この映画、ふたりは何度も見たという。あかねは、再度誘惑する。

「ふーんふふーん♫」


 上機嫌なあかねさん。軽く体を小刻みに揺らしている。


 例の中は、見えそうで見えない。いうならば、薄氷の上のタップダンス。いつ陥落するかわからない。そんな危うさを秘めている。


「見えたらどうする」

「そのギリギリを攻めるのが楽しいんじゃん」

「あかねさんってドMって分類されるのか……?」


 ひどいいい方をすれば、男子を誑かすことで幸福感をえているような人である。


 男子をからかうのが好き。この観点では完全にSの気質があるだろう。


 だが、人から卑しい目線で見られることを喜ぶあかねさんもいる。


 人に見てほしい気持ち。この観点では、Mといわざるをえないだろう。


「白黒はっきりつけなくていいじゃん」

「おっしゃる通りだけど、本人の自覚としてはどっち寄りなのかなーって」

「Mだよ」

「その心は?」

「私のMっ気を満足させるために、Sっぽい側面を作ってる節がある」


 本性はM。だが、攻められたいがために、逆説的に自分から攻めていくということか。


 攻めるということは、反撃を食らいかねない行為だし、なによりリスクが大きい。


 そこを逆手にとるというのは、やはりあかねさんはさすがだ。格の違いを見せつけられた。


「じゃあたっくんはどっち?」

「うーん、SではないしMかな」

「わりかし辛辣なツッコミをしてくるのに?」

「あかねさんにしかしません」

「軽々しく誤解を生む発言をしちゃいけないよ?」


 いった後に気づくこともある。


 それはそれとして、宮崎にも辛辣だったな。別にあかねさんに限った話ではなかった。


「なんか、せっかく泊まるんですし、特別なことでもするか」

「……興奮してきたの?」

「否定できないけど、そっちじゃない」

「そんなの知ってるよ」

「でしょうね」


 映画でも見るか、ということになった。


 いまやってるテレビ番組でもいいのだが、チャンネルを回した感じ、僕らの趣味的にはパッとするものがなかった。


「へー、たっくんってこういうのも見るんだ」

「意外?」

「うん。殺伐としたやつが好きそうだから」


 CDラックから取り出したのは、とある有名な会社のアニメーション映画だ。


 雪の国が舞台。ふたりの王女が出てきて、いっぽうが氷の魔法に目覚めて世界がヤバい、なんとか救わないと! みたいな話である。


 途中でミュージカル的な挿入歌が入るのがいい。踊りたくなる。


「わざわざ初回限定版のDVDを買うってことは、相当好きなんだね」

「思い入れがあるからな」


 幼い頃に、家族みんなで見に行ったのだ。


 あの頃は、まだ妹の芽里がいたって純情無垢であり、僕もキスの異能とは無縁の生活であった。


 そんな平和な過去の象徴が、この映画だった。


 ……別にしんみりした空気にする必要はないので、あかねさんにはいわなかった。


 思い入れがあるのはその通りだが、ふつうに面白くて好きなのである。劇場とDVDを含め、見た回数は、軽く両手両足の指の本数は超える。


 数ヶ月に一回は見るからな。


「私もけっこー見たな。一日に三回、劇場で見たこともある」

「さすがに飽きない?」

「流行したときって、波に乗って勢いで見れちゃうんだよね。いま思うと、どうかしてる」

「すご」

「いちおう、全部別の友達と見たしね」

「昔から24時間戦士だったのか」

「ローマは一日にしてならずだよ」


 そりゃそうか。


 突然、あかねさんのようなキツキツスケジュールで生きろ! なんて、常人には土台無理な話である。


 幼少期からの積み重ねが、やはり大きな差を生むのか。三つ子の魂百まで、昔からアクティブじゃないと厳しい、というのもあるだろうが。


「よし、見よう」

「入れるよ」

「やさしく、してね」

「……定期的に下ネタいわないと爆発する体なの?」

「たっくんの前で発散してるだけ。ふだんは我慢してるから」


 僕はサンドバッグらしい。あかねさんのであれば、光栄といったところか。


 メニュー画面が出てきた。「すべて見る」を選択。


「おっ、はじまった」

「あ〜懐かしいな〜」


 一度始まったら、あとは時の流れは早い。


 もちろん、もう何十回と見た映画だから、というのもあるかもしれないが。


 一緒にリアクションを取りながら見る映画というのは、見慣れた映画を新鮮にさせた。


「氷の魔法なんて使えたらどうしよっか」

「かき氷とか食べ放題だろうな」

「発想が小学生だね」

「そういうあかねさんは?」

「え。雪だるまとかまくらを気の向くままに作りたいな」

「どっちもどっちじゃんか」


 両者とも、あんまりいいアイデアは浮かんでこなかった。


 先の展開はお互いわかっている。だから、ネタバレなんてお構いなしだ。


 あるキャラの初登場シーンで、あかねさんは顔をぐにゃりと歪めた。


「はやくあいつ地の底まで落ちぶれないかな〜」

「あのイケメンにそんな恨み持つか?」

「昔さ、似たやつがキモいアプローチしてきたんだよね。それ以来、歌パートになるたびに、軽々しく好物を聞くな! って怒りをぶつけながら見てる」

「それでも見るんだ」

「そいつに八つ当たりするとスッキリするから!」


 映画の楽しみは人それぞれであるようだ。


「おっ、ミュージカルパートじゃん」


 そうこうしているうちに、噂の好物を聞くミュージカルパートに突入した。


「私が男役の方ね」

「嫌いなのに?」

「たっくんに、私の嫌いな人の役をさせたくない」

「そりゃお気遣いどうも」


 そういうわけで、歌唱タイム。


 あかねさんは男役になりきって、本家とはちょっと違う、若干低い声で歌っている。


「♫〜」

「?」

「♫〜」

「♪」

「!」

「「♫……! ♪」」


 好物を聞くパートは息ピッタリだった。


 サビに入ると、ふたりとも楽しくなっちゃって、立ち上がって、ダンスを始めていた。


 体が勝手に動いていた。


 こいつらいつも踊ってるな――いわれても仕方なかろう。


 だがな。


 息を吸うように。歯を磨くように。水を飲むように。


 体に染み付いた習慣なのである。もはや生きるものそのものといっても過言ではない。


「「La……」」


 終わって、ソファにどっぷり腰を下ろす。


「踊ったな」

「うん」

「まだダンスパートあったっけ」

「あったとしても、もういいかな」

「だな」


 あかねさんは、なにかに気づいたらしく、出し抜けに笑い出した。


「どうした」

「あのね」

「うん」

「たぶんさっき、完全に中、見えてたと思う」

「まじ?」

「その反応だと、見てないみたいだね」


 踊るのに夢中で、下なんて見てなかった。


「べ、別に見たいわけじゃねーし」

「見えたのに見えてないのは、ちょっと損した気分?」

「そりゃ、な」

「実際はどうだったんだろうね」

「また嘘か」

「どっちでしょう?」


 まーた、あかねさんのシュレディンガーの猫状態。


 もう過ぎてしまったので、確認のしようはないのだけれど。


「見えなかったらなかったのと同じだ。追及しないよ」

「いうと思った」

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