充分に歌ったその後に。きょうあかねさんが、家に泊まるとしたら。
気分の優れなかった宮崎もつきものが落ちたようにスッキリとし、無事後半戦のカラオケも楽しくやれた。とはいえ疲労感は隠せていない宮崎だった。
あかねさんの暴走は、以降このカラオケでは収まっていた。
前半戦で踊りまくったせいもあってか、あかねさんを含め、みんなして疲れが出ていた。
疲れてはいたけど楽しかったのは事実で、帰るのを決めたときには日も暮れていた。夜まで歌い続けられるペース配分なんてしてなかった。
料金は大手に比べると激安で、ほんと潰れないでほしいと祈るばかりである。
外に出て。
「楽しかったね」
「マジでそれな〜」
うんうん、と僕ら男子勢はうなずく。
宮崎は持ち前のハイテンションさを損なって、大人しくなっていた。半分寝ていたともいう。
「なんだかこのメンバーもしっくりくるようになった気が」
「宮崎は降りてもいいわ」
「うん、そうだな」
「なんか反論しろよ?」
マイマイ様の軽口は、テンションがダダ落ち状態の宮崎を前にしたら、ただの悪口だった。
「……きょうは勘弁してくれ」
「そ、それな仕方ないわ。許す」
「悪ぃ」
なんだかモヤモヤとしているマイマイ様を横目に。
「もうすこしで春休みだっけ」
僕はあかねさんに声をかける。
「そーだね。実質、きょうからみたいなものだけどね」
学年末テストが終わると、二年生の終わりもすぐそことなる。
ここから授業がなされることはあまりない。
短縮授業・午前授業・集会・大掃除……。
体の負担としては、楽な日程が続く。ありがたいことに、学校がない日もしばしばある。
実質、きょうから春休み。まさしくその通りである。残りの授業は、ありていにいえば、消化試合なのだから。
「また出かけるか」
「いいね。でも、他の子との予定の兼ね合いもあるし、そこまで頻繁にとはいかないかも」
マイマイ様も、うんうんと腕を組んで納得していた。
よく考えてみればわかることだった。
あかねさんやマイマイ様は、かなりの陽キャである。
ここでいいたいのは、交友関係が広いということだ。他の予定との調整が大変なのは当然といえる。
よくテスト勉強会やらカラオケやらの日程があったものだ。
日程調整うまいね、みたいな感じで振ってみると。
「あたしらナメんな? そこんところの調整は手慣れてんだわ」
「睡眠時間削れば、一日に四件予定があっても動けるし」
「え、さすがにあたしは二件が限界」
「最大六件までならやったよ」
「あかしーってドッペルゲンガーでも従えてるの!?」
根性論が垣間見られる。あかねさんは、もはや超人の域に達している。
二十四時間働ける側の人間だった。マイマイ様が驚くのも無理はない。
あかねさんの多忙ぶりは知ってはいたが、具体的な例をあげられると一気に現実味を帯びてくる。
「そういうわけだから、予定が確定したら連絡するね」
「グループ作ってなかった。作る」
これまでは、あかねさんを通じて男子チームの情報を伝えていた。
今後、メンツで集まることも多くなりそうなので、メッセージアプリ上でグループを作っておくに越したことはない。
「……よし。みんな誘った。後で追加、頼む」
グループ名は【
「いかついな。指定ナントカ団?」
「かっこいいだろ」
「僕たちシノギでシ○ブとか売らないよ」
「違うっつーの。説明すっから」
命名理由は、以下の通りだ。
相海、宮崎、篠崎、前野。
メンバー全員の苗字、その頭文字を取ると、あら不思議。
なんということでしょう、“あみしま”という言葉が出てくる。
「苗字っぽいから、組をつけたらサイコーになった」
「和歌の折句みたいだ」
「……国語でインテリぶんじゃねえ」
ピリッとした。
というのも、マイマイ様は国語の点数が悲惨なことになっていたから。
後半戦、カラオケに飽きて休憩したとき、結果表の見せ合いをしたのだ。
国語が飛び抜けて低かった要因を聞いたところ、
「国語はどうしようもならねえんだよ。触れるな」
とのことだった。彼女は理系選択の予定なので、理系の理系たるところが判明したわけだ。
なので、国語に関する話題はタブーだったわけで。
「いまの発言、取り消しさせてくれ」
「いった言葉は戻らねえ」
「覆水盆に返らず、か」
「慣用句でかっこつけんな」
もはやなにをいっても国語に絡めてきそうな予感がしたので、僕はあまりしゃべらないようにした。
宮崎の反応が、いかにマイマイ様を支えているかを痛感したのだった。
「まあいい。網島組、次回の活動はいずれ考える」
「そうしよう」
「だな」
「……うー」
そういうことになった。
こうして解散である。また、ではあるが、宮崎とマイマイ様がペアになって帰った。宮崎の体調が悪そうなので、タクシーで送るらしい。
あとで借りを作るためだよ、とはいっていたが、マイマイ様は基本いい人なのだ。
「またふたりきりだね」
「ふたりきり……あっ」
記憶の中でも、たとえるなら大海の奥深くに眠っていたものが浮上してきた。
「服、返してない」
「そうじゃん、忘れてたね!」
あかねさんが我が家に来たことがあった。そのときに、激しい運動、つまりゲームをして汗だくになってしまい、うちの洗濯機にぶち込んだ。
返さないといけない。思っていたが、学校に持って行くのもはばかられ、意外と日数が経ってしまった。
「どうしよう」
「そうだね。あまり渡せるタイミング、ないもんね……わかった、いまからたっくんの家に行こう」
「いまからですか?」
「じゃあ、他にいつ行くの?」
いまでしょうね。
「門限とかって大丈夫なんですか」
「大丈夫だよ? だって、お友達の家に泊まってくる! ってメールしたし。よくあることだから『いってらっしゃーい』って好意的だったし」
聞き間違いじゃなければ、いま“泊まる”っていわなかったか……?
「ん?」
「だから、ほら」
スマホを探り、パパッとアプリを開いたと思うと。
あかねさんはメッセージアプリの画面を見せてきた。本当に、篠崎母とそういう連絡をしていた。
「ほんとじゃん」
「そのための荷物だよ」
いわれてみると、スクールバッグはパンパンだった。あの中に、荷物とかを押し込んでいたのか。
「って、もう断れない感じだよね」
「私を野宿させるつもり?」
「他のお友達の家とかは」
「そんなすぐにオッケーでないよ」
すごいね、逃げ道が完全に塞がれているよ。
「わかった、飲もう。その提案を」
「待ってました!」
強引にプッシュされた形で、あかねさんはうちに泊まることになった。
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