問いかけても答えない人。コンビニ飯で空腹を満たす。

「やっと、やっとの朝食だ〜」


 腹を空かせてコンビニまで爆走、帰りは疲れたせいかトボトボ歩きだったあかねさんは。


 家に帰るやいなや、パンを開封していた。


「手、洗ったか」

「うがいもしたよ」


 家が近くなると、体力が回復してきたのだろうか、ふたたび走るあかねさんだった。


 面白いことに、僕より先に着いたはいいものの、肝心の鍵がなく、早く着いた意味はまるでなかった。


「たっくんもはーやーく」

「そうかすなって。なにせきょうは休日みたいなものだから」

「休日こそバリバリ動きたいよ」

「価値観の相違か。休日論争はここで打ち切りな」

「うーん」


 腑に落ちていなさそうなあかねさんであった。


「「いただきます」」


 コンビニのパンも、最近はよりおいしくなりつつある。パンの中には、専門店と肩を並べられるものもあろう。


「安定の味だ〜」

「おいしいな」


 あかねさんが先に食べていたのは、焼きそばパンだ。じっと見ていたら、すこし分けてくれた。


 お返しに、手をつけていないメロンパンをプレゼント。


 僕はいま、あんぱんに手をつけている。薬の方ではない。


「やべ、忘れてた」

「牛乳でしょ」

「ああ。あんぱん、もうそんな残ってないや」


 机の上にあるビニール袋から、買いたての牛乳を取り出す。コップを取りに食器棚まで歩いて、また食卓に戻る。


 牛乳を注ぐ。開けたては、よりおいしそうに見えるな。


「……の居場所を突き止めたが、いつ顔を出してくれるか」


 パクリ。ゴクリ。


 張り込みというシチュエーションである。


「意外とたっくんも演技派なんだ」

「気恥ずかしいな」

「棒読みの演技が完璧って意味で」

「それは演技派に失礼なんだよ」


 下手だったか。まあいい。僕は演劇部ではないのだ。


 仮に、文化祭で劇の発表があろうとも、僕は全力で“木”に相当する役を演じる予定である。


 主役級はNGだ。主人公が棒読み演技では、観客も白けてしまうだろう。


 それでは、いけない。僕は全力で“木”を演じる所存だ。適材適所というではないか。


「次はホットドッグにしよ!」


 この後の展開を察して、椅子を動かして、あかねさんに背を向けた。


「……」

「たっくん? 恵方巻きの季節は終わったよ?」

「今年の恵方を向いて黙って食べてるわけじゃないんだわ」

「いま確かめたけど、そもそも今年の恵方は私と向かい合う方向だったね。そっちは去年のだよ?」


 あかねさんは、スマホの方位磁針機能を使って恵方を確かめている。


 というか、僕の向いていたのが去年の恵方なのか。知らなかったな。


「……って、そういう問題じゃない」


 知ってるんだ。あかねさんが、フランクフルトで遊ぶことくらい。


 スプーンとアイスでの前科があるわけで、太い棒状のものがあれば、なにをするのか。


 いわずもがなであろう。


 僕は、あまりあかねさんが棒を咥えるところを見たくない。生々しいと思うんだ。


「……」

「わかったよ、そういう食べ方はやめるから」

「やっぱりやる気だったんじゃん」

「たっくんを動揺させるにはうってつけで楽しんだもーん」

「きのう一緒に寝たんだし、きょうはそこまでいいんじゃないか?」


 一緒に寝た、という言葉に、あかねさんは反応した。寝耳に水、というところか。


 警戒していなかったのだろう。


 やはり、あかねさんはなにかを隠している――かもしれない。


「ま、そうだよね」

「むむむ」

「どうしたの、怪訝そうな顔をして」

「ちょっと聞いていいか。僕が寝た後、なにしてた」


 あかねさんの顔には、「!」マークが浮かんでいるといってよかった。


「はぁ……たっくんみたいにデリカシーがないってのは考えものだよ」

「体裁なんて取り繕ってる場合じゃないんだ」


 欲しい答えは、すぐには返ってきそうになかった。言葉を選んでいる。


 ちょっとふざけて、またあんぱんを牛乳を手に持って。


「吐けば楽になるからさ。これは君のためでもあるんだ」

「カツ丼ないと、吐きがいってものがないな〜」

「なんでだよ」


 張り詰めた沈黙に耐えきれず、ついボケてしまった。単に話題が脱線しただけに終わってしまった。


「実を言うと……した」

「それは、なにを」

「ヒ・ミ・ツ」

「はぁ?」

「そんないい方なくない?」

「これってあれだぞ? テレビ番組を考えるとだな」

「うん」

「クイズの答えをCMを3回くらい引っ張った挙句、途中でニュースを挟んで、ようやくわかった答えがしょぼくて、思わずリモコンをソファに叩きつけたときくらいのショックだぞ」

「あんまピンとこないような」

「ヒ・ミ・ツはないだろってことだ」


 えー、とあかねさんは嘆いた。


「これはおあいこなんだよ」

「おあいこ?」

「君は最初、能力について隠そうとしていたわけじゃん」

「だな」

「人は誰だって、秘密にしたいことのひとつやふたつ、あってしかるべきじゃない?」

「追及するな――そういうことか」

「そういうこと」


 こういわれてしまえば、下手に聞けない。


 僕に許されているのは、あかねさんの微妙な変化を感じ取り、そこから妄想を膨らませ、仮説を立てることにある。


 もしも、あかねさんに、過去のヤンデレガールズらしき兆候が出たら。


 きっと、唇を奪われていたということになろう。


 仮にそうだとしたら、ここで聞こうと聞くまいと、手遅れであることに変わりはないというわけだ。


 正直に話す、といわれても、その発言が正しいとも限らない。


 このようにして、いくらでも疑心暗鬼になることはできる。答えはあるが、探しようもないものに気を取られることもない。


 かくして、僕はこれ以上の追及を諦めた。


「わかった。この件は聞かないでおこう」

「よかった」

「もし勝手にキスなんかしてたら、たぶん僕、あかねさんと絶縁してると思う」

「結構いうね」

「故意に失敗例を増やすつもりはないんだ」

「下手にちょっかいかけられないみたいだね」

「ちょっかいかけるな、というわけじゃない。暴走しすぎなければいいんだ」


 それから、食事を終えて。


 あかねさんは帰る支度を始めてしまった。


 問題は、解決されず山積みになる一方である。きっかけさえあれば、雪崩のように流れていくであろう問題ばかりだが……。


 いずれにしても、僕がいまできることは、相も変わらず様子見でしかない。


「お泊まり楽しかったよ! ありがとうね」

「頼むから忘れ物だけはするなよ」

「大丈夫、大丈夫! そのときはまた泊まりに行くよ」

「フットワーク軽っ」

「たっくんちは、もう庭みたいなものだからさ」

「けっこー来てるもんな。てか、次はそう簡単には泊まらせないぞ?」

「うん。じゃあ、またね〜」


 ドアを開けて見送る。あかねさんは、しばらく手を振ってくれた。

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