扉の先にいるのはあかねさん。修羅場タイムが始まる。
数週間前、マイマイ様とスマホ落下ゲームをしていた。これが目撃され、話がこじれた。修羅場が形成されたことは記憶に新しい。
しかし、あのときの修羅場は、所詮はただの茶番であった。
いま置かれている状況は、茶番のひとことで片付けられるものではない。
「たっくん、ともかくさ、ゆっくりお話ししようか」
「あはは」
あかねさんも、浅葉も。両者とも、笑ってはいるが。目の中では、怒りの炎がめらめらとたぎっている。
「じゃあ、たっくんの方から話して」
「たっくん……? なに、その呼び名……」
「浅葉、いまはいったんスルーしてくれ」
「いやいや、やくたはやくただし」
「やくた? へー、たっくんってそんな呼び名を隠してたんだね」
「これは、こいつだけとしか呼び合わないあだ名でな……」
こいつとしか? と、あかねさんは強調する。
いかん。なにをいっても、あかねさんと浅葉の神経を逆撫ですることにしかならないようだ。
余計なことは口に出さず、ここまでの経緯を伝えていく。
小さい頃の幼馴染と、会っていたということ。きょうはその流れで遊園地に来ていたというだけのこと。まったくもって異性としての認識はないこと。
最後のひとことは、浅葉にとっては不服だったようで、「サイテー」といい放った。やむなしだ。どちらかに配慮しようとすれば、どちらかの不興を買うことになるのだから。
「幼馴染なんていたんだね、しかも異性の」
「色々あったし、話すタイミングもなかった」
「へー、色々ね」
あかねさんは軽く唇に指をやり、軽くなぞる。大方のことは察したということか。
「それで、あかねさんはどうしてここに」
話を聞いたところによると、ひとり遊園地だという。
本来は、あかねさん含め友達四人で遊びに行く予定だった。そのはずが、突如として三人とも行けなくなってしまった。
強調すべきことは、あかねさんがハブられているわけではないことだ。これだけは誤解しないでいただきたい。
高熱が出たから、親戚の家に行かなくちゃいけなくなったから、親に止められたから……。
行けなかった理由は、どれも別々であり、グループに三人のメッセージが集まったときには、「どういうこと?」という状態になったらしい。
そりゃそうだ。自分以外も不参加を表明するなど、思いもよらぬことである。
今回はやめにしよう、キャンセルしておくね、という話になったそうだ。
それでもあかねさんは、「もったいないから私だけでも行ってくるよ」というスタンスを取った。
いわく、
「予定が空いたら、私、なにしていいかわからなくなるんだよね。止まったら終わり、マグロみたいな性格なんだよ」
とのことだ。
泊まっているときは、ダラダラする様子をこの目で確かに見た。休んでいるあかねさんが存在することくらい、もう知っている。
想像できないのは、休日になにもしない、という光景である。
ただただ怠惰を貪る姿など、もはやあかねさんではなかろう。過言かもしれないが、そういいたくなるほど、あかねさんはアクティブな人なのだ。
ここで、あかねさんのきょうの一日を振り返る。
お土産を物色する前に、僕らとは文字通り桁が違う数のアトラクションを、朝早くからこなしたらしい。
同じアトラクションに何度も乗るのは当たり前、休憩も最小限でぶっ続けで巡りまくるという超人っぷりを発揮。
「ここまでくると、もはや楽しむことより、巡る効率を高める方を意識しちゃいそうだな」
「そうかな? 楽しむためにはたくさん乗る、たくさん乗るのは楽しい。どっちも成立してるから、目的と手段の取り違えはないよ?」
価値観の相違、というのをまざまざと見せつけられた。
「……それはそれとしてさっ!」
浅葉がパチンと手と手を叩き合わせる。注目が彼女に集まる。彼女は、瞼をピクピクとさせていた。真面目に話を聞くのが得策のように思われる。
「やくたと篠崎さんはどういう関係なのか、説明してなくない?」
気まずい空気の中、軽い自己紹介は済ませたものの。
僕とあかねさんとの関係は、両者ともあまり口にしなかった。他人にはいいにくい関係だ。
ともに出かけ、ポッキーゲームをし、お泊まりもした。
これを聞く限り、もう立派なカップルであろうことは、火を見るより明らかである。そうでなくとも、懇意であることは否定できない。
浅葉にとって、そんな異性の存在は、彼女の、影を潜めていたはずのヤンデレ属性を引き出すことにつながりかねない。
隠すメリットはあっても、話すメリットは露ほどもなく、むしろ害を被ることになる。
「ただのクラスメイトだ」
「たっく……前野君なんかと付き合ったり、彼に対して恋愛感情を抱くなんて、よほどの物好きか変人かのいずれかだよ」
めっちゃいうじゃん。
「そ、そうよね! やくたはただのクズ! 女たらし! 世界の中心で孤独だ、って叫んでろ!」
対する浅葉も、あかねさんの毒舌に当てられて、とんでもない誹謗をしてきた。
「これは訴えたら勝てそうな悪口をつらつらと」
「やくたの味方なんて、そう多くないから勝訴は見込めないね。私が訴える側だから!」
「浅葉にも、かつて優しさだったものが残っているらしい」
「あまりにも残念な人間への慈悲よっ!」
軽口の応酬は別に構わない。
問題は、何度も繰り返すようだが、あかねさんと浅葉のバチバチ具合が目に見えて増していることにある。
「あなた、この後は暇なの?」
浅葉が問うた。
「暇もなにも、帰るだけ。そういうあなたは、たっくんと後でなにかするの?」
「な、なにかするって……」
「幼馴染なんでしょう? たとえば、別れの挨拶代わりのキスとか」
僕は思わず吹き出した。
あかねさんはなにをいっているんだ……。
「わ、別れのキス!?」
「私の住む県では、幼馴染同士がキスするなんて常識なの」
あたかも真実を語るかのように、あかねさんは言葉を紡ぐ。
「そっか、同じ日本でも、県の違いって相当なものなんだ……」
「おい、騙されるなよ。んなわけあるか」
聞き入ってる浅葉に、ツッコまざるをえなかった。
そんな都市伝説、見たことも聞いたこともいったこともないね。あかねさんによる嘘っぱちである。
「いや、やくただけが知らないだけで、意外と冗談じゃないかも……?」
「おいおい嘘だろ」
慌てふためている僕を見て、あかねさんは。
「私は真実を語っただけだよ?」
「ふざけていやがるな、この世界は」
あかねさんの嘘を、人が信じてしまう。それだけの力が働く世界。笑えるんだか笑えないんだか。
「なんだか他県の人は違うや……って、ともかく予定がないなら好都合!」
浅葉は話題を切り替えた。まだ半信半疑なのかよ。将来詐欺とかに引っ掛からないか不安だよ。連帯保証人にされたら僕にも害が及ぶわけで。
閑話休題。
「新幹線までの時間、三人で落ち着いて話せる場所にいかない?」
あかねさんがいった。
「あかねさん、私、三人はちょっと。やくたともまだなのに」
「あなた、おそらくなにか大きな誤解をしていると思う」
「そう?」
浅葉の爆弾発言に、あかねさんとて、呆れを声として表出せざるをえなかったらしい。
「なにを勘違いしたのか知らないが、カフェとかに決まってるだろうが……」
僕は柄にもなく肩をすくめた。
歓迎しにくい空気感を醸し出しているこのふたりと食事というのは、いささか気が乗らない選択であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます