テストが終わり、結果が出る。あかねさんが赤面した意味は何。
隣の席になったあかねさんは、いつにも増してからかってきた。
その次の日は、ホームルームの教室でやる授業が多い――いつもの週であれば。
なにせ定期考査であったから。残念ながら出席番号順で組まれる席次である。
よしんばあかねさんが隣だったとしても、テスト中にはちょっかいをかけてこな……いよね?
勉強会と占いを経てから、勉強にはとても身が入った。キスまでのリミットはあと一ヶ月。そんな未来予知を忘れるための現実逃避だった行動だったといえる。
もはやテストは過去の出来事だ。結果はテスト終了後の次の日に返却され、すぐ廊下に張り出される。
先生たちの涙ぐましい努力の賜物である。ふつうそんな早くテストは返ってこないだろうに。
現在。テスト返却を終え、出席番号順の席のまま、担任が来るのを待っている状況。暇だ。そういうわけで、テスト絡みのことを思い出してみよう。
※※※
「試験を開始してください」
その合図とともに、定期考査はスタートした。
二年生最後の定期考査。
推薦組は、よりよい成績を確保するためにピリピリしており、一般組はただの消化試合と捉えており。試験に対する熱量の違いというのは、どうしても存在する。
あかねさん以下四名は、たぶん一般組であり(僕の思いかもしれないが……)、別にさほど頑張らなくてもよかったわけだが。
点数バトルをやろう。そう誓ったからには、燃えざるをえない。ここの生徒というのは、本当は競争が好きで仕方ない奴らなのだ。
一教科目、順調。二教科目、微妙。三教科、絶好調……。
そんな感じで、半分成功・半分微妙という結果で三日間は終了した。
勉強の成果は、間違いなく出ていた。あかねさんお手製の予想問題が、かなりの精度で的中していたことには、実に驚いたものだ。
問題の選定がうまいとは思っていたが、実際に類題が出ると、あかねさんの凄さを肌で感じるのだった。
……まあ、実際のところは、
「せんせぇ〜次のテストってどこ出すんですかぁ(甘い声)」
「そ、そうだな篠崎。ここだけの話な……」
「先生ありがとうございます! 大好きです(恥)」
などという、擦り寄って教師から情報漏洩をさせていた背景があった。
ゴマを擦ることが社会を生き抜く術なのだと、僕は知ってしまった。
トップ十に入れたかどうかとソワソワしながら返却日を待ち、迎えたその日。
いつもは朝から順位表が貼り出してあって、朝早めに登校してそれを遠巻きに眺める、というのが通例なのだが。
「まだ、貼られてないな」
「どうしたんだろうな。俺の名前が眩し過ぎて、先生たちも……」
「とんだ自信家だな」
「なにせ、今回は好感触だからな! 世界の中心が俺のようだ」
「勉強してよかったか?」
「ああ! なんでさぼってきたか訳わからねぇ!」
単に面倒くさがりなだけなのだ、宮崎は。そういう結論に達した。
順位表は、放課後までかかりそうだ――ホームルームで担任にいわれ、僕らはいささかショックを受けた。焦らされているようなものだ。
点数だけでは、順位は予測しかねる。自分以外もよく解けている可能性を排することはできないからだ。
ホームルームが終わってからは、バンバン試験が返却される時間となる。
教科の先生が入れ替わり立ち替わり訪れて、問題と解答の配布に、軽い解説までする。一教科あたり、およそ15分。大忙しだ。
全教科が返されても、「なんともいえない」という感想に変わりはなかった。
宮崎は解答用紙を受け取るたびに、「うぉー!」とリアクションを取っていたので、好調だったらしく。
あかねさんは同じ微笑を浮かべるだけで、よくわからず。
マイマイ様は、「ふっ」「やるじゃんあたし」「まじウケる」と、ニヤニヤしながらいっていたから、宮崎と同じくよい点数だったのだろう。
点数は確定してしまったから、いまさらどうしようもない。後は祈るだけだ。
ガラガラ。
思索の海から引っ張り出される。担任が来たのだ。
「遅れてごめんな」
脇に挟んでいるのは、丸まった、細長くて白い厚紙。順位表である。
そして個人成績表もある。ランク外の場合、ここで順位を把握できる。
「まずは事務連絡からなー」
いちおうメモを取ってはいるが、あまり真剣には聞けていない。心ここにあらず状態。
「……というわけで、挨拶したら順位表を貼り出す。個人成績表は机の上に置いておくな」
挨拶が終わり、先生が貼り終えて「いいよ」というと、入り口付近は混み合い出した。
「宮崎、いくぞ」
「任せとき」
前野、宮崎。名前が近いので、席は前後である。
あかねさんは、出席番号1番たるマイマイ様こと相海真依の背中を追う。扉に近い方が有利となる、この戦い。
マ行の僕らは圧倒的不利を強いられた。
「マジ? え、どゆこと?」
マイマイ様の、内容の薄いリアクションしか、こちらには伝わってこない。
ようやく外に出ても、クラスメイトが押し寄せて、みんなして頭をしきりに動かして見ようとするものだから、見えたもんじゃない。
他のクラスも似たり寄ったりの状況だった。同じ順位表だし、あちらもこちらも混み具合は変わらないので、ここを動くことはない。
「前野、ほい」
「ん?」
投げられたのは、双眼鏡だ。やけに準備がいいな。
「どれどれ」
双眼鏡を通して、順位を確認する。
科目別順位……おっ宮崎が入っている! 5位!
マイマイ様は、英語で8位。
僕は、すくなくとも真ん中くらいの順位を保っている。茜さんはトップ3が多い。強い。
総合成績は?
双眼鏡の倍率を上げる。
1位、あかねさん。納得の順位だ。
4位……前野拓也。僕じゃないか。こりゃ快挙だよ。
そのまま時間をかけて下を見ていき。
10位には、宮崎の名前があった。
「やるじゃん宮崎!」
「へへっ。まあ? これが俺の実力ってもんよ」
前回まで赤点の人間のセリフか。とにかくおめでとうだ。
順位をじっくり見たところ、科目別ではマイマイ様が奮闘していた。惜しくも総合順位はトップ十入りは逃しているが、たぶん高得点だろう。
「おい、前野!」
人混みを掻きわけながら、マイマイ様とあかねさんが近づいてくる。
「ふたりとも、見えた?」
「ああ、僕のおかげでばっちりさ!」
「宮崎くん、念願のトップ10入りだね。すごいよ」
えへへ、と惚けた顔になる宮崎。それを見て「むむむ……」とうなるマイマイ様。
「どうした? 俺の実力が眩しかったか?」
「おい宮崎、煽るなって」
「ち、ちげーし。あたし、まだ本気出してないだけだから」
拗ねた口調で、マイマイ様は弁解する。
「それなら俺もまだ本気じゃないぜ」
「いってろ!」
腹パン。
「うぐっ」
「あたしは教科別でランクインした数、宮崎より多いから、私の勝ち」
「総合順位だろ」
「教科別順位!」
またもやだ。微笑ましい喧嘩モードに入る。
「たっくんも、おめでとう」
「あかねさんのおかげだよ。予想問題……いや、丁寧に解説してくれたのが役に立った」
予想問題は情報漏洩の賜物だった。いかんね。
「いやいや、私なんか」
「ありがとう、助かったよ」
ちょっとにこやかにいってみたら、あかねさんは固まった。
「別に、おやすい御用だけど……」
「なにかいいたいことでも、あるのか」
「ちょっと、私の顔、見ないで」
「どうして……」
いうと、すごい剣幕で、
「とにかく見ないで!」
そのとき、あかねさんも間違ってちょっと振り向いていた。
顔が、赤く染まっていた。
すぐに後ろを向き直す。
「……見た?」
「見てない」
「嘘だ」
「見てない」
「ほんとのこと、いって」
「……顔が熟したりんごみたいに赤くて、かわいかったです」
いうと、あかねさんは。
「サイテー」
ボソッと吐き捨てた、ひと言だけ。
数日前にからかわれた分の仕返しを、できたような気がした。
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