朝、疑念、誤魔化し、コンビニ。腹が減って胃が動く。

 朝が来た。


 ひと晩経つと、思考が明晰になる。


 夜に悩んでいた問題も、朝になればバッチリ解決。ある偉人が、寝たら名案を思いついたなんて話もある。


 人類の見つけた、冴えたやり方である。


 しかし、それがすべての事象に当てはまるとは限らない! 


 反例というのは、確実に存在するッ……!


 それは。


「おはよう、たっくん」


 僕が目を覚ましたのは、あかねさんの言葉だった。


「おはよう、ございます……?」

「どうしたの、そんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして」

「いや、なんというか」


 雰囲気がいつもと違うのである。テンションか、喋り方か振る舞いか。


 どれが正解かはわからない。わからないが、違和感はある。


 いまさらうじうじいっても仕方ないが、本当のところは、僕はあかねさんより先には寝ないつもりだった。


 先に寝てしまえば、寝ている間になにがおこなわれていたのか、知ることはできない。


 無知はときに恐ろしい。意味のない不安を抱く原因になる。


「あかねさんって、いつ寝たんです? 僕、あんま記憶なくて」

「そうだな、私もあんまりないかな。寝落ちしてたかも」

「わぁ、同じだ」

「だから本当にさ、いきなり朝でびっくりだよ」


 いまのところ、怪しい仕草はない。あかねさんの隠蔽技術によって、僕が騙されているだけかもしれないけどね。


「ともかくさ、朝ご飯にしようよ」

「まずは、だな」


 結局はぐらかされてしまった。いまはいい。すこしずつ、探っていこう。


「やべ、朝食なんてまともな食材ないな」

「コンビニで菓子パンでも買ってこようか。このまま行こっ!」

「下も履かずに……?」

「あっ」


 いまのいままで忘れていたようだ。僕も先ほど気づいた。


 ちょっと際どい場面もあったが、僕の良心が瞳を重く閉じさせて、あの領域の中を見ずに済んだ。


「ズボン貸して」

「前に洗濯したやつでいいですか」

「うん。これぞ伏線回収だね」

「映画のノリが抜けてないのかな」


 伏線回収とは、いいえて妙だ。


 回収されていなかったら、下手すると数年間、あかねさんのジャージは、僕の部屋の肥やしになっていたかもしれない。


 ジャージ君、男の部屋から解放されてよかったね。


「めっちゃ家着だけど、外出しても平気かな」

「問題なしっ。人の恰好なんて、意外とみんな見てないよ」

「お洒落に気を遣うあかねさんも、そう思うのか」

「ほとんどの人は見てない。その分、見てくれる人には『あっ』と思わせることのできるファッションを追求する。それが私の考えかな」


 僕にとっては納得できる論理だった。


 ごく少数の見てくれる人を意識して、お洒落をする。陽キャ女子の最前線を突っ走る人の言葉は、深みがある。


 裏を返せば、あかねさんがいわないと重みがないということでもある。あかねさんだからこそ、刺さる言葉であろう。


「ファッションのことは以上。お腹減ったからいこうよ」

「わかったわかった」

「はーやくはーやくはーやく」

「はやくを増やすな」

「逆をつくのも戦略なんだよ」


 なんの戦略だよ、とツッコミを入れる間もなく、どんどんあかねさんは行ってしまった。


「待ってくれよー」

「食事、命、大事!」

「体力温存したいなら走らなくてもいいだろうに」


 小走りでコンビニに向かうあかねさん。


 選んだのは、ちょっと遠いところ。駅近のところは通勤ラッシュで混み合うからだ。


 走ればすぐつく。歩くと割と時間を食う。僕の家を基準にすると、微妙な立地。


 あかねさんは、言語に割く体力を、走る方に振った。これがゲームなら、振る方を逆にした方がいいといわれるだろう。


 帰りのことなんて考えていなさそうだ。コンビニの前で立ち食いしてもおかしくない。


「はぁ、はぁ……」


 最終的に追いついたのは、コンビニの直前。あかねさんが、マラソンのランナーよろしく足踏みしている。


「遅い」

「朝から飛ばしすぎだ」

「朝なのに、元気なさすぎ」

「そんなすぐにエンジンかかる人ばっかじゃないんだわ」


 何度も擦り続けるが、あかねさんは24時間戦士だ。常人とは違う。


 だから、彼女基準で体力関連の話をされても、僕は永遠に納得できないだろう。


「私って、そんな変?」

「変というか、他とは違う」

「それって同じことじゃない?」

「わかった、あかねさんは異次元の人だよ」

「いいね、異次元の人って」


 気に入ったらしい。いずれ24時間戦士という名称も定着させたいものである。



 店内は、朝っぱらとはいえ、さほど混んでいなかった。


 きょうは平日。花の金曜日。平日だからといって、混んでるわけでもないのである。


 テスト休みという名目で迎えた三連休。平日の朝にのんびり過ごせるというのは、とても優雅なことだと思う。


 それはさておき。


 ここ十年くらいの話かもしれないが、どこもかしこもコンビニだらけだ。


 一軒あたりのコンビニに来るお客さんというのは、当然分散する。分散すれば売り上げが減る。売り上げが減れば、短いスパンで店が潰れる。


 このコンビニも、数年前は別の会社のコンビニだった。諸行無常である。


「なににしよっかな」


 マイペースにお買い物をしていく。焦ることはない。きょうは休日なのだから。


「あれ、パンだけじゃないのか」

「パンも食べるし、お菓子も食べていいってもんよ」

「ああ、豊かな時代だな」


 あかねさんの手にはチョコレート。


 チョコレートといえば、バレンタイン。あまりいい思い出がない。


 ある者はいった――手作りチョコは、死の味だ、と。


 僕の名言である。名言というにはおこがましいかもしれないが、すくなくとも僕の中での認識はそうだ。


 過去のヤンデレたちは、手作りチョコで色々やらかしてくれたものだ。



 体の一部分が混入していたり(よい子は作り直そう!)。


 ハート型のチョコの色が赤黒く、本物の血のようで震えたり(着色料の入れ過ぎはよそう!)。


 もはやチョコレートの原型もない、謎の物体と化した食品に感想を求められたり(いい加減にしろ!)。



 だからこそ、チョコにはいい思い出がないのだ。


 まあ、嫌いなわけじゃない。好きでよく食べる。バレンタインの、それも手作りチョコ、というのがいけないのだ。


「僕もチョコ、買おうかな」

「私、そんな食べれないし分けるよ」

「優しさ」

「よし、借りね」

「いきなり心が狭いな」


 チョコ代は割り勘とした。


 僕のパンは、あんぱんだ。


 切らした牛乳も買い足して、ドテンプレの刑事ごっこ用だ。


 食品で遊ぶな、という声が聞こえてきそうだ。許して。


 ついでにメロンパンも買った。あかねさんはホットドッグを選んだ。


 ホットドッグとくれば――なにをするつもりか、あかねさんをよくわかっている人なら即答できるだろう。僕の口からはいえないな。


 あかねさんの選んだもうひとつのパンは、焼きそばパン。辛ものに辛ものというセットで、僕とは対照的だ。


 チョコレートの方は、個包装で小さいのがいくつも入っているものを。


 支払いは、僕もあかねさんもバーコード決済。最先端だ。財布も持たず、携帯だけしか持ってきていない。残高をアプリ上で移動させ、割り勘とする。


 帰りはゆっくり歩くことにした。あかねさんは、買い物が終わるとちょっと落ち着いたらしい。行きのようなハイテンションではなかった。


 ぐー、っとお腹の音。あかねさんだ。


「やっぱりお腹空いてきた~」

「もうちょいの辛抱だ」

「走らなきゃよかった」

「だから止めたのに……」

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