思い返すと満たされぬ過去。美しいと呼ぶには歪み過ぎた私。【茜side】


 自分の半生を振り返り、ひと言で形容してみなさい――そう頼まれたら、私は「満ち足りるように努力しても、満ち足りることのない人生」と表現すると思う。


 順風満帆という言葉は、私――篠崎茜のためにあるんじゃないかと信じている。自惚れと一蹴されるかもしれないけど、私は強く実感していた。


 幼い頃から、とりたてて不満も劣等感も抱いてこなかった。私は常に満たされていたはずだ。


 周りには優しい大人と友人がいて、男の子からも自然と好かれて、家族とも仲が良くて。


 飛び抜けて裕福な家庭ではなかったけれど、環境に恵まれていたのは確実。


 人に気にかけてもらうと、その分もっと気に入られようと自分を磨く。自分を磨けば、さらに人に好かれる。


 このループに早い頃から入っていた私は、どんどん自分という存在の価値を高めようとした。


 上げようと思えばキリがなく、外見の自分を繕う行為はとめどなく続いた。途中で完全には折れなかったあたり、嫌いな作業でなかったのだろう。



 だけど、物足りない。



 得られたものはたくさんあったけど、虚しさと隣り合わせだった。


 物理的に満たされても、精神的には満たされない。どうか私を受け入れてほしい。


 受け入れてもらうこと自体は、とても簡単だった。人に語りかけると、だいたいの場合、すんなり私を受け入れてくれる。


 なんの苦労もない。だからこそ、受け入れられたという実感がわかないのだ。


 客観的に見れば、魅力的な存在だったのだろう。幼い頃から、異性からアプローチされることが多かった。


 向けられる感情の中には、いやらしい下心だとかが混じることも、すくなくなかった。


 物足りなさを満たしてくれる対象に気づいたのは、中学生の頃。目をつけたのは、異性だ。


 ――あの人たちって、なんてストレートなんだろう。


 毎日のように、いい評判を保ち続けるために、「自分じゃない自分」を演じて、思っていないことを口にして。


 対して、下心が透けて見える異性は、どうだろう?


 下心を隠しきれない男子は、別に美醜なんて関係なかった。イケメンも、冴えない人も、下心を見せてきたら、みんな同じだ。


 下心のない人なんて、私の基準ではいないに等しく、要するに男子はみな同じだった。当時の自分にとっては。


 彼らは、気持ち悪いことこの上なかった。私に近づくと、もはや理性を失った獣だ。恐ろしいとさえ感じた。


 でも、そのストレートさに憧れというか、自分にないものを見つけ、羨ましくもあった。


 私の足りない部分を埋めてくれるのは、男子との関わりなのだろう。


 かくして、男子と積極的に関わるようになった。


「ねえ、□□君!」「すごいねー! 私、憧れちゃうよ」「そういうとこ、好きかも」


 俗にいえば、男ウケに特化した振る舞いに変えた。実に効果的で、うまい塩梅を見つけるのに、初めは苦労したものだった。


「なにあいつ、キモ」「媚び売っちゃってさ」「まじありえない」


 女子からの評判は悪くなる。当然だ。関わる男子の中には、彼女たちの狙っている男の子だっていたのだから。


 でも、「単にみんなと仲良くしたいんだ!」というていを貫き、悪口をいう敵を取り込み、女子勢力からの理解を得て。


 私だけの無法地帯を作り上げた。


 一度は気持ち悪いと吐き捨てた男子に甘い言葉をかけ、馴れ馴れしく近づき、軽いスキンシップをする。


 そうすると、じかで反応が伝わってくる。それが、私の承認欲求を過剰にくすぐった。


「あかねちゃんは男子を男子と見てないから」


 このような認識をされていたから、自由気ままに男子をからかった。


 ときには勘違いする人もいたけれど。私のバックにいる女子勢力をちらつかせれば、勘違いがなにを生むのかをすぐにわかってくれた。


 男子とはいっぱい話したり出掛けたりしたけれど、付き合ったりその先に至ることは、なかった。


 私の理想が高かったのだ。ここまで頑張ってきた。だから、最善の相手を。



 クラスでトップを張るイケメンは、顔だけで。


 モテると噂の男子は、口がうまいだけで。


 面白いと話題の先輩は、私の前では面白さのかけらもなく。



 そうやって、欠点に目が向いて、恋愛対象にはならなかった。


 本当のところは、付き合わず、微妙な距離感で男子をからかい続けたいという気持ちの方が上だったからかもしれない。


 なにかと理由をつけて、現状を変えたくないだけで。




 高校に入ってからも、あまり変わりはなかった。根回しをして、男子と積極的に関わり、からかう。


 県のトップ校とあり、変な誤解をする人は減ったけれど、やはりここでも私が付き合いたいと思えるだけの人は、なかなか現れなかった。


 からかおうにも、私に対する胡散臭さを嗅ぎ取られて警戒され、中学のときのようには、うまいこといかなかった。


 とはいえ、ここでも、私は「受け入れられた」。ちょっと話して説得すると、人がさらりと受け入れてれる。


 魔法のようにも、呪いのようにも感じた。あまりにも、人を納得させるのが楽すぎたのだから。ふたたび、精神的に満たされない日々が続いた。


 変わったのは、前野君と出会ってからだ。


 ――□□高校には、キスで心を思いのままにできる男の子がいる。


 SNS上だけで繋がっている友人から、届いたメッセージ。


 満たされない私は、都市伝説のような話を本気にした。もしそうなら、私の心を思いのままにしてほしい。


『私と、キスしてよ』

『嫌だ』


 心を思いのままにできるというから、その力を使いまくっているとばかり思っていた。


 だから、想定外もいいところだった。


 色々提案しても、まるで折れない。


 私の話術をもってすれば、いつもなら、いとも簡単に説得できるはず。


 なのに、前野君は違った。


『篠崎さんは、人の気持ちって操作できると思う?』


 驚いた。


 私のことを、見抜かれてるんじゃないかと。


 これまでの私は、人を自然に説得していた。しかしそれは、人の心を捻じ曲げるかのように。そのことを、とがめられるんじゃないかと、思わざるをえなかった。


 彼は、自分に人の心を捻じ曲げる“能力”があると語った。


 真剣に語られると、私もなにかしらの能力を持っているんじゃないかと、想像が膨らんだ。


 私は能力を濫用し、思いのままに過ごしてきた。


 前野君は、能力を持っていることに罪悪感を抱き、失敗を反省して、能力を抑えてきた。


 ――真逆。


 だからこそ、興味が湧いた。あまり素性を知らないクラスメイトだったけれど、もっと話を聞いてみたいと思ったのだ。


 カフェに誘い、ショッピングモールでデートもどきのことをして。家に押しかけて。電話しながら下校して。友達と一緒に勉強会をして。


 距離をグイグイつめる私に、前野君はうぶな反応を見せてくれて、とても楽しかった。


 もし、キスをしてしまえば、それまでだ。私は彼にどっぷりになってしまうかもしれない。


 前野君にぞっこんになる。実のところ、それを望んでいる自分もいる。


 けれど、この現状が一番楽しいと思っている自分もいる。


 キスが大きな障壁となって、私たちは、あるラインまでの健全さを保った関係でないといけない。その歯痒さが、歪んだ私には、とても満たされる。


 前野君は、どちらかというとふつうの顔だ。国民的俳優のようなキラキラ感は、残念だけどない。かといって、見ていられないような残念な感じでもない。


 上から下まで色々な男子と関わってきた私にとっては、いたって標準的男子、というのが正直なところの第一印象。


 それでも、いままでで一番、私を魅了している。


 たっくんは、日増しに存在が大きくなっている。


 いつの間にか、暇なときには常にたっくんのことを考えてしまっている。


 恋愛感情ではない、と信じたかった。もし恋愛をしてしまったら、私はどうなってしまうのか。恐ろしかった。


 いずれにせよ、これまでに抱いたことのない感情ではあることは確かだった。


 


 ポッキーゲームを境に、私は前野君とのキスを密かに求めるようになっている。


 私の理性が終わる方が先か。


 たっくんの理性が終わる方が先か。



 もう、私は止まれない。


 歪みに歪んだ感情を抱いた、グニャングニャンに歪みきった私。


 そんな私の心の隙間を、たっくんに埋めてほしい。やはり恋愛感情なのかな。わからない。わかりたくない。


 私は、とっても重くて面倒臭い女の子だ――。

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