコースターに乗り、そして疲れる。嫌な偶然とは、これのこと。

 口の中に、甘いものを含んでいると気づいた。


 なぜだ、僕はお化け屋敷にいたはずだが……。


「……大丈夫?」

「あれ、なにがどうなって」


 正気を取り戻した僕は、現在の状況を振り返る。お化け屋敷に出て、近くの店でちょっとしたお菓子を買って、ベンチで食べていた。


 ちゃんとした実感はないが、記憶としては残っているから、そういうことなのだろう。


 他人の人格を乗っ取ったときに、乗っ取り先の記憶が流れてくる感じ、というところか。


 ともかく、記憶はあるが、それは実感を伴っていないものだったのである。


「だいぶげっそりしてたよ! もう、無理しないで、っていったのに」

「まさかここまでとは、ちょっと想定外だった」

「楽しみに来てるのに、体調崩しちゃったら意味ないでしょ?」

「だな」

「この先も気をつけてね、もう……」


 白目でも剥いてたんだろうかな。昔の浅葉のように。だとしたら、ちょっと恥ずかしいものだ。


「浅葉も気絶するなよ」

「やくたがいえたセリフじゃないでしょ」

「まあな」

「さっきやくたがやらかしたから、かなり警戒心は強めなはず。心配御無用だよ」

「その言葉、信頼するぞ」

「ほんと大丈夫だよ! 同じてつを踏むほど、私は馬鹿じゃないもん」

「さて、どうだろうな」


 なんなの? と若干キレ気味に返されたが、当然といえば当然だろう。


 かなり煽ってしまった。


 ただな、浅葉は、過去に一度気絶しているのだ。またやられたらたまったもんじゃない。いまの浅葉の白目なんて、見たいものではない。


 いつの間にか食べていた、お菓子。残りわずかである。ゆっくり味わうようにして、完食。


「落ち着いた?」

「オールオッケーだ」

「よし、いこう」

「おう」



 次に向かったのは、メリーゴーランドである。


 回るだけでなにが楽しいんだ、という考えもあるだろうが(宮崎は『回るだけならひとりでグルグルバットでもしとけ!』という暴言を残している)。


 上下に揺れたり、景色が変わったり、童心に戻れたり。


 いいことは、たくさんあるのだ。だから宮崎、軽々とモノを蔑んではいけない。


 僕とメリーゴーランドといえば。小さい頃、浅葉と一緒に乗って楽しかった、という記憶がある。


 その記憶は僕も浅葉も持ち合わせていて、過去の思い出の跡をなぞろう、という趣旨で、行くことにしたのだった。


 率直にいってしまえば、実際に乗ってみたところ、期待以上のものはなかった。


 初めから終わりまで、意外とすぐに終わってしまい。昔と同じように楽しめる、というものでもなく。


 すくなくとも、昔の美しい記憶が蘇ったという点では、素晴らしいアトラクションだった。


「ちょっと酔ったかも……」

「お手洗いでもいくか?」

「いや、すこーし休めば落ち着くと思う」

「これじゃジェットコースターはどうなっちゃうんだよ」

「……そういうこと、いわない」

「了解」


 浅葉も、ちょっとはジェットコースターに対する不安を抱いていよう。


 メリーゴーランドでさえグレーというなら、いわんやメリーゴーランドをや、というものである。


 僕を強くいさめた手前、「ジェットコースター、厳しいかも……」と引くのは難しいのかもしれない。


 ただ、ちょっと不安ではある。意地を張っていいことはないのだ。そう経験者は語る。



 メリーゴーランドの次は、観覧車だ。


 ここまで見てわかる通り、激しいアトラクションは避けている。


 ああいう激しいやつは、耐性がある人じゃないと、ガンガン乗るなど不可能な代物である。


 なかなか遊園地・テーマパークと縁がない、つまり、都会とはさして縁のない僕らには、ゆるゆる遊園地計画で精一杯なのだ。


 乗り込み、係員の人に扉を閉められ。観覧車が、動き出す。


「うわ〜! 結構見えるね」


 窓に張り付くようにしつつ、浅葉は視線を巡らせる。


「ほんとだ」

「なかなかさ、こう、360°を高いとこから見渡すって、なかなかできないじゃん」

「ああ」

「だから、想像以上に楽しいかも」

「よかったよ。僕のセレクトだったし、微妙と思われても仕方ないところだったし」


 浅葉の発言のように、高いところから、視点が動きつつ360°見渡せるというのは、僕にとっても面白いものであった。


 知らない景色を見渡す、というだけで面白い。変わる視点が愛おしい。特別な空間という感じが素晴らしい。


「……ふぅ。かなり、よかったね。予想を越えてきたね!」


 観覧車から降りて、第一声がそれだった。


「何年浅葉の幼馴染やってると思ってる?」

「よっ、さすが幼馴染!」

「褒めたまえ、褒めたまえ」

「よっ、天下一の男! お化け屋敷で気絶する男!」

「最後のはいらんでしょ」

「最後のが最重要事項っ」


 そんなこんなで、残りのアトラクションをいくつか巡り。


 いよいよ、混み具合が緩和されたジェットコースターに、挑戦するとき。


「いいんだな、逃げなくていいんだな」

「このために来たといっても過言じゃないんだよ? やめる理由なんてどこにもない」

「その言葉、しかと聞いた。気絶したら罰金な」

「罰金なんて大袈裟だよ! 余裕、余裕!」


 あくまで「できるだろう」という姿勢を崩さない。そこに、さっきの僕に似た危うさが秘められている。


「……」

「そろそろだぞ」

「……うん」


 待機列が進むごとに、浅葉はわかりやすく緊張を露わにしていった。動きが不自然なのだ。いまにも犯罪に手を染めようとする人間のように、挙動が怪しい。


 コースターが定位置に帰ってくる。あの長旅を終えた、多種多様な表情を浮かべた人々の姿が目に映る。彼らが席を立つ。これが、僕らの乗るコースターか。


 次の方、どうぞ! との係員の声を受けて、僕らは乗り込む。むろん、隣の席だ。ベルトをつけ、安全装置を下ろして、そのときを待つ。


 浅葉は、ここに来て冷静になった。ようやく落ち着いたか。やるじゃないか……。


「それでは、出発進行♫」


 係員の声とともに、コースターが動き出す。


 ここから先は、一瞬だった。物理法則に反するような(反してはいないが)自由自在な動きに、もう冷静沈着な思考など保てるはずもなく。


 ただ荒れ狂うコースターに身を任せ、一周し終わるときを、いまかいまかと待ち望んでいた。


「お疲れ様でした〜」


 長いような、短いような時間を経て。


「……」

「……」


 なにもものをいえぬまま、コースターから降りた。


「どうだった」


 近くのベンチに腰掛け。浅葉が落ち着いたのを見計らい、僕は問うた。


「無理。二度と乗んない、ジェットコースター」


 僕はうん、と深くうなずく。


 激しく後悔する女がひとり。同様に、過去の自分を恨む男がひとり。


 未来の自分に期待しすぎるのはよくない、そして、自身の力量を弁えない人間は痛い目に遭う。


 それが、今回の反省だった。


 このまま遊園地デート(?)が無事に終わってくれれば、ちょっと失敗したね、で済んだはずだ。


 しかし。


 そうはならない。


 キスの女神は、僕を容赦なく痛めつける。


「帰るか」

「そうね! さっさと帰っちゃおう、こんなとこ」

「せいぜいお土産は買うか」

「さんせー」


 いって、入り口近くのお土産店の自動ドアをくぐった。


「えっ」

「……どう、して?」


 入ってすぐの、菓子折りが並ぶコーナー。


 そこで菓子折りを物色していたのは。


「たっくん?」

「あかねさん?」


 あかねさん。


 つまり、篠崎茜だった――。




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