第二章 ヤンデレたちがやってくる

妹の脅迫に、心が折れる。拓也は幼馴染に出会う。

 時の流れというのは残酷だ。


 先々の予定に対して、「まだ時間あるし、大丈夫っしょ!」という評価を下そうとも、“その日”――つまり、予定のある日。これは、着々と近づいてくる。


 誰ひとりとして、時間という名の法則に逆らうことはできない。


 いよいよ”その日”を迎えても、実感というものはわかない。終わってしまえば熱さを忘れる。なんだったのだろうか、と冷静に自分を見つめられるようになる。


 これをぐるぐる繰り返されるのが、僕の人生なのかもしれないな――。


「ねえ、やくた? 聞いてる?」

「悪い、ちょいとばかし考え事をしてた」

「ほんっと相変わらずなんだからさっ!」

「あはは」


 春休み初日。迎えた土曜日、朝と昼の狭間。


 場所は、みんなでオムライスを食べた店。


 そこで、僕はある女性と食事をしている。


「ほんっと、小さい頃から変わらないものだよね」

「幼馴染だから、やっぱよくわかってるな」

「まーね!」


 快活で飾らない、運動部系女子。


 名前は、浅葉あさば楓花ふうか


 僕の幼馴染である。




 □■□■□




 妹と宮崎からの電話により、僕の心はズタズタに引き裂かれた。約一週間前にあたる出来事だ。これは記憶としては新しい部類だろう。寝耳に水、という言葉を使うに値する案件だった。


 だが、そこから元ヤンデレ幼馴染との再会、略して元ヤンとの邂逅かいこうというのは、あまりにも飛躍がある。


 ここに至るまでの経緯を振り返っていこう。


 電話を受けた金曜日、さすがに僕は沈んだ。現実から目を逸らす。そのために、いったん寝てみることにした。


 起きたら夕方。ここで、ふたりからの電話の意味を、ふたたび噛みしめた。


 ――かなり、大変なことになっている。


 焦った。だいぶ焦った。もはや気が気じゃなかった。深呼吸でもしたら気が紛れて、現実と向き合う気になれた。


 ここからが、怒涛の勢いだった。


 次の日、芽里からメッセージが届いた。


『浅葉さんが会いたいって! いいよね?』


 アイツには申し訳ないが、ダメに決まっている。ヤンデレガールズの三人の中では、比較的穏やかな方ではあった。


 だが、ヤンデレであったという事実は、消せない。一度失った信用を取り戻すのは、容易なことではない。


『だめだ』

『えー、ひどいよ』

『だめなもんはだめだ』


 押し切ろうと思ったのだが。


『じゃあ、この写真、篠崎さんに送っていい?』


 添付された写真を開く。


 それは、浅葉が僕を押し倒している(ように見える)一枚。


 浅葉のヤンデレ度数がピークに達していた頃。暴走して、浅葉は僕に跨った。その様子を、芽里は撮っていた。


 こんな写真をあかねさんに見られてしまえば。かなり厳しい状況に置かれるだろう。


『兄を脅すのか?』

『浅葉さんのお願いだもん。ときには、盟友との絆を家族の絆以上に重視することもあるんだよ』

『うーん……』


 逡巡しゅんじゅんの末、僕は折れた。


『いいよ』


 と半ば許せない気持ちで、メッセージを送った。


 いくら相手が兄だからといって、写真で脅すなど、倫理観のかけらもない。芽里は、人の風上にも置けない奴だったようだ。


『浅葉さんに伝えておくね! 詳細はふたりでやりとりしてね!』


 せっかく県外まで越してきたというのに、幼馴染のアイツと会うとは。


 思うに、時期が悪かった。この、三月という時期が。


 地元の方では、メッセージを送った日付の時点で、すでに春休みに突入していたらしい。僕の高校も、春休みは目前だ。


 会うハードルというのは、かなり低くなっている。


 卒業シーズンともなれば、友人とテーマパーク――そのために県外に行くなんてのもざらだ。


 いまや、東京から大阪まで新幹線で、ものの数時間。物理的距離など、昔ほどは意味をなさない。


 ともかく、浅葉と会うことになった。芽里や元転校生の芹澤は、スケジュールの関係で来ないらしい。


 予定としては、一泊二日。


 僕と会って、ちょっと出かける。一日目は軽く。二日目はやや重め。泊まるのは、さすがに我が家じゃない。ホテルらしい。


 あかねさんがうちに泊まったのがイレギュラーだっただけで。ふつうは、女子を軽々と泊めることはしない。


 そして迎えた、一日目。


 出会ったのは午後。ホテルのチェックインやら食事の時間を考えれば、できることは限られる。結局のところ、食事をしながらの思い出話に終始した。


 浅葉は、相変わらずの性格だった。明るく楽しく元気よく、この言葉がよく似合う。


 こちらの近況報告。さすがにあかねさんの話を大々的に押し出すわけにはいかない。浅葉の嫉妬心ジェラシーを刺激しては、危険極まりない。


 話している分には、かつてヤンデレであることを忘れてしまいそうだった。


「ちゃんと部活、頑張ってるんだ! これがメダル!」

「すげー」

「かっこいいでしょ?」


 昔からの勤勉さはそのままだった。より成長した浅葉を見ることができた。


 自分はどう変わったか、と考えると、浅葉ほどの成長が見られず、いささか悲しい気持ちになった……。




 □■□■□




「……やくたは高校出たらどうするの?」


 時は現在まで進む。ブランチとしてオムライスを食べながら、僕らは話している。


「大学進学かな」

「私も! ねえ、どこどこ?」

「まだ決まってないんだよな」

「候補くらいあるんじゃない?」

「私立か国公立かも考えてないしな」


 半分、嘘だ。


 浅葉に対してペラペラと志望校(予定)を伝えでもしたら。浅葉は、僕と同じ大学を受験しかねない。芽里が僕の背中を追って、同じ高校に合格したように。


 きのう、そしてきょう、浅葉と会った。これだけでも多大なリスクを負っているではないか。これ以上、傷を広げることもない。


「そっか……決まったら教えてね! 興味本位だけど!」

「気が向いたらな」

「淡白な返事は昔からだよね〜」

「浅葉がいるだけでな、充分“正のオーラ”で満ち満ちているんだ」

「だから僕はいいやって? やっぱり、やくたらしいね」


 かもしれないな。


 そういえば、自然にやくた呼びが馴染んでいたが。やくたと呼ぶのは、浅葉くらいしかいないな。


 懐かしい呼び名だ。ヤンデレを知らなかった時代に戻りたい、と何度思ったことか! 


 ある程度昔のことを思い出そうとすると、ヤンデレへの不満もセットでついてまわる。やめてほしいものだ。


「やくたらしい、か。じゃ、僕はご馳走様」

「私も〜」


 オムライスを食べ終わり、水を飲んで、すこし休み。


「……よし、出かけるか」

「うん!」


 今回の支払いも、「安くするわよ〜」といってくれたが、断った。その代わりに、浅葉のことをマイマイ様たちに公言しないことを条件とした。口止め料のようなものである。


 飯を食うならチェーン店でもよかったが、この時期、同級生に目撃される率が高い。


 あまりお客さんのいない時間を見計らっての入店。こちらの方が、目撃されるリスクは低いと考えた。おばさんの口の堅さを信頼して……。

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