カラオケのドリンク混ぜ。間接キス未遂、アイス舐め。
カラオケ店で食う飯はうまかった。みんなでテスト勉強のときに食べた、定食屋のオムライスとはまた違ったうまさだ。
いうならば、スキー場のラーメン。いうならば、キャンプ場のカレーライス。
こんなシチュエーションがそうだ。ワクワクする場所との相乗効果で、いっそうおいしく感じられるやつだ。
「宮崎、ドリンク持ってこい」
「りょ。なに飲む?」
「メロンソーダ」
「ちょっくらいってくるわ」
マイクや選曲用のタブレットは片づけた。
机の上には頼んだジャンクフードが広がっている。
飲み物はドリンクバー。せっかくなので色々な種類の飲み物をガンガン飲んでいく。
原価ベースで考えたら、元なんて取れっこない。そんなのはわかっている。同じ値段なら、飲める種類だけ飲んでおく。それだけだ。
「唐揚げ食うわ」
「マイマイ、食べる」
「いっけね」
「丁寧な言葉遣い、大事」
「ん」
社会に出てから変な言葉が出ないようにね、とあかねさんが訂正する。
「マイマイ様」
「あっ?」
「3歩すら歩かずにさっきの注意を忘れている……?」
「やっぱ丁寧な言葉遣いとか、すぐには無理だわ」
「癖って抜けないもんだしね」
「できたらやる」
やらないやつだ。
「ドリンク持ってきたぞー」
扉を開けた宮崎。両手がカップで塞がっている。
僕のドリンクは頼んだ通り。もう片方の手には、未知のドリンクがあった。
「なんじゃこりゃ」
「混ぜた」
「小学生かよ」
「いや、そうじゃなくてな」
宮崎の弁明を聞く限りだと。
「これとこれ混ぜたら絶対うまいだろ!」が微妙で、「ならこれ足してみるか」に失敗し、負のループに突入してしまっていたらしい。
一度やると決めたら、引くに引けなくなるのはよくあることだ。
だが宮崎。
あんたの持っている濁りきったドリンクは、ただの激マズ確定飲料なのだ。
「責任持って飲めよ」
「もちろん」
あかねさんとマイマイ様は「えっ」って冷めた目で見ていた。こればっかりは仕方ない。
「ダメそうなら拓也にヘルプするかも」
「わか――」
ちょっと待て。つまるところ、宮崎と同じコップで飲むってことだよな。
そう。
これもまた、間接キスとなってしまうのではないか?
まだ間接キスがどれほどの効用を持ち合わせているか、僕は知らない。
異能力の内容は、僕の身を持って体験したことの集大成により判明している。
相手が同性の場合はどうか、間接キスはどれくらいの影響を及ぼすのか。
明るく我が道を突っ走る宮崎が、ヤンデレになる姿なんて見たくない。僕は。
男のヤンデレなんて求めてない。僕の基準ではあるが。すくなくとも、宮崎はそういうヤンデレが似合う男ではない。
だからこそスルー。
「――るわけないから我慢して飲め」
「薄情な。でも、マジでやばかったら頼むかも」
「だから飲まないって」
「そういうなよ」
事情を語っていないから、うまいこと断れなかった。
「体調崩したら困るし、宮崎君が頑張るんだよ?」
ここであかねさんのサポートが入る。あまり見たことのない、ウインクまでして、ちょっと甘い声で。
「了解です! 僕がすべて処理しますゥゥ!」
おかげで、こちらに被害が及ぶことはなかった。
「じゃあ、いただくわ!」
結果からいうと、それはあまり食事中にいいたくないもので。
この時点で察するだろう。しばらく彼は、カラオケ部屋から戻らなかった。
「宮崎君、大丈夫かな?」
「バカ……いや、頭の足りないのが。勝手に自滅しただけだ」
「マイマイ、結局悪口になってるよ」
こればかりは自己責任か。
「そういえば、アイスクリームもあったよね?」
「そうなのか?」
「私、ちょっとみんなの分取ってくるね」
「頼む」
持っていたのは 、The・アイスクリームというようなものだった。
退出中の宮崎を含め、ひとりひとり違う容器で持ってきてくれた。味も全員ちょっと違うようだ。
「う〜ん! おいしい」
「あたし、これ好きだわ」
「おいしいな」
あかねさんは、ここでも僕のからかいタイムに入っていて。
マイマイ様の目を盗んでは、カフェのときのように艶かしくクリームを舐める。プレーンの白いやつが、あかねさんのアイスだった。
「あっ」
わざとらしく。
「クリーム、ほっぺた、ついちゃった」
アイスクリームを軽く取ったら、なんだか卑猥な感じになっていた。そこまでわざとらしくされても……。
そういう冷静な自分もいたが、「うわ、破壊力」と悶える自分も存在していた。
やはり、破壊力がとんでもないのだ。なにをしても絵になる人だから、そう異性を意識させる行動には反応してしまうものだ。
指で拭いて、チューッと吸い取る。上品ではないが、これもなかなか衝撃的だ。
「あかしー、女優目指してるの?」
「おいマイマイ様、いい方」
「うーん? 前野くん?」
あれ。なにか変なことをいっただろうか。
「単にあたしは、テレビに出る女優のこと、いったんだけど」
「前野君は、どうも別のことを考えていたみたいだけど」
会話における省略は危険がいっぱいだね。頭の中が煩悩だらけだった。白いクリームの印象で語ってしまった。
「な、なんだろうなー、僕わからないな」
そう誤魔化していると。
「私、前野君のクリーム、食べたいな〜」
もうさ、積極的に誤解を生みにいってるよね? マイマイ様を目の前にして吹っ切れすぎでしょ。
「なにいってるんです」
「やっぱり、そっちもおいしいそうだ、なって」
「んじゃ、あたしが先にひと口」
マイマイ様がスプーンを伸ばそうとするのを、僕は全力で阻止。
スプーンがクルクル宙を回って、床に落下した。
「あたしに文句でもあんのか?」
「いや、ちょっとひと口は」
「あたし、別に誰にでもするから問題ないんだよ」
あかねさんは企みの笑みをを浮かべている。
そうだよな、キスの異能力のことをいえない相手を前に、どう対処するかで慌てる僕を見て嘲笑いたいのだな。
なんたる策略! 男子をからかうための気持ちのかけよう! 恥の捨てよう!
「僕はあんま無理なんですよ」
「じゃあ、マイマイの代わりに私が食べるよ」
「……どういう論理?」
「ひと口なんて変わらないよ」
隙をついて、ひと掬い。
口元に、あかねさんは近づける。
「ちょ、ちょっと!」
「ひと口だけだよ」
お口ギリギリに、スプーンを近づける。
カフェのときに、「間接キスはアウトだよ!」といっているから、きっと途中でやめてくれるだろう。
とはいえ、ハラハラするのは必定である。
「あかねさん!」
口に触れたか!? と思うやいなや、あかねさんはスプーンを床に落とした。
「あ、落としちゃった。下拭いて、新しいのに変えなきゃだね」
ヒヤヒヤタイムは、こうして終了した。
「え、そこまで潔癖症なんだな」とマイマイ様に心なしか距離を取られた気がするが、こればっかりは許していただきたい。
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