完全なる執着。自分の仕掛けた策略が、身を滅ぼす。【芽里(妹)side】

【side 前野芽里(妹)】


 た、く、や。たくや。


 私は口ずさむ。兄の名前。もうしばらく会っていないけど、会っていない時間が長い分、思いは募りに募っている。


 しかし、この悶々とし続ける日々も、そう長くは続かない。


 春から、私もいよいよ高校生。それも、兄と同じ高校――他県のトップ校。


 中学二年生になるまで、私の成績はクラスの中で下から数えた方が早いものだった。


 補習にはよくお世話になった。


 勉強アレルギー、といってもいいと思う。


 この世から勉強という概念が消えればいいのに、と切に願う人生を送っていた。


 変わったのは、中学二年の冬。


 ――そうか、お兄ちゃんと同じ高校に入ってしまえばいいのか。


 あるときに掛けられた、「会うんじゃない」という兄の言葉は、かえって会いたい気持ちを募らせたけれど。


 距離が離れていると、そう簡単に会えるものではない。


 お金と時間と労力がかかる。たった一回でもひと苦労。


 それに、中学生になってからというものの、急に忙しくなり。


 信じがたいことに、兄という存在は、全盛期と比べると否が応でも薄れてしまった。


 でも、やっぱり通ってみたい、兄と同じ高校に。


 志願するのは自由。当初はきっと無理だろうと踏んでいて、チャレンジ受験だとか記念受験になると半ば諦めていた。


 けど、一度火がつけば、火事場の馬鹿力というのは本当に発揮されるようだった。果たしたのは奇跡の合格。


 ――そうか、本当に会えるのか。


 合格が決まってから、私の気持ちはふたたび燃え上がった。三年前、飲み込まれたあの高揚感、幻覚に魅せられていたようなあの頃が蘇った。


 生徒手帳を開く。


 前野芽里、と私の名前から始まり、住所や電話番号などが印字されている。


 パラパラとページをめくると、ちょうど真ん中くらいで指が止まった。


「あっ、懐かしい〜!」


 私とお兄ちゃんとのツーショット。この頃の私はもっとも陰気街道まっしぐらで、完全に終わってる人だったと思う。


 お兄ちゃんも終わってる。私の毒気にやられて、まるで生命力の感じられない顔つきだ。私もやり過ぎだったかな、といまになって痛感する。


 私からかけた電話は、お兄ちゃんから一方的に切られた。


 驚くのも想定内。いまの私は、3年前とはもはや別人。


 きっと、受け入れがたいはず。ありありと浮かぶのは、苦しんでいる顔。

 

 考えるだけで楽しい。私のことで、頭がいっぱい。


 それは実質、私がたくやを乗っ取っているようなもの。


 こんな風にものごとを考えている――そう表明するのはよした方がいいと教えてくれたのは、篠崎茜さん。


 SNSを通して繋がった人。メッセージを交わし合うなかで、結構似たもの同士だとわかった。

 

 友達にいったらドン引きされるようなことを、篠崎さんはむしろ共感してくれた。


 あんまりよくないことかもしれないけれど、お互いの個人情報を開示していき。


 どうも、篠崎さんがお兄ちゃんと同じ高校に通っているらしい、とわかった。


 しかし、たくやとの関わりはないらしい。


 悪魔的な妙案が浮かんだ。


 篠崎さんを、



 第一に、私はメッセージを送った。


 私のお兄ちゃんって、キスで女子をトロトロにできるらしいよ――と。おおよそ、こんな内容だったと思う。


 過去のトークから、この話に乗るという確信。これはあった。


 見事に餌に引っかかった篠崎さんを、私はうまいこと利用した。


 あれよあれよと、ふたりは距離をつめた。


 たくやとはどんな様子なのか。篠崎さんに定期的に連絡してくれるよう要請。


 私の狙いは、ここにあった。


 


 ないものねだりをこじらせた結果。


 人は、望むものにすこしでも近づくために、思わぬ行動を取ってしまう。


 たくやと篠崎さんを繋げたのは、ほかでもない、私の功績。たくやは知らないだろうけど。  


 とにかく、ここまでは順調だったのだ。


 でも、私はある誤算をしていた。


 最近、篠崎さんの連絡が雑になった。詳細さを欠くようになったのだ。


 篠崎さんは、私に隠していることがある。直観が私に訴えかけてきた。


 そう――おそらく、ふたりは仲良くなりすぎている。 


 これでは本末転倒もいいところだ。


 直接会えない気持ちを埋めるために、これまで篠崎さんに託したのに。


 いざ実際にたくやと会えるようになったときには、気持ちが完全に篠崎さんのところにある。


 これじゃ、私の入り込む隙がないじゃん!


 めっちゃ焦っている。一時の高揚感のために、私は墓穴を掘っていたのだ。


 いくら猛勉強したって、バカはバカのままだった。


 会いたい、ではなく、会わなくちゃいけない。駆られる、義務感。


 焦り、動揺、困惑、決心……気持ちはグチャグチャだ。


 電話をして、すこし気持ちが落ち着いたけれど。


 あのリアクションだけで、ごはん三杯はいける。やはり画面越しでもいい。対面したら、もっとすごいはず。


 たくやと同様に、篠崎さんを見てみたい。


 文面からして、すごく世渡り上手というか、明るくていい人そうという印象。


 悔しいけど、おそらくめっちゃハイスペックな人だ。


 顔を見たことがなければ、声も聞いたこともない。本当のところ、たくやとはどういう関係なのかもわからない。考えたところでわかりようもない。


 いちおう写真とかを送ってくれることがあるけど、その場合、篠崎さんの顔は白塗りか黒塗りにされているのだった。


 雰囲気はお洒落。すくなくとも、私の学年にここまでの“高み”にいる人はいない。


 まずは、この篠崎さんに匹敵する、いい女を目指す。そうじゃなきゃ、土俵には立つ資格すら与えられないだろう。


 そうだ。「チームY」こと「チームヤンデレ」に連絡しないと。お兄ちゃんへの電話の結果を。


 メンバーは、浅葉・芹澤・私。


 一度はたくやに魅せられた者たちの集まり。


 幸運なことに、たくやが県外に行ってからというもの、対立することなく過ごせた。


 むしろ仲を深めた。一度はたくやを前に砕け散った戦友として……。


 心の中では、私が一番、とみんな思っているだろうけど。


 たくや関連の話さえ深掘りしなければ平和なメンバー。揉めないように気をつけないと。


 ……とにかく。


 私は、来たるべきたくやとの再会への準備を粛々とおこなうだけ。


 本当に楽しみだ。


 待っててね、たくや。


「あはっ」


 私は笑った。


 それは、再会の喜びであり。


 それは、篠崎さんへのライバル心への気付きであり。


 それは、すべてがうまくいった後の想像に対するものでもあった――。

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