なぜ、妹が垢抜けた。なぜ、妹の高校は――。

 あかねさんは帰ってしまった。


 土日は予定があるらしく、僕に構う暇などなかったから仕方ない。


 なにか予定でも入れようか、と考えた。


 だが。


「だいぶ疲労溜まってるよな……」 


 柄にもなく、ほぼ毎週のように用事を入れてきた、最近の週末。いちおうテストもあった。


 ここからさしたる授業はないが、下手に体調を崩してはいけない。


 きょうは休養日とした。最低限の用事を除いて、家からは出ない。そう決めた。


 休みの日というのは、ややもすると、スマホをいじるだけで膨大な時間が溶けていく。


 なので、きょうはスマホ以外のもので暇をつぶしていく。


 朝の優雅なホットコーヒーを淹れて、いったん気持ちをリセットする。


 あかねさんは生命力がとんでもない。周りの人を元気にする一方で、そのエネルギーをガンガン吸い取ってくる。


 ちょっと疲れたのは確か。自分のペースを取り戻す。そのためのブレイク・タイム。


 それから、きょうの予定を着々とこなした。


 読書であるとか、トレーニングであるとか。


 飽きてくると、思索にふける時間が長くなる。徒然草とかも、こうして生まれたんだろうなと思いを馳せる。


 思索に耽る時間が長くなると、考えは現在ではなく過去や未来に向く。


 僕は、過去の方を考えた。


「アルバムとか見よっかな」


 半年に一回くらい訪れる、過去の回想をしたい日。それがきょうらしい。


 中学校までのものは、その多くを自宅に残している。ひとり暮らしのこの部屋に持ち込んでいるのは、ほんの一部である。


 初めてあかねさんが来たとき、プリント類を整理した。そのときに気になっていた資料を、漁る。


 モノを通して、昔の自分の軌跡を辿ってみる。これって意外と面白い。


 僕という人間は刻一刻と変化している。ゆえに、逆説的だが、変化に気づきにくい。


 そこで、資料という存在が活躍する。資料は、基本的にある一点を捉えている。


 停止ボタンが押された映像を、眺める感覚。それに近い。


「どこだっけな」


 探しているのは、ヤンデレガールズたちとの交流の痕跡。


 手紙だとか写真だとか、どんな媒体であれ、大半は処分してしまった。苦い思い出だからな。


 とはいえ、すべて捨てるのもどうか、となって、厳選していくつか残したはずだ。


「お、あったな」


 雑多なプリント類の中から顔を覗かせたのは、一枚の写真だ。


 妹、転校生、幼馴染、僕。


 僕とヤンデレガールズのフルメンバーが映っている、貴重な一枚だ。


 あまり女子チームは接点のない者ばかりだったが、偶然同じ場所に大集合して。


 せっかくだから写真を撮ろうということになった。いま思えば仕組まれていたことかもしれない。


 写真を眺めると、気づくことがある。


 みんなヤンデレだから、眼が、ね? 

 

 生気を失っているような、逆に満ち溢れているような。ヤンデレにしか出せない色合いである。


 黙っていればふつうの人たちなのだ。蓋を開けてみたら、あらびっくり! となってしまっただけで。


「ヤンデレは、体験しないとわからない。知らない奴が、口出すんじゃない」


 宮崎に送りたい短歌だ。季語はヤンデレ。すべての季節が対象だ。


 想像と現実が乖離しているなんて、よくある話だからな。


 集合写真をいったん横に置き、他の写真なり資料なりに当たってみる。


「家族写真か」


 中学校を卒業したときに撮った、家族写真。高校からは僕が他県に行くからと、撮った記憶がある。


「幼いな〜」


 二年も経てば、顔も変わってくる。自分にも、こんな幼い顔である時期があったとは。


 いずれ、また何年か経てば、「当時は高校二年生で……」みたいな回想をするのだろうけど。


 家族全員、笑っている。その中で、芽里に目をつけた。


 妹である芽里。彼女のイメージは、ここで止まっている。あいつも、ちょっとは変わったんだろうか。


 片付けをちょっとする気でいたが、思い出に浸っていると脱線が止まらない。


 せっかくの休日も、その多くの時間を費やしてしまった。


 片付けるどころか散らかっちゃったが、ちょっと休むか……。


『♪〜』


 着信音が、遠くに置いたスマホから流れる。


「あかねさんか?」


 また忘れ物でもしたんだろうか。下着忘れちゃったから届けて、とかだったら殴るよ。ハードル高すぎるから。


 画面を見ると、『前野芽里』とあった。


 噂をすれば、妹じゃないか。


「はいもしもし」

『もしもしお兄ちゃん? 元気にしてる?』

「そっちはやけにテンション高いな」

『えへへ。まーね』


 変にハイテンションというのは、ちょっと不安になるな。


 ヤンデレが上機嫌というのは、なにかしら隠し事があるだとか、妙な企てをしているかの二択であることが多い。


 今回の電話も、そのどちらかだろう。


「どうした? メッセージでもなく」

『実は、伝えなきゃいけないことがあって』

「うん」

『私さ、4月から高校生だよね』

「なにせここは日本だからな」

『どこ行くか、私いってなかったよね』


 いわれても、地元の高校についての知識はないに等しい。


 いまここで発表されても、微妙なリアクションしか取れないであろう。


「だな。それで、どこになったんだ? というか高校受かったのか?」

『ひどいよ〜』

「昔の芽里は、勉強なんてまるでダメだったじゃないか」


 どう足掻いても勉強とは仲良くなれそうにない。生理的に無理。


 芽里にそこまでいわしめた対象が、勉強なのである。


「そうだね。昔は」

『ん?』

「じゃあ、発表します! どぅるるるるる――」


 口でドラムロールを再現している。


『――じゃん!』

「結果は!?」

『ビデオ通話で!』

「がくー」


 答えはCMの後、みたいなノリだ。


『つけるね』

「りょーかい」


 ビデオ通話を開始する。


『あ、久しぶりな感じだ〜。面影はそのままだね』

「え? あ? 芽里?」


 男子三日会わざれば刮目して見よ、という。


 その女子バージョン。


 陰気だったはずの芽里は、どこへやら。


 バリバリの陽キャっぽい見た目になっている。垢抜けたらしい。


『驚いた?』

「イメチェンしたんだな」

『まあね』


 それはそれだ。


 問題は、彼女が両手で握っている厚手の紙だ。


 合格証書である。


 やや画質の荒い映像ではあるが、その高校名は、はっきりと見えた。


「僕と、同じ高校?」

『うん! だから、4月からはよろしくね!』


 あの勉強嫌いの芽里が、いちおうトップ校である、他県の僕の高校に?


 いったい、なにが起こっている……。


 僕は、呆然するしかなかった――。

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