どうせ気づくと思っていた、宮崎の恋心。いよいよ地獄が近づいてくる。

 もはや、僕にどうしろというのだ。一気に難題を押し付けすぎというものだ。


 妹である芽里との通話は、僕の方から「ごめん、用事あるから」と急に切ってしまった。本当は用事なんてない。心の準備ができていなかっただけだ。


 仮に、一ヶ月以内にキスをしているという未来予知を信用し、かつキスの相手があかねさんとした場合。


 このままだと僕は、ふたりのヤンデレガールに囲まれて暮らすことになってしまう。


 ひとりだけでも、その負担は、決して軽いものではない。あまりに重い。常人であれば、心を壊す。ヤンデレは、狂気であり、凶器だ。


 これまで、物理的かつ心理的な距離を隔ててきたからこそ、芽里はいたって問題を起こさなかった。


 芽里が僕の近くに来ることで、これまでの「問題がなかった」という過去は意味を失う。近くに来てしまえば、重く、きつく縛っていた枷は解放されてしまう。


 芽里に「別の高校に通え」などという残酷な言葉をかけるつもりはさらさらない。


 芽里を個人として尊重していることにならないからだ。家族、そして芽里の兄として、彼女の未来を強制することは、許されない。


 だが、一緒の高校というのは、あまり歓迎できる事実ではない。これは確実にいえる。


 キスをするであろう、という未来を変えることができれば、もうすこし楽になれるだろうか? 


 そういうことでもない。


 僕は、キスの異能力について、すべてを理解しているわけではない。


 そもそも、どこまでがキスの範疇なのか?


 ここが問題になる。


 もしも、間接キスもアウトだとしたら。思い返すと、ポッキーゲームもグレーゾーンとなってしまう。


 そこがセーフだったとしても、お泊まり会のときの疑惑が残っている。


 僕が寝ている間、あかねさんはなにをしたのか――ここである。


 ここで仮にキスでもしていたら、ポッキーゲームうんぬんを論じても仕方がなくなる。


 それに、キスをしなくとも、あかねさんと芽里が接触することは、火に油を注ぎ合うことと同義。


 ただでさえ、マイマイ様周辺のバチバチが問題となっている(あれは宮崎の問題かもしれないが……)わけで。


 これ以上問題をこじらせても、収拾がつかなくなりそうじゃないか。


 ……嗚呼ああ、考えるだけで頭痛がしてきたな。


 心配事の9割は起こらない。そんな趣旨の話を、親戚の叔父さんが熱く語っていたのを思い出す。


 叔父さん、9割は起こらなくとも、1割に該当したらどうするんだ。いまの僕が置かれている状況は、1割の方、つまり心配事が現実になる方なんですが。


「♪〜」


 また電話かよ! 


 あぁ……恐怖とか通り越してイライラしてきた。


 かけてきたのは――宮崎である。


 なんだよ! 宮崎なら許す! イラついてごめん。


「もしもし」

『拓也? 聞こえてるか?』

「バッチグーだ」

『それは石器時代のユーモアか?』

「せいぜい遡っても大正時代だろ」


 たぶん、バッチグーは死語である。石器時代というより、おそらくは昭和後期か、平成初期くらいだろうな。大正は遡りすぎだ。


『まぁ、とにかく聞いてくれさ!』

「なんだよやけにテンション高いな」

『お前がいつも以上に暗いだけだろうよーおい!』


 ヤンデレ妹が同じ高校に通うことが確定して、動揺しない男がいるだろうか?


 いや、こいつの場合、ヤンデレ肯定派だもんな。この理論は通じないだろう。


「で、ともかく本題はなんだよ」

『聞きたいか?』

「焦らされてもワクワクしないんだわ」

『つれねーやつ』

「気になるなー、と僕は友人の宮崎との電話対応で感情労働を強いられ、興味あるフリを演じる」

『おいおい、嫌味も程々にしてくれって……な?』


 ここにきて、ようやく宮崎は本題に入った。


『……というわけでさ、ちょっとかわいいところもあるじゃん! ってな!』

「おーん」

『興味ゼロかよ』

「いや、ありていにいうと予想通りというか……」

『マジで? 割と意外っつーか』

「時間の問題だと思ってた」


 話を聞くに、マイマイ様とのことである。


 カラオケで体調を崩した宮崎は、マイマイ様のサポートを受けながら一緒に帰った。


 そこでの出来事が、宮崎の心変わりを促した。


 ふだんはキツく当たってくるマイマイ様が、自分を看病してくれるときは、やけに優しかった――それを見て、宮崎は、マイマイ様を異性として意識してしまったという。


 置かれた状況によるところも大きいだろう。



 第一に、体調不良で、頭がボーッとしていたことにより、マイマイ様がいつもよりかわいらしく見えたこと。


 第二に、ふだんとのギャップに萌えたこと。


 第三に、看病というシチュエーションから、擬似的な吊り橋効果をもたらしたこと。



 主にこの三要素が、マイマイ様を意識するに至る、大きな後押しになった理由であろう。


 むろん、これまでの積み重ねがあってのことだ。一緒に出かけたり、軽口を叩き合ったりして、そして看病に繋がったわけで。


「応援してる」

『おいおい、他人事みたいにいうなよ!?』

「だって、これは宮崎の問題じゃないか」

『でもな……相海はツンデレだしな……』

「反ツンデレ過激派だっけ」

『ああっ! おおよそ正解だ!』


 反ツンデレ過激派。


 宮崎は、僕と同レベルか、それ以上にこじらせている。


 ゆえに、性癖はどうにかしてしまった。


 ヤンデレを――愛し、ツンデレ――く○ばれよ。


 作・宮崎先生。作成時期は、二年生前半である。


 まさしく過激派といえよう。


 過去には、なにかの小説かアニメ化に影響されたのか、「く○ばれ、ツンデレ擁護派閥!」と掛け声のようにいっていた記憶が。


 そんな宮崎が、ツンデレの中のツンデレ、マイマイ様を意識してしまった。


 もはや、複雑な気持ちもいいところだろう。


『もう俺、ツンデレ大好き教に改宗するしかないんかな……?』

「よし、いまのうちに過去の悪行を謝罪しておけ」


 わかった、謝罪会見風にな、といい。


『えぇ、みなさん。この度は、私がツンデレを貶め、おおいに侮辱するような発言をしてしまったことを、深くお詫び申し上げます。今後は、全力でツンデレを推していきますのでよろしくお願いします』


 そういうわけだ。彼は、一時の気の迷いで、ツンデレをけちょんけちょんにしてしまったのだ。許してやってください。


『そういうわけだから、応援よろしくな! 人にいうなよ!』

「宮崎じゃあるまいし」

『うっ』

「人の振り見て我が振り直せ、だ。過去は変えられない。これからが問題だ」

『さすがです拓也様……んじゃ、話聞いてくれてありがとな! バーイ』


 切られた。


 さっきの芽里とのときは僕からだったが、今度はあちらからだったな。



 ……こうして、種々の問題からなる糸はほつれ、複雑に絡み合い、一種の模様さえ構成しつつある。


 高校二年生、三月。


 絶望しかない未来という名の口が、鋭い牙を光らせて近づいてくる。


 ここからが、本当のスタート。二年間に渡る安寧の日々は終わり、ヤンデレに苦しむ日々が、ふたたび始まるのだろう。


 僕こと前野拓也は、そう思わざるをえないのであった――。










 ――――――


 あとがき


 読んでいただきありがとうございます!


 第39話をもって、1章終了です。


 この機会に、★★★・レビュー・コメント・フォロー・感想などいただけると励みになります。


 そろそろ登場人物も増えてきたことだと思うので、次回は「登場人物」を投稿してます。


 随時、「登場人物」の内容は追加していく予定です。


 二章もまたお付き合いいただけると幸いです。

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