隣の席からイタズラされ。ノートで悪口バトルが開かれ。

 席替えが終わり、迎えた五時間目の授業。


 移動教室ではなかった。クラスの教室かつ、ホームルームの座席でやる科目だ。


 テスト前といってもお構いなしに授業内容を先取りしたい、というスタンスの先生であったから、自習ではなく講義だった。


 昼休みの際には、それを愚痴るクラスメイトもすくなくなかった。


 チャイムと同時に号令。授業スタートだ。


 隣のあかねさんは、着席するやいなや、ハッと何かに気づいたらしく、オドオドしていた。


「どうしたんですか」

「教科書、忘れちゃって」

「見ますか」

「頼んでいい?」


 教科書を右側に寄せる。しかし、いまの席の配置では、あかねさんもやや見づらそうだった。


「うーん」

「寄せますか、机」

「名案だね」


 ちょっと机を寄せた。肩と肩との距離が縮まる。ダメ押しで、過剰に寄せてくる。


「近いですって」

「まだよく見えないかな」


 肩はちょっと引いてくれたが、今度は机の下から攻撃を仕掛けてきた。


 上履きで軽くグリグリ踏まれる。


 一部の界隈ではご褒美かもしれないが、授業中で声も出せない、リアクションも取れないとなると、ただの拷問にしかならないわけで。


 先生が黒板の方を向いていて、クラスメイトもノートを取るのに必死だからこそ、この状況は成り立っている。


 さすがに先生が前を向いたら、こうした攻撃は中断された。


 ヒヤヒヤ感は、授業をサボって他の勉強をする、“内職”に近い。


 こと“内職”の場合は、先生がまったく気づかないということはすくなく、見逃していることが多い。


 だから、“接触”も、やり過ぎると先生に勘付かれる恐れがある。だからこそ、最新の注意が必要になる。


 そこのあたりを、あかねさんはわかっていた。焦らすように、イタズラをする。


 落としたものを拾うふりをして、足元を指でそっとなぞってみたり。


 ペンの裏で太腿をグリグリされたり。


 わざとらしく、ブラウスのボタンをはだけて、胸元を強調してみたり。


「……さあ、このテーマについて、どのくらい理解しているか、隣の席の人と話してみようか!」


 周りに細心の注意を払うことから、いったん解放された。ここなら、話してもなんら問題ない。


「どこまでやるつもりですか」

「先生にバレるまで」


 ブラウスのボタンを止めながら、あかねさんは答えた。


「けっこーアウトに近い場面もありましたけど」

「その綱渡りが楽しいんだから許してよ」

「責任取らないからな」


 指示されたとおりに、お互いに説明をする。どちらもとりわけ勉強が苦手ではないから、途中から始めたものの、早々に終わってしまった。


 暇になり、先生の監視の目もなかったので。


 ぺち。


 あかねさんの太腿に、軽くデコピンをする。


「仕返しです」

「えっ……それはないわ」

「知ったこっちゃない。やられっぱなしじゃいられない」

「か弱い乙女の太腿を、野太い指で……」

「悪どく狡猾な乙女の間違いでしょうに」


 いい返されなかった。思い当たる節があったのだろう。


「まだ、終わらないから」


 トーキングタイム? は終わり、ふたたび授業に戻る。


 数分間は真面目に授業を受けていたが、途中であかねさんは先生の様子を見て、サボり始めた。


 かりかりとノートに書いたと思うと、こちらにノートを寄せた。


『女たらし、前野拓也』


 読みやすい字で、力強く書かれていた。


 いや、小学生かよ。いまどき小学生でもいわない悪口じゃなかろうか。


 すぐ消して、別のを書き出している。


 あぁ……なんだかイライラするなぁ……。小馬鹿にしてくれてよぉ〜。


『男の敵、篠原茜』


 同じ土俵に乗ってしまった。いわれっぱなしではいられなかった。


 あ『純粋に変態』


 拓『男ウケ意識しすぎ』


 あ『キスを言い訳にするヘタレ』


 拓『男子を腹の底では小馬鹿にしてそう』


 あ『私の胸ばかり見てる』


 書いて消してを繰り返して、ストレートな悪口選手権になってしまった。


 胸ばかり見ているという指摘には、意外と気づかれていたかと反省した。


 掃除機並みに視線が吸い込まれる、実に魔の双丘だと思う。


 拓『男性の理想を研究して自動最適化した結果』


 あ『異能力だけでしか人生を変えられない人』


 拓『世渡り上手すぎて、人よりハイスピードで三途の川を渡らないと人生釣り合わない』


 あ『なんだかんだ棚ぼたで幸せになっててずるい』


 この辺になって、もうネタも尽きたし馬鹿らしくなってやめた。


 悪口なんて、出そうと思えば出るものだ。両者とも、問題発言も多々含まれていたが。


『ごめん、つい熱くなって失礼なことを書いた』


 土下座をするイラストも書き足す。


『いいよ。今回はお互い様ってことで』


 そうしているうちに、授業終了のチャイムが鳴った。


「みんな、テスト頑張るんだぞ! 先生、満点期待してるからな〜」


 パタン、とノートを閉じて、号令して授業終了。


 6時間目は、移動教室だったので、あかねさんが隣の席ということはなかった。


 放課後になって、人が捌けてきたあたりで、あかねさんが話しかけてきた。


「やっぱり人の悪口は最高の娯楽ね」

「急にどうした」

「6時間目の担当の先生の悪口をユーモラスに考えてたら、もはや愛らしくなってきたんだ」

「なにやってるんだか……僕だけの悪口じゃ不満足だったと」

「だってさ、たっくんも悪口いってきたから、プラマイゼロじゃん」

「そりゃたしかに」


 悪口の応酬は、どちらも不満がふたたび溜まるので、もはや無駄な時間というのが、あかねさんの自説らしい。


「なかなか素で話さず猫を被ってるとさ、鬱憤って溜まるから」


 6時間目の担当の人にも、嫌ではあるが、表向きはかなり仲良くしているらしい。


 嫌だからバッサリ、とはあかねさんという人柄を考えると難しいのだろう。


「いい付き合いをする方がさ、最終的には私が男の人を弄べることに繋がるから!」

「動機がフィクションに出てくる闇の組織よりゲスで生々しいよ」


 人の考えはそれぞれだな、と思った。


 女たらし、変態、ヘタレ、胸ばっか見る、異能に頼りきり、人の力で幸せ。


 ……口でいわれるより、文字の方がダメージが大きかった気がする。








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