拓也が恐れるのはお化け屋敷。数年ぶりに悲鳴が上がる。
浅葉とのお出かけなんてものは、実に手慣れたもののはずだった。
小さい頃は、異性だとか関係なしによく遊んだものだし、家族ぐるみの付き合いでお泊り会なんてものもやった。
それを思えば、僕の家に泊まるなんてことも考えられたかもしれないが。
中学生を過ぎれば、互いをある程度は異性として見做すようになって。軽々しく交流するわけにもいかなくなった。
そういう経緯もあったせいか。
「……」
「……」
オムライスを食べ終わり、退店してから。ちょくちょく気まずい空気が流れることもあった。
二年も経てば、置かれている状況は変わる。考え方も変わる。距離感だって変わる。
幼馴染であり友達でもあるはずなのに、すぐに前のようには関わることができなかった。
「とにかく、きょうは楽しんでいこう! 辛気臭い顔しないでさ!」
「だな! 元気、大事だもんな!」
目指すは遊園地である。
僕のいる県に浅葉が来た。それは構わないのだが……。
近隣でふたりで動いていると、同級生に目撃されかねない。後で始末をつけるのが大変だ。
なので、これまたやや遠くの遊園地を選んだ。地元から遊園地までは、僕の現在住んでいる地域、その駅を経由する。
僕のいま住んでいる地域をじっくり巡るというのが、本来ならよかったとは思うものの。
浅葉の本題は、僕と会うことにあるはずだ。だから、これでいいと自分にいい聞かせた。
「なかなかこういう機会じゃないと、遊園地なんていかないな~」
「遠いもんな」
「お金もかかるし、高校生にはちょっと厳しいもんね! 私のところはバイト禁止なんだもん」
「うんうん」
僕はうなずく。
あかねさんとかはフットワークが軽そうだし、家も太そうだから、ハイペースで遊園地とか行きそうだよな。あくまで偏見ではあるが。
「もう駅だね~」
「時間、大丈夫か」
「全然余裕あるからオッケー!」
駅から電車に乗り、でかい駅で何度か乗り換えて。
「……いよいよか」
「やくたは楽しみ?」
「もちろん」
「よかった! 私が行きたいってゴリ押したから、ちょっと不安だったんだ」
「さっきからずっと、脳内ジェットコースターやってる」
「奇遇だね! 私も妄想膨らませてた」
絶叫系は大好きだ。
乗る直前になって、「やっぱ無理」とうじうじするのだが、乗ってしまえば楽しさマックスである。
つまるところ、乗る前のハラハラ感と、乗った後の高揚感のギャップが、たまらない。
「気絶するなよ」
「私だって昔のままじゃないもん!!」
遊園地かどこか忘れたが。浅葉は、あるアトラクションに乗った後、気絶したことがある。白目を剥いた人間を、目撃するのは、これが最初だった。
「どうだろうな」
「女神様仏様浅葉様に任せておきなさい!」
「おっ、これは期待大だな」
最寄駅から遊園地までの入場口までは、さして遠くなかった。
入り口を目前にして、浅葉は僕の分のチケットをバッグから取り出す。
「サンキュー」
「忘れてたけど、料金はあとで払ってね。いまはいいけどね」
「覚えておく」
浅葉がチケットの予約などの細かい作業をやっておいてくれた。代わりに僕は、乗るアトラクションの計画を立てた。
電車の時間諸々を考えると、日が暮れるくらいには帰っておきたいとのこと。すべてのアトラクションに乗る、というのは、時間の制約的に厳しい。
だから、お互いに絶対譲れないアトラクションを中心に、予定を組んだ。
「よし、ジェットコースターいくか」
「正気? 初っ端からアクセル全開すぎないかな?」
「さっきまでの威勢はどこへやら」
「……なんでもない」
意地を張っているな。
結局のところ、ジェットコースターはかなり混雑していたので、いったん後回しとした。
「すぐ乗れそうになくて残念ね」
「最後のお楽しみだな」
口に出してはいわないが、浅葉は明らかにひと安心、といった様子だった。
「んじゃ、2番目に予定してたお化け屋敷だな」
「いこ!」
「乗り気だな」
「私がいきたいっていったわけだしね!」
お化け屋敷か。
浅葉は霊的なものを信じないタイプである。ゆえに、お化け屋敷を怖がることなく楽しめる。
僕は、「もしかしてホンモノの幽霊がいるんじゃ……」などと笑止千万な考えに支配されがちであるから、お化け屋敷は恐怖でしかない。
入り口でもらった地図と照らし合わせながら進む。辺りを見渡してみると、制服を着ている学生が目につく。考えることは同じ、ということか。
「ここだね! お化け屋敷!」
「うわっ、本格的」
看板からして、入っちゃいけないと本能に訴えかける雰囲気がある。中からの悲鳴が、僕の恐怖心をかき立てる。
引くなら、いましかない。ちょっと想定外だった。調べたところでは「楽勝っしょ」と踏んでいたが、実際にお化け屋敷を前にすると、全然違う。
くそ、ネットユーザーめ、騙したな!
いや、勝手に勘違いした僕が完全に悪い。
「大丈夫か、浅葉? ブルブル震えてるんじゃないか?」
「震えてるのはやくたの方だよ」
「ま、まさか」
「ほら」
浅葉が手のひらを出してきた。そこに、手を置く。犬の“お手”のように。
「ほんとだー」
とんでもなく震えてる。たとえるなら、極寒の地に薄着で来てしまったってくらいに。
「やめるならいましかないよ、やくたくん?」
「いや浅葉、僕はいくんだ男だし」
時代錯誤かもしれないが、そんなの知ったことか。
浅葉をリードできない男の幼馴染など、生き恥を晒すようなものではないか。
僕は覚悟を決めた。このお化け屋敷で、僕は隠された超絶クールな一面を披歴してやる――。
「順番、きたな」
「やくた、いくんだね?」
「もちろん」
やや待った末、ようやく迎えた入り口。
覚悟は決まっている。
たかがお化け屋敷ではないか。恐れることがあるとでもいうのか?
いいや、ない。
どんとこい。僕を誰だと思っている? 異能力者の拓也様だぞ!
さあ、どんな異形でもかかってこ
「うぎゃああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」
はい! ダメでした! めっちゃ怖い! なにこれ?
入ってすぐ、最初に出会った幽霊に大声をあげてしまった。
「ねえ、そんな叫ぶこと?」
「いや、これはさ、喜びの雄叫びだよ」
「幽霊役の人も若干引いてたよ」
「……気をつける」
口では強気な僕だったが、異形に出会うたびに大袈裟ともいえるリアクションを取ってしまった。
しかし、これは仕方がないことなのである。体が勝手に過剰反応しているだけなのだ。別に怖くないもん!
「私がリードしようか?」
「そんな、浅葉に手間かけさせられない」
「この中で気絶でもされたら困るし」
「……頼んだ」
浅葉にリードされるように、お化け屋敷を抜けていった。
出口をくぐり抜けたとき、浅葉は目をキラキラ輝かせていた。
恐らく僕は、死んだ魚のような目をしていたであろう。
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