一緒に寝る、布団あり。目に焼き付くはあかねさん、耳に残るは甘い声。

 夕飯を注文して、ちょっと待ち。


 その間の雑談はいたって健全なものだった。日本史でやらしい用語を探すなんて、どうかしていた。


 ピンポーン。


「きたね」

「僕が取りにいく」

「お願い」


 支払いを済ませ、品物を受け取る。


「持ってきたぞ」

「わーい」

「ほかほかハンバーグっていうだけあって、ほんと熱いな」

「ワクワク」


 バサっと袋を机の上に置く。ビニール袋を開いていく。


 中には、同じハンバーグセットがふたつ。


「やっぱり取るものはハンバーグに限るね〜」

「篠崎家はそうなんだ」

「たっくんのとこは違かったの?」

「僕の家は断然、中華料理が多かった。ハンバーグもよく頼んだけど」

「私の家の常識が、世間の一般常識とは限らない、か」


 実際はどうなんだろう。たったふたつだけのケースだ。どちらが一般的なのだろうか。


「食べるか」

「冷めないうちにね」


 ホカホカのハンバーグは、やはりうまかった。チェーン店の、期待通りの間違いない味である。


 映画を見て、言葉ゲームをした僕らは、かなり腹をすかせていた。そんな状況もあってか、ふだんよりおいしく感じる。


「意外とすくなかったか」

「ふつうくらいじゃない? 夜も遅いし、足りないなら朝を重めにしようよ」

「そうだな」


 意外とすぐに食べ終わってしまい。


 ふたたびの休憩タイムなのだが、ここにきて、お互いに疲れが顔を見せてきた。


 食休みでダラダラしていた。そこで、あかねさんがポツリ、と。


「なんか一気に疲れてきた」

「わかる。徐々にとかじゃなくて、突然だよな」

「これじゃオールは無理そうだね」

「オールするつもりだったのか!?」

「お泊まりは夜更かしが基本だもん」


 24時間戦士には休息が必要だ。夜もまともに寝ずに過密スケジュールをこなしたら、体に障る。きょうは変に夜更かしすることもないだろう。


「寝る支度しようかな」

「じゃあ僕も」


 歯磨きなりなんなりをじゃんじゃん終わらせ、布団の用意をして。


 ここにきて気づく。


「来客用の布団、ないじゃん」


 そうなのだ。


 ひとり暮らしのこの家に、友人ないし異性が泊まりに来るなど、想定外。


 お泊まり会なるものをやるにしても、きっと僕の家は選択肢から排除したはずなのだ。


 どうする……。


 あかねさんは洗面所にいたから、この動揺をすぐには見せずに済んだ。


「ソファがあるしな」


 高校生活を通して体が大きくなり、いまや寝るのも窮屈なソファ。やむをえまい。あかねさんをソファに寝かせるわけにはいかないのだ。


「洗面所、次いいよ」

「おう」


 無心になってブラシを動かす。


 別に大したことではない。ただ、僕がソファで寝る。そういえばいいだけのことだ。


 変に意識しているから悩むのだ。考えなければ、心が乱れる理由なんてどこにも存在しないのだから。


「あ、戻ってきた」


 あかねさんは、すでに僕のベッドの中にいた。顔だけひょっこり覗かせている。


「布団がひとつしかないから、僕はソファで寝るから」

「やっぱり布団、ひとつだけだったんんだね」

「来客なんて考えてなかった」

「そっか。ソファ、きっと寝にくいよね」

「大丈夫だよ、ひと晩だけだし」

「――こっち、くる?」


 いわせてしまった。


 想定しなかったわけではない。あかねさんならやりかねない。なにもアクションを起こさない? そんなはずがない。


「誘ってる?」

「私の良心だよ」

「仮に寝るとしても、僕の肩幅のせいで、だいぶ窮屈なはずだ。それに、寝相も悪いし」

「抱きしめれば動かなくて済むね」

「冗談よせよ……」

「私の場合、冗談じゃないかもって思ったでしょ」


 ビンゴだよ。


 この人は、本当に距離感というものがない。やっても不思議ではないのである。


「ふつうにソファで寝ます」

「つれないなー」

「ふざけるのも大概にしてくれよな」

「じゃあ、私から質問」


 なんだ、と返事をすると。


「いまからキスするのと、私と一緒に寝るの。どっちがハードル高い?」


 ……究極の選択か?



 キスの異能力を持つ自分にとっては、キスは避けたい。


 同じベッドでひと晩過ごすのは、一介の男子高校生として耐えがたい。



 どっちを選んでも、僕のメンタルはズタズタに引き裂かれる。これは確かだ。


「これまた難問を」

「どっちかを必ずすること。じゃないと、君に襲われそうに……みたいに吊し上げるよ。根回しはいくらでもできるから」

「脅迫ですか」

「したくないけど、こうでもしないとさ、たっくんが決断してくれないと思って」


 わかっているじゃあないか、篠崎茜。優柔不断で貫くつもりだったのに、これじゃ引くに引けないじゃあないか。


 キスは、占い通りなら一ヶ月以内。


 であれば、それを早めることはない。


「決めた」

「どっちにしたの」

「同じ布団で、寝ようか」



 かくして、ドキドキ睡眠タイムの始まりである。


「電気、消すね」


 すでに、僕とあかねさんは同じ布団の中。


 意外と狭い。キングベッドとかならいいのかもしれないが、僕のはひとり用である。


 当然、体がはみ出す。寝にくいったらありゃしない。


 さすがに、布団をベッドから下ろし、床に敷いて寝ることにした。


「寝にくくないか」

「もっと寄ろっか」


 そうして、ただでさえ近いふたりが、より密着する。


 ポッキーゲーム以来だ。暗闇の中、顔はぼんやりとしか見えないけれど。


「ドクドクって、心臓の音まで聞こえる」

「恥ずかし」

「緊張してる?」

「そりゃ、ね」

「私の体、柔らかい?」


 パジャマ越しだが、男子とは違う体つきに、純粋に感動していた。


 落ち着くのだ。甘い匂いと感触との相乗効果だろう。


 ずっとこのままでいたい。そう思えた。


「たっくんって、意外とガッチリしてるんだ」

「中学のときまでは運動部だったからかな」

「すごいね」

「あかねさんも、けっこうしっかり筋肉ついてる」

「それ、女子にはただのセクハラだからね。でも、私は嬉しい」


 ポッキーゲームや囁きのときとは違う、穏やかな興奮が身体中を満たしていた。


「ちゃんと寝られるだろうか」

「寝れなくても、ずっとお話ししよう」

「だな」


 いって、あかねさんは、軽く僕の体を撫でた。


「ひゃっ」

「くすぐったい?」

「そりゃそうだよ! ただでさえ敏感になってるのにさ!」

「ごめんごめん」

「ごめんは一回だ、こんにゃろ!」


 ふだんの仕返しだ、同じ布団の中にいるのだ。許してもらおう。


「あっ……たっくん! くすっぐったいよ! ん! ねえ、ちょっとやめて」


 いいながら、あっちもガンガンくすぐってきた。


 ときどき艶かしい声が漏れてドキッとしたけど、むしろ楽しいというか愉快な気分だった。


 そんなこんなで、同じ布団を満喫して――。


 そこから先は、記憶がない。


 ……気づいたら、朝になっていた。

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